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恐怖心を与えておかなければ納得がいかないのよ。
カミソリを仕込んでいた教科書を手に取って、指先をすっぱりと切ってしまったカサンドラが、真っ赤な血液を床に落としながら真っ青な顔色となって顔をあげると、
「私じゃありません!私じゃありません!私はそんな事をしていません!」
ハイデマリーが発狂した様子で泣き出した。
カミソリを仕込んだのは、公国での商売を成功させたい男爵家の令息がやったこと。
王子の婚約者であるカサンドラのように、専属の護衛と侍女を一名ずつ学園に連れて来る事など出来ないエルハムにとっては、手足として動かすのは、公国の甘い汁を吸いたい下位貴族の令息たち。
ハイデマリーにはカサンドラに疑われた時点で大泣きするように命じていたが、予想以上に良い働きをしてくれているようだ。
鳳陽の恋愛小説のような展開となるのなら、カサンドラに虐められたハイデマリーは、婚約者に対して辟易としていた王子と恋をして、二人の間で愛を育てていく事になる。
カサンドラとハイデマリーを潰してしまいたいと考えるエルハムは、うまい具合にハイデマリーを動かす事を考えた。
ハイデマリーの素性を調べた所、実の母は病弱を理由に、娘を子爵家の養女として預け、田舎に住む弟家族の元へ身を寄せているような状態なのだ。
このハイデマリーの母親を誘拐してきた所、ハイデマリーは何でも言う事を聞くようになったのだ。
カミソリで傷つけたり、一人で移動をしている最中に暴漢に襲われそうになったりと、カサンドラには散々、恐怖を与えたところで、毒を与えて殺す事にした。
「カサンドラ様に相談したい事があるんです」
母親を人質に取られたハイデマリーは神経衰弱と言っても良いような状態のため、相談したいと言ってきたハイデマリーを、結局、人が良すぎるカサンドラが無下にするわけがない。
ハイデマリーが用意した毒入りの茶を飲んでカサンドラが倒れた姿まで確認すると、
「これでアルノルト殿下は私の物よ」
と、一人呟いて、公女は小さなため息を吐き出した。
多くの人の目に触れる庭園に用意された茶会の席で、倒れたカサンドラの元に、大勢の生徒が集まっていく。
2階の窓から、カサンドラが倒れたままピクリとも動かない姿を見おろして、エルハムは笑みを浮かべた。
護衛の騎士にハイデマリーが取り押さえられている。
スキップをしながら、エルハム公女は空き教室を後にした。
公国の正妃の娘として生まれたエルハムは無視された事など一度もない。どれほど高位の官僚であろうと公女の前に跪き、多くの人々が公女の前へ傅いた。
大陸で大きな勢力を持つアルマ公国を無視できない近隣諸国の重鎮たちは、美しい顔立ちのエルハムをいつでも褒めそやしたし、憧憬の眼差しで見つめていたものだ。
公国の第一公女、正妃の娘であるエルハムには、公国の大きな勢力が後ろ盾として存在するため、多くの人間が我が妻になってはくれないかと愛を囁いてきたものだった。
仮に婚約者が居たとしても、一度、エルハムが声を掛ければ、婚約者を投げ打ってでもやってくる。そうしてエルハムのその愛らしい眼差しを一度でもいい、自分に向けて送ってくれないかと懇願するのだ。
誰もが求めるエルハムを、求めなかったのはアルノルトだけ。
邪魔な婚約者が居なくなれば、流石に王子もエルハムを無下にはしないだろう。
国力も大きい公国の後ろ盾を持つエルハムと婚姻をすれば、アルノルトは大きな力を手に入れる事が出来るのだ。
英雄が求めるのは美姫と権力、その二つを持つエルハムを求めない訳がないのだから。
公国の公女であるエルハムは、王立学園に留学する際に、他国の王族が利用する事になる離宮に今は住んでいる。カサンドラの毒殺騒ぎを無視する形で学園を後にした公女が帰宅の合図を送ると、出迎えにも出て来なかった専属侍女が真っ青な顔でこちらに向かって走ってきた。
「エルハム様!エルハム様!カサンドラ様が毒で倒れられたとは本当の話でしょうか!」
何故、侍女がそのことを知っているのか理解できなかったが、エルハムはこくりと小さく頷いた。
「何でも、元平民に毒を盛られたみたいなの。死んだんじゃないかしら」
「ああ!神よ!」
自分の足元に崩れ落ちる侍女の姿を呆然と見下ろすと、いつの間にか集まってきていたクラルヴァインの兵士に腕を掴まれた。
カサンドラが死んだとなると、毒を盛ったのがハイデマリーだったとしても、自分も疑われる事もあるだろうとエルハムは覚悟を決めていた。
毒の入手は我が国に亡命予定の子爵家の人間がしてくれたし、ハイデマリーに毒を渡した現場にエルハムは立ち会ってはいない。
ハイデマリーの母を誘拐しているが、それだってエルハムは関わってはいないのだ。どう疑われたって何かが出て来る事などあり得ない。
そう考えながら、兵士に誘導されるままに移動すると、エルハムを乗せた馬車は港へと移動して行った。
馬車から移動したエルハムは港に停泊している船に乗せられて、そのまま、狭い個室に監禁される事になったのだった。
これはいよいよ、本国に帰らされる事になったのか。
不安な気持ちとなりながら、小さなベッドに身を横たえる。
小さな机と椅子と、後はベッドしかないような個室で、3食、粗末と言えるような食事が運ばれてくるだけで、誰も何もエルハムに言わない。
カサンドラが毒殺され、エルハムが船に乗せられた。
毒殺したのはハイデマリーで間違いない。
自分は、邪魔な二人を排除した上で、アルノルトの妻になる予定なのに。
「もしかしたら、殿下は私との結婚をお父様に許してもらう為に、公国へと船で移動しているのかも・・・」
恋愛小説のパターンとしては、邪魔者の悪役令嬢を排除した翌日には、王子は自分の真実愛する人との結婚を許して貰うために動き出す。
いつも無表情で、冷めた雰囲気を醸し出す王子も、実は私の事が好きで好きで仕方がなかったのかも・・・
「だから、私を船で急遽、連れ出したという事かしら?」
そんな風に楽観的に考えたい。
食事が粗末なのも、海の旅はこんなもので、部屋が粗末に見えるのも、これはこれで、クラルヴァインの船室としては最高級のものかもしれないし。
「あの・・そろそろ着替えたいのだけど・・・」
「湯浴みをしたいのだけど?」
食事を持って来るのはいつでも同じ男で、無言で食事を置いて、無言で空いた食器を片付けていく。
こちらが何を話しかけても反応しない。そうして着の身着の儘の状態で5日が過ぎた頃、ようやく船が到着したようで、エルハムは船室の外に連れ出される事になったのだった。
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