【コミカライズ】駆け落ち予定という妹の脅しで、婚約者を交換しました。代わりに呪われ公爵さまのお飾りの妻になりましたが、推しのお世話係は完全にご褒美です
「本当にすまない。俺は君とは結婚できない。どうか婚約を解消してほしい」
結婚式を間近に控えたある日。決死の表情で屋敷を訪れた婚約者の言葉に、思わず両手を握りしめた。婚約者と妹が駆け落ちを計画しているなんて噂を耳にしていたけれど、まさかこんなことになるなんて。声も出せずに小さく震えていると、今度は瞳を潤ませた妹が声をかけてくる。
「お姉さま、本当にごめんなさい。でも、自分の心に嘘はつけないの。わたし、神さまの前でお姉さまの結婚をお祝いなんてできないわ」
周囲の戸惑いなど気にもならないのか、婚約者と妹はいつの間にか手と手を取り合い見つめあっていた。直視するのが辛くて、たまらず顔を覆う。平静を装いながら、ふたりに提案した。
「道ならぬ恋に真実の愛なんて素敵ね。もちろんふたりを応援するわ。あなたたちなら、この先どんな困難があろうとも乗り越えていけるでしょう」
叫びだしたくなるのを必死でこらえ言い切った。いびつな笑みを浮かべる私の手を、妹が握りしめる。
「お姉さま、それはわたしの婚約者とお姉さまの婚約者を入れ換えるということでいいのよね?」
「そう言えば先日お父さまが王城から呼び出しを受けていたようだけれど、あなたの婚約の話だったのね。わかったわ。喜んで引き受けましょう」
もしかしたら、その婚約が彼らの暴挙の引き金になったのか。酒癖、女癖、借金に賭博。悪評高い人々に心当たりはあるものの、国王陛下直々に婚約を調えなければならないとなると……。
「ありがとう、お姉さま。お姉さまの結婚相手はね、救国の英雄よ。いつもつけていらっしゃる仮面の下にはどんなおぞましい素顔が隠れているのかしらね」
妹の言葉に一瞬思考が停止し、その直後膝から崩れ落ちてしまった。黒の魔女からこの国を救った彼と結婚するだなんて、そんなの幸せすぎる!
「ああああああああああああああああ」
「うふふふ、お姉さま、ダメよ。今さら婚約者と呪われ公爵を交換できないだなんて、聞いてあげないんだから」
「無理無理無理無理。そんな、嘘よ。絶対に無理だわ。死んでしまうかもしれないっ」
「大丈夫よ。お父さまいわく、お飾りの妻になっていればそれで十分ってことだったから。ぼんやりなお姉さまにもできる簡単な仕事よ」
静まり返った屋敷に響き渡る悲鳴。どうしても声を止められなくて、叫び続け……ふっと気が遠くなった。興奮しすぎて貧血を起こしたらしく、意識を取り戻した時には馬車の中。きっと両親が、ややこしいことになる前にと私を押し込んだのだろう。
そうして私は、公爵さまの元へ身一つで嫁入りすることになったのだった。
***
「公爵さまがいらっしゃらない?」
「申し訳ございませんが……」
到着した私を出迎えてくれたのは、不機嫌そうな顔をした家令と困り顔の侍女たちだった。ラリーと名乗った家令は上から下までじろじろと見つめてから、鼻を鳴らしてみせる。歓迎されていないことが丸わかりの態度に、思わず吹き出してしまった。だったら猫を被る必要もないだろう。家令と対峙した私から、侍女たちが目を逸らした。この戦いは見なかったことにされるらしい。
「格上の家に嫁入りに来て、主人の不在を笑うとは良い度胸をお持ちですね」
「だって、花嫁を歓迎しない演出が王道過ぎて面白かったんだもの。これなら初夜の際に、『お前を愛することはない』という宣言も聞けるのかしら。楽しみだわ!」
これは最初から萌える展開になってきたわ。私が政略結婚あるあるを指折り数え上げていると、頭痛を堪えるようにラリーが額に手を当てていた。それにしてもとてつもない美形だ。もしかしたらこのひとは、公爵さまの乳兄弟なのではないかしら。側近として怪しいものを排除しているのかもしれない。
「体をくねくねさせながらにやつくのはやめていただけませんか。気持ち悪いです」
「乙女に向かって気持ち悪いだなんて酷い!」
泣き真似をしてみせれば、彼が眉間にしわを寄せた。
「おかしいですね。婚約者が脳内お花畑の妹君から、根暗のぼんやり姉君に代わったと思っていたら、肝の据わった変人が来るなんて。婚約破棄の際とは全く雰囲気が異なるようですし、一体どういうことなのでしょう。ご説明願えますか」
「公爵家って当たり前のように隠密を飼っているのね。しかも隠そうともしないなんて、やだもう素敵過ぎるわ!」
感極まって身悶えしていると、家令の顔がひきつるのがわかった。
「大丈夫よ。私は公爵さまの敵ではないわ。単に公爵さまを推している根暗というだけだから。これから仲良くしてちょうだい」
「今の自己紹介で身の潔白が主張できたとお思いなら、正気を疑います」
「じゃあこれから、ゆっくり私のことを知ってちょうだい。でも私の情報と引き換えに、公爵さまの話をしていただくから!」
人差し指を立てて宣言すると、美貌の家令は深々とため息をついたのだった。
***
それから、公爵さまのために働く日々が始まった。公爵さまに面を通すこともかなわないお飾りの妻だからこそ、穀潰しにだけはなりたくない。それに考えてもみてほしい。憧れのひとのために働くことができるとは、なんたる僥倖。自身の幸運を噛み締めながら、腕まくりをする。
まずは洗い場だ。だがそこには今日もまたラリーが仁王立ちしていた。毎日飽きずに私を監視するなんて、もしかして暇なのだろうか。
「公爵夫人ともあろうお方が、下働きの真似ですか?」
「大切な公爵さまのためよ。さあ、シーツをこちらへ」
にっこりと両腕を差し出したというのに、彼は洗濯物の山をこちらに渡そうとはしてくれない。
「両手の指をわきわきされるとおぞけが走ります」
「そうかしら。シーツがダメなら枕でも」
「手ぐすね引いて待たないでください」
「うるさいわね。じゃあ夜着を」
着用済の夜着を触ってしまうなんて。きゃっ、恥ずかしいわ。
「なにを鼻息荒くしているんですか」
「そんなナニをするつもりもないのに」
「朝っぱらからいかがわしいことを言うのはやめてください」
「今の会話に卑猥な部分などこれっぽっちもなかったわよ。ラリーったら欲求不満なんじゃないの?」
「いい加減にしてください。その口を縫いつけますよ」
仕方がないので洗濯は諦めて、掃除に励むことにする。
「こ、ここが、公爵さまの私室!」
「すごい勢いで深呼吸をするのはやめてもらってもいいですか?」
「ちょっと待って。公爵さまの吐いた息を吸いこんでおくのに忙しいのよ」
「今すぐ出て行ってください」
「ああ、ごめんなさい。もう変なこと言わないから!」
「脳内でとんでもない妄想を繰り広げられるくらいなら、口から垂れ流していただくほうがマシです。警戒できますので」
「理由が酷くない?」
私の言い分が通ることはなく、速攻で部屋から追い出されてしまった。変なものを仕掛けたりなんて、絶対にしないのに。手持ち無沙汰な私は、廊下を磨きながら愚痴をこぼす。
「私室がダメなら浴室でも良いのに」
「絶対に嫌です」
「ラリーはどうしてそんなにケチなのかしら。厨房への立ち入りも禁止されたし」
「怪しげな本を読みふける姿を見れば、誰だって禁止します」
「あれはただの『おまじない』の本だし、自戒のために読んでいるだけよ?」
「信じられる要素がありません」
「推しが嫌がることをするはずがないのに」
書類上とはいえ公爵夫人である私だが、ラリー以外に話しかけてくるひとはいない。使用人ごっこをしていると、おぞましいものを見たように顔を背けられ、遠巻きにされる有様だ。
だがラリーが相手をしてくれるおかげで、屋敷の中で孤独を感じることはなかった。
***
すっかりラリーとも打ち解けたと思っていたある日、どこか苛立っている彼に捕まえられた。壁に押し付けられる。
「相手が私だから良いようなものの、そんなお綺麗な顔で女性を壁際に追い詰めたりなんかしてはダメよ」
彼は色仕掛けで周囲の女性をふるいにかける役割も負っているのだろうか。首を傾げる私に、顔を近づけてくる。
「あなたの目的は一体なんなのですか。僕にはさっぱり理解できない。間諜として働いているにしてはあまりに間抜け過ぎます」
「ただ単に公爵さまが穏やかに暮らせるように、お手伝いをしたいだけよ」
「救国の英雄に恩を売りたいと?」
「逆よ。私を救ってくれた英雄の力になりたいだけ」
やましいことなど何一つないから、逸らすことなく紫の瞳を見つめ返す。
「そんなに役に立ちたいのなら、呪いを引き取ってさしあげては?」
「え?」
「おや、ご存知ありませんでしたか。呪いを消すことは難しいですが、他人に移すことはできるのです。引き受ける相手が心から望みさえすればね」
「……それだ!」
「はい?」
「なんてことなの。呪いを引き継げるなんて想像もしなかったわ。私でも役に立てるんじゃない。良かったわ、じゃあラリー。今すぐ仮面を持ってきて」
「仮面、ですか?」
「そうよ。公爵さまがいつもつけていらっしゃるあの仮面が呪物なのよね?」
「あれはむしろ呪いを抑える聖具でして……」
「そうなの? だったらどうやって呪いを引き受けたら良いのかしら」
考え込む私に、慌てたような顔をしたラリーが尋ねてきた。
「ちょっと待ってください。呪いを引き受けてどうするのです」
「それは確かに問題よね。公爵さまは、呪いが解けたら私のことを実家に送り返してしまうのかしら」
「心配するのはそこですか?」
「書類上の妻だからこそ、呪いが解けたらあっさり離縁させられるような気がするのよ。まさか国王陛下は、もともと妹に呪いを移すおつもりだったのかしら?」
不敬とも言える私の予想に、ラリーは首を振った。
「黒の魔女に対抗する力を持つ、白の魔女からの助言だったのです」
「魔女はたくさんの道筋を見通してしまうから。私が呪いを引き受けると、最初からわかっていたのかもしれないわね」
周囲の思惑など別にどうだっていいのだ。公爵さまが幸せになることが、私の幸せなのだから。
「どうして……」
「昔ね、公爵さまにお声をかけていただいたことがあるのよ。私の話をすごく楽しそうに聞いてくださったの。不思議ね、話した内容はちゃんと覚えているのに、お声もお姿も一切思い出せない。記憶に残っているのは、あの艶やかな仮面だけ」
「たったそれだけのことで」
「たったそれだけのことで、当時の私は救われたわ。家族に放置される子どもだって、ちゃんとこの世に存在していいのだと彼が教えてくれたから」
救国の英雄と呼ばれているのに、彼が表舞台に出てくることはない。そんな彼のためにできることがあるのなら、命だって差し出してみせる。
「呪いを私に移す方法を教えなさい。さあ!」
ぐいぐいとラリーに逆に迫り始めた私が動きを止めたのは、予定外の来客の知らせを受けたからだった。
***
客間にいたのは結婚式を挙げたばかりの妹だった。幸せ真っ盛りのはずなのに、顔色はさえない。妹は私を見るやいなや信じられないことを言い始めた。
「お姉さま、お願い。実家に戻って、わたしたちの手伝いをしてくれないかしら?」
「無茶なことを言わないでちょうだい。私は公爵家に嫁いだのよ。実家の雑務を請け負うことなどできないわ」
「でも、公爵さまとは白い結婚なのでしょう。この家の侍女に聞いたわよ。お姉さまったら、使用人の真似をして公爵さまの気を引こうとしているんですって? その上まったく相手にされないせいで、毎日独り言ばかり言っているそうじゃない。惨めなものね」
私はラリーと一緒に過ごしているのだけれど。使用人はいないものとして扱うという教育が徹底しているということなのかしら?
「跡継ぎ教育はどうなったの?」
「できないものはできないの。お姉さまの仕事だったのに急にやれと言われても」
「それをわかっていて、婚約者を取り替えたのよね?」
「わがまま言わないで。お姉さまが黙って手伝ってくれたら、今まで通りうまくいくんだから」
どちらがわがままなのだと言いたくなるのをこらえて、小さくため息をつく。
「それにお姉さまだって嬉しいでしょう? 大好きだった元婚約者の役に立てるのよ。まあ今はわたしの夫だけれど、時々ならお姉さまに貸してあげないこともなくってよ」
とんでもない言い草に思わず青筋が立った。私はお飾りとはいえ、公爵さまの妻だ。誤解も侮辱も受けたくない。
「私がどうしてあなたたちの結婚に同意したのか理解していないの?」
「寝取られたから仕方なくでしょ?」
「私はあなたたちのことを心から祝福していたわ」
「嘘よ。すごい顔をして震えていたくせに」
「だって、叫び出すのを必死で堪えていたんだもの。あの場で『いやっほう、小説でよくある婚約破棄発生だぜ、いえーい』なんて叫んだら、頭がおかしくなったと思われるに決まってるでしょ」
「……お姉さま、何を言っているの?」
「あなたたちは、まったくお似合いのふたりだってこと」
思わず両手を握りしめたのは、拳を突き上げるのを我慢していたから。
声も出せずに小さく震えていたのは、笑い出すのを堪えていたから。
顔を覆ったのは、にやけているのを見られたくなかったから。
いびつな笑みを浮かべていたのは、萌え語りしてしまいそうな自分を必死で抑えていたから。
「じゃあ、どうして呪われ公爵との婚約を聞いて悲鳴をあげたりしたの?」
「憧れの方の妻になるのよ! 嬉しすぎて正気でいられると思う? 命だって危ういのに」
「お姉さま?」
「憧れのひとがひとつ屋根の下にいるの。同じ空気を吸って、好きなだけお仕えできるの。その上、『あなたを愛することはない』とか萌える台詞を言ってもらえるかもしれないなんて、完全にご褒美じゃない。幸せ過ぎるわ」
口をあんぐりと開けた妹の姿がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「お姉さまってただの阿呆だったの?」
「あら、知らなかった?」
「僕からも聞きたいことがあります」
妹との会話に割り込んできたラリーは、真剣な顔をしていた。
「『無理無理無理無理。そんな、嘘よ。絶対に無理だわ。私、死んでしまうかもしれないっ』というのは?」
「『好き過ぎて無理、興奮と感動で爆死してしまう』以外に何の意味があると?」
なぜか食い気味なラリーの姿に驚きつつ、当然のことを口にした。怪訝そうな妹は放置しておく。
「そういうことだったんですか……」
「どうしてラリーが顔を赤くしているの?」
他人の惚気が恥ずかしく感じるお年頃なのか。
「私は一生楽しく、お飾りの妻を続けていく予定なの。諦めてちょうだいね」
「いい加減にしてよ。変な一人芝居まで始めて! お姉さまが手伝ってくれないと困るの。こうなったら、お金の援助でもいいわ。助けてくれるなら、何だってする! 公爵の呪いだって引き受けてみせるわ!」
――その言葉に二言はないな――
「え?」
私は固まってしまった。ひび割れた声が突然割り込んできたかと思ったら、部屋の中から妹の姿が消えてしまったのだから。
***
「なるほど、魔女はそうきましたか」
「ちょっと、ラリー。何を急に笑い出しているの。怖いんだけれど」
「ジョアンは実家には返しませんよ。見えないはずの僕を認識し、あふれるほどの愛で抱きしめてくれたあなたを手放せるはずがない」
「何を言っているのかしら。私がお慕いしているのは、公爵さまだけよ。それより妹がいなくなっちゃったんだけれど、あなた何か知らない?」
そう言いながら家令を見上げた瞬間、息を呑んだ。どうして気がつかなかったのだろう。結い上げた艶めく長い髪に、きらめく菫色の瞳。顔を覆い隠す印象的な仮面をつけていても、公爵さまの姿は今のラリーの容姿とまったく変わりなかったというのに。
「……公爵さま?」
「どうやら呪いが移ったというのは本当のようですね」
「どういうこと? どうして私はあなたのことを公爵さまだと認識できなかったの? あなたの姿は何一つ変わっていないのに」
「黒の魔女の呪いについてまず説明しましょうか」
公爵さまが語ったところによると、黒の魔女はかつてこの国の王女の誕生日に招待して貰えなかったことがあるらしい。無視される辛さを味わえと、それ以来「他者から認知されにくくなる呪い」をかけてくるようになったというのだ。
「強制的に透明人間にされると?」
「見えなくなるだけでなく、声も聞こえず、記憶からも薄れていくそうなのでより悪質でしょうね」
「そんな呪いをなぜ公爵さまが?」
「本当は国全体にかけるつもりだったようでして」
「!」
国として認知されなくなったとき、一体どうなるのか。具体的な内容を想像し、血の気が引くような気がした。そんな大きな呪いをひとりで引き受けたこの方は、どれだけ孤独だっただろう。私が読むことのできた彼の功績は、少しでも彼を記録し、記憶してもらいたいという国王陛下の優しさによるものだったのかもしれない。
「魔女はどうして私に呪いを移さなかったの?」
「呪いは真実の愛で消えると言うのがお約束。呪いが消えれば、彼女は楽しみを失ってしまいますからね。新しいおもちゃを見つけることができてほくほくしていることでしょう」
「あの子が馬鹿なことを言い出さなければ、かかることのない呪いだったということね」
「自業自得と言いたいところですが、あなたの妹です。白の魔女の手を借りましょう」
そしてラリー……公爵さまは、ふたつの仮面を宙から取り出した。見たことのない意匠のものだ。口を尖らせた男と細目の女の顔。
「僕からの餞別です。まあ実際に用意してくれたのは、白い魔女なのですが」
妹が妙ちきりんな面をつけると、ようやく姿を認識することができた。きいきいと騒ぎながら、地団駄を踏んでいる。
妹がこれだけの音を立てていたというのに、欠片も気がつくことができなかったなんて。
「どうも先程から僕に飛びかかってきたりもしていたようなのですが、この呪いにかかると物理的な干渉もできなくなりますので」
とんだ生き地獄だ。
「何よ、このふざけた仮面は。こんな奇天烈なものをつけて暮らせというの?」
「正確には、あなたの夫君もですよ。東の島国では家内繁栄と夫婦円満の象徴だそうで。どちらも縁起物です」
「馬鹿にするのも大概にして。お断りよ!」
「お嫌なら別に構いませんよ。ただ仮面をつけていなければ、他者から認識されにくい上に、存在が擦り切れて消滅する可能性が高まるそうですが。それでも良ければどうぞご自由に」
そう言うと、公爵さまはあっという間に妹を屋敷の外へ放り出してしまった。
***
それから妹たちは、実家で後継者教育に励んでいるようだ。一度こっそりと抜け出したところ、家族にすら認知されなくなって大変なことになったらしい。
仮面を被って茶会や夜会に出たところで、からかいの対象となってしまう。だって印象に残るのは、聖具である異国の仮面のみなのだから。妹も元婚約者も今までずっとちやほやされてきたものだから、軽い扱いを受けることに耐えられなかったのだろう。
そして私と公爵さまはというと……。
「あんなに欲しがっていたでしょう」
「だから、忘れてって言ってるから!」
使用済みのシャツやら夜着やらを手渡され、私は吠えていた。本人に向かってあんな変態発言を垂れ流していたとか思い出したくない。いっそ殺せ。
「死ぬのなら、その命ごと僕が好きにしても構いませんよね?」
「公爵さまが私を殺しにきた」
「シーツでも下着でもお好きなものを差し上げたいところですが」
「ですが?」
「本体がいると言うのに、どうして代替品を与えて満足させねばならないのです」
公爵さまの唇が弧を描いた。そのまま強く抱きしめられる。
「随分とおあずけをくらいましたので、あなたの愛情に応えさせていただきますね」
「いや、無理、だめえええええ、今真っ昼間だから!」
「わかります。それは『嫌よ嫌よも好きのうち』ということですね」
「ああああああああ」
推しへの愛の重さには自信がありましたが、重たい愛を主食にする公爵さまには敵わないみたいです。
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