私だけの幼馴染を知らない女にあっさり奪われる話
私、九条咲には好きな人がいる。
幼馴染の竹田隼人という男の子だ。
隼人は昔から臆病で泣き虫だったけど、男にしては珍しく手先が器用で
料理や裁縫が得意だったり
優しくて思いやりのある子だ。
そんな彼のことを私はずっと異性として好きだったが素直に口に出せる度胸はなく素っ気ない態度を取ることが多かった。
「今日も揶揄われたの?ほんと情けないわね」
「そんなこと言われても……僕は何もしてないのに……」
「あんたが弱々しいから舐められてるんでしょ、しっかりしなさいよ」
「うぅっ……ごめん……」
「すぐ謝るからバカにされてるのよ」
昔から内向的な性格の隼人は
友達も少なく学校では孤立しており幼馴染で唯一の話し相手の私に泣きつくことが多かった。
その度に隼人を慰めるのだが、彼には悪いが私は良い気分だった。
彼が孤立してるほど私に依存してくれていると
思うと安心するのだ。
そのまま私に告白とかしてくれたらいいのに。
「その……咲は助けてくれないの?」
「私に頼るの?あんた男なんだから
自分でなんとかしなさいよ」
「……うん、ごめん」
いつもの様に私は冷たく隼人の話を流す、小さい頃ならまだしも私達はもう自立してる高校生だ。
小学生の頃は私がフォローすることもあったが
高校生にもなってクラスの男達の弄り問題に女の私が突っ込んでも余計面倒な関係になるか隼人を揶揄うネタが増えるだけだろう。
高校二年になると私と隼人は別のクラスになってしまった。
それから彼と話す機会は少しずつ減ってしまった、放課後一緒に帰ろうと誘って見ても用事があるとかで断られてしまう。
◆◆◆
一学期の終わりが近づいた頃に
私は隼人の動向を探ることにした。
数日調べてすぐ彼の異変に私は気づく。
放課後の夕方
クラスのみんなが下校して静かになった教室で隼人ともう一人
私の知らない女が手を繋いでいた。
二人は楽しそうに笑って照れている。
誰……あの女……
私は離れて二人の様子を見ていたが
突然、女の顔がこちらを見て目が合う。
綺麗な目と長い黒髪に大和撫子の様な雰囲気の女だ。
「誰よ……あんた」
先に私の口が開き、隼人も私の存在に気づく。
「さ、咲!?なんでここにいるんだ?」
「えっと、隼人君のお知り合いですか?」
「うん、幼馴染の咲だよ」
「ああ、よく隼人君が話をしていた人ですね」
凛々しい顔をして女は私の目の前まで近づいてくる。
「私の名前は藤森桜です、隼人君と仲良くさせてもらってます」
丁寧なお辞儀をして彼女は挨拶をする。
そして私の顔を見つめてくる。
「…………」
「あ、あの何か?」
私の心が、直感が告げている。
これ以上踏み込むな
何も聞くな
見なかったことにしろ
なのに私は口を開く。
「隼人とあんた……どういう関係?」
私の問いに藤森は少し頬を赤くした後笑顔で返事をする。
「はい、隼人君と私はお付き合いしています」
予想通りの答えを聞いて私は笑った。
可笑しくて滑稽すぎて笑いが止まらなかった。
「ふーん……付き合ってるねぇ……なんでそんな女がいいのよ隼人」
「そんな女って……桜さんは良い人だよ」
「そいつがどんな奴でも関係ないわよ!こんなブス!」
私は自分の思ったままのことを叫ぶ。
それを聞いた藤森は一瞬驚いた顔を見せた後クスッと笑う。
「……すみません、確かに私はブスかもしれませんね」
藤森は自虐的に呟くが内心は小馬鹿にされている。
平凡な顔と体をした私と
無駄な贅肉もなく
整った体つきをしたアニメの世界にいそうな彼女と
見た目で勝負にならないことが分かっている。
「今のは言い過ぎだよ……咲、桜さんに謝りなよ……」
「何言ってるの?あんた騙されてるのよ!!こんなブスのどこが良いのかって聞いてるのよ!?」
私は隼人に支離滅裂に叫び問うと
彼の表情が変わる、呆れ果てた様な失望にも
見える目。
なんでそんな顔を向けるの……
私ずっとあんたの幼馴染だったじゃない………あんたの唯一の友達だったのに………やめてやめて
「桜さんはこんな僕を助けてくれたんだ」
私の好きな幼馴染の口から語られる
この数ヶ月の出来事
隼人は小さい頃から私の想像より遥かに
男らしくない生き方や自分の弱々しさに
悩みを抱え込んで
いじめに苦しんでいたことを理解する。
それを救ってくれたのが正義感の強い
藤森だというのだ。
私が何年も聞き流していた彼の苦悩を
真剣に聞いて考え周囲の先生や家族に
話し合いを続けて解決できたのだと。
「だから桜さんは僕の恩人で大切な恋人なんだ……」
「私も隼人君から告白されて嬉しかったです」
「……そう……良かったじゃん、あんたみたいな泣き虫のヘタレに彼女とかできるなんて」
私は負け惜しみの悪口を呟き
教室から出ていく。
情けない……
本当に情けなくて惨めだ……
ずっとずっと隼人は私だけの物とか
自惚れていた。
なんで私はもっと早く気づけなかったのだろう……
あんなに長く側にいたのに
好きな人の気持ちを知らず
助けを求めていたのに軽く流して
何も理解していなかった。
数ヶ月の出会いの女に負けるのも必然だった。
◆◆◆
夏休み直前に気づけてよかった、学校に行く気力も今の私にはなかった。
自分の部屋で私は呆けて布団を被る日が続ける。
このまま消えて無くなってしまえば良いのに……そんなことを考えていると微かな話し声が聞こえる。
隣の家からだ……懐かしい記憶が蘇る、隼人と私の家は隣同士で窓から
お互いの部屋も見えて他愛ない話をよくしていた。
「え………?」
私は窓から隼人の部屋を眺めると
背筋が凍る。
彼の部屋にあの藤森がいるのだ。
隼人はベッドに腰掛けて藤森はその横に寄り添うよう座り
二人は楽しそうに会話している。
長い会話が途切れると藤森と隼人の顔が近づく。
やめろやめろやめろ
心の中で私は叫ぶ、しかし無慈悲に行為は続く。
「好きです………桜さん」
「私も………好きだよ」
二人の唇が重なり抱き締め合う。
嫌だ……やだ……私の隼人が……取られる……
私の隼人が取られてしまう……
いやもう取られてるんだ
もう手遅れなんだ。
二人の唇が離れた後は
ギシギシとベッドのスプリングが軋む音が続き
私は耳を塞ぎ目を閉じ布団を被って現実から逃げる。
何も聞こえない何も見えないはずなのに頭の中に浮かんでくる………隼人と藤森が私の知らない表情をしてお互いを求め合っている姿が。
私はぐしゃぐしゃになった泣き顔を枕に埋めてこの地獄の時間を耐え続けた。
◆◆◆
長い1日が終わった、頭が痛い
飲まず食わずで陸に寝れもしなかった。
近くのコンビニで何か食べようと外に出かけることにした。
「……あれ……?」
家を出て少し歩いたところで人影を見つける。
それは今私が会いたくない相手だった。
「おはようございます九条さん」
「……なんでここにいるのよ」
藤森は優しい笑みを浮かべながら私を見つめる。
「私も近くのコンビニに用があっただけです、昨日はかわいい彼氏と激しい運動してたのもあって
朝から料理を作る体力もないんです」
「………」
この挑発的な話……知ってたんだ
私が昨日盗み聞きしてたこと。
「ああ心配しないでください、ちゃんと避妊はしましたよ」
「う、うるさいブス!!」
私は目の前にいる生意気な女に怒りをぶつけて叫ぶことしかできない。
「あなたも隼人君のことが好きだったのはわかります………でも八つ当たりはよくないですよ九条さん、10年も前から知り合いだったのに隼人君に何も伝えずただひねくれて接していたあなたの自業自得です」
「……っ」
図星を突かれ何も言い返せない
そんな惨めな私を見て彼女は笑う。
「ふふっ……私は隼人君の大切な友人である九条さんとも仲良くしたいと思っています、これからもよろしくお願いしますね」
「誰があんたなんかと!」
「それでは失礼します」
そう言って藤森は頭を下げ去っていく、私は彼女の背中を見ながら睨みつけるしかできなかった。
その後の高校生活で私はあの女を呪い願っていた。
早く消えろ隼人から離れろ
喧嘩して別れてしまえ
死ね死ね死ね
だが私の願いが叶うことはなく
二人の関係は良好で卒業するまでずっと続いていた。
人見知りでいつも一人だった隼人は
あの女の影響なのか友達も
増えてきてよく笑う様になっていた。
私は隼人にとって過去の思い出でしかなくなり彼と話す機会も減りただただ時間が過ぎていく。
◆◆◆
そして運命の日が訪れる。
竹田隼人と旧姓藤森……竹田桜は何の問題もなくあっさりと結婚した。
結婚式には私も出席をしていた。
純白のドレスを纏い柔らかい表情をした妻の桜と
黒のスーツを着て微笑む夫の隼人。
私がどれだけ望んでも手に入らない夢の光景。
式が終わった後隼人は私に声をかけてきた。
「咲……久しぶり……」
「……隼人」
久しぶりに聞く隼人の声は以前より低くなっていた。
その声で私の名前を呼ばれると今でも胸が高鳴る。
「結婚おめでとう……幸せになってね……」
「ありがとう、僕も嬉しいよ」
隼人はそわそわとした動きで何か言いたそうだった。
妻の桜が難しい顔をした隼人の肩を持つ。
「いいのかな……結婚式でこんなこと話すのって桜さんにも咲にも悪い気がして」
「隼人君、久しぶりの再開ですけど
九条さんとはこの結婚式の後
もう会えないかもしれないんですよ
私のことは気にせず伝えてください」
あの女がこっちを見て笑っており
私は嫌な汗が止まらない。
「実は……僕はずっと昔から……」
え?もしかして
隼人やめて
聞きたくない
もう終わったことだ
今更聞いても遅いから
やめてやめてやめて
やめ………
「咲のことが好きだったんだ」
「……」
隼人の言葉が私の耳に響く。
「隼人君はね、あなたのことが好きだったらしいですよ、まあ中学生までの話ですけど」
「………ははっ」
笑うしかない。
「咲は口が悪い人だったけど独りぼっちだった僕の唯一の話相手で長い腐れ縁でなんだかんだその……今でも感謝してる」
「……そう……なんだ」
「だから咲は良い人を見つけて幸せになってほしい……それが僕の願いなんだ」
「……うん」
隼人は優しくて良い人だ、本当に良い人だ……
結局私は彼に告白することはなかったけど
昔は両想いだったんだ………バカじゃん私。
「私も妻として夫の大切な友人である九条さんを応援してます……どうぞ」
憎い女から大きなブーケを渡される。
二十歳を過ぎて一度も異性と交際経験のない私にはお似合いの物だと皮肉を込めてるのかと思った。
何もかも遅い
私は呪った
自分の臆病な生き方。
勇気を出さなかった間抜けな自分を。
式が終わり家に帰ると私は
涙が枯れるまで泣き続けた。