ゼシオン
住む場所がなくなった。
自分は記憶喪失で常識がすっぽ抜けた状態で世界を生き抜くにはちょいと不利ということで、ヤブラン先生に自立できるようになるまで一人で生き抜く術を教えてもらう為、一緒に旅をすることになりました。
新たなる定住場所を求めて隣国へと旅立っていったのだった。
特に大きな事件も事故もなくサバイバルしながら運良く生き続けている。巷によく出没するという追い剥ぎにもまだ会ってない。旅は好調そのもの。国境を越えてもひと山越えねば村も見えず、絶賛登山中のこと。
今は生憎の雨だが、雨の中運良く山小屋を見つけた。中はかなり綺麗だった。しかし食料がなかった。食えるものを採ってくるから火を起こして待ってろとヤブランは雨の中駆け出していった。
相棒はあのヤブランだ。森だろうが山だろうが慣れっこだ。これ以上頼りになる少年はいないと断言出来る。案外今回もイージーモードだったようですね。
しかし、然うは問屋が卸さない。
「ヤブラン?!」
帰ってきたヤブランの背中が崩れ落ちた。
駆けつけてその身体を腕に抱く。それだけでも分かる、酷い熱だ。雨で体が冷えたのか。
全身を見ると、所々新しい切り傷のようなものがうっすらついていた。
近くに転がる皮袋にいっぱいの葉っぱやら実が入っている。見たってまだ違いなんてわからない。
ああばかやろう!そんなことより今は濡れた服を乾かして傷の処置が先だ!
自分なりの処置を終えても不安は募るばかり。これ以上何をすればいいのか。何が原因なのか。ただの熱だと思っていいのか。異世界だというだけで不安は拭いきれない。彼には恩がある。いや、それだけじゃないただ助けたい。死んで欲しくない。そんな悪夢はごめんだ。
異世界という状況の中で自分ができる範囲のなさ、無知さに腹が立つ。くそったれ。
その時小屋の扉が開いた。
「誰だ!ここで何をしてる!」
ガタイのいい白髪の混じった男が武器を構えて入ってきた。しかし暖炉脇の少年を見るなり威圧感は消えた。
「これはいったい……」
縋り付くように頼むしか無かった。情けないことに何をすべきか分からない。ただひとつ現知人がこの場にいたことに安堵する。
──事情説明後。
おじさんは快くヤブランを介抱してくれた。
「こりゃシラヌマの毒だな」
シラヌマ。この辺りに生息する植物であり、鮮やかな赤い花を咲かせる。その葉は獣の皮でさえ切り裂くほどかたく鋸歯に毒をもつ。巨獣でさえも痺れる猛毒が。人が体内に入れりゃ半分の確率で死ぬやつ。シラヌマによく似た群生植物に紛れており痛みもないため気づくのが遅れるのがこの植物の脅威たる謂れ。
何もしなくても運が良ければ助かる。確実なものにするには特効薬が必要だ。ならば答えは一つである。
問屋には何がなんでも卸してもらう。
“ゼシオン”
そう書かれているであろう看板が掲げられていた。
下山した先に村があり、村の先には街があった。
そこに鎮座する冒険者ギルド“ゼシオン”の前に立っていた。山の天気はよく変わる。空は清々しく青かった。
おじさんは金を直ぐに稼ぐにはやはりギルドがいいと教えてくれた。猶予は1週間。薬草集めを三回すれば薬が買えるのだ。最近は魔物の活発化もあって、物資の流通が滞ったりして物価が高騰してるらしい。
脇目を通る武装集団が入っていくのを見て、少し後ろから扉をくぐる。
中へ入ると、
並べられたテーブルとカウンターがあり、武装した色んな人が酒を飲み、食事をし言葉を交わし、団らんに過ごしている。その空間を横にさっき見た団体が、窓口ようなところで話しているのが見えた。
大きな袋を渡して、小さな袋を貰っている。
彼らの背景の大きな掲示板のようなものに目が移る。多分これが依頼書のようなものだと思う。
数字はなんとなくだがわかる。多ければ多いほど高いというのは同じようだ。
「討伐依頼……礼金1万、ぜろ、ぜろ……え?ゼロがいっぱい?」
他にも値段が桁違いな紙が複数貼られていた。
こんだけのお金があれば一生衣食住には困らないぞ……スゴく気になる。
その時、背後に立つ存在に気がついた。
「やめとけやめとけ。ドラゴン討伐なんざ貴族共の享楽の餌だ。金に目が眩んだヤツらで帰ってきたやつぁいねえよ」
「え……」
「それにドラゴンの素材は上手く売れば、そこにかかれてるよりゼロは多いぜ」
「ほえ……」
教えてくれる人を見れば、頬に傷がついているのに目が引く。背丈は同じくらいの青年。
腰に剣を差し、急所を守る装備だけの身軽な格好だった。
「あんた新人だろ」
「いえ、いまさっき初めて扉をくぐったばかりで──」
「おいおい、よく入ってきたな。かっかっか!イカついヤツらばっかりで大抵のやつぁビビるってのによ」
確かに彼の言う通りかもしれない……周りを見ればゴツい人達や、一戦を超えたような目をしている人達ばかりだった。
いやしかし今の自分には目的がある。
「あんた肝座ってんのな」
カカカと笑う彼。
そう言われてもしかたのない。
彼がギルドについて教えると言ってくれたのでありがたく拝聴しようと思う。
実際ヤブランについて回っているだけだったのでギルドについてほぼ知らないな。彼の話によると
「ここは、いわゆる何でも屋。住民や近辺の村や街からの困り事、お願い事を報酬付きで解決するのが仕事の一つだ」
「元は未開の地の調査や、生態系の管理、未発見の土地や動植物の発見、調査をメインに仕事する“冒険者”たちの休息所だったんだが、腕の立つものが多かったから人の困りごと解決から始まって今やそれは地元民たちの助力もあって“冒険者ギルド”と呼ばれる自営組織になった」
「本来の仕事もこなしてもらう傍ら困り事も解決するのが現在の冒険者ギルドっつーこと」
「この国のギルドがここ“ゼシオン”ってわけだ」
「困り事は尽きねえから、人手は欲しいとこだがリスクもある。自分の力量を見違えておっちんだやつも多い。だが危険が大きい分報酬も大きい」
ということらしい。
つまり、ニーズが高まっている且つ常に人手不足な職業ということはお給金もいい。好きな時に依頼を受けることが出来る。副業としても本業としても万々歳ということ。
今は金が欲しい。
「ここで働きたいんですがどうしたらいいんでしょうか」
「かっかっか!身体も張りゃ命も張る。
そんな職だぜ?ここでは誰も守っちゃくれねえ、自分の実力が物を言う世界だ。覚悟はあんのか?」
「はい、働きたいです」
「……気に入った!ちょっと待ってろ」
そう言って彼は窓口の方に駆けて行った。
しばらくして、何かを話し終えたのかチョイチョイと手招きをされる。
素直に彼の元へ向かった。
「ほれ、ここに名前を書け」
「はい」
指された褐色の紙に、言われたままに名前を書きこんだ。
「よし、これであんたも立派なルーキーだ。
ようこそ冒険者ギルド『ゼシオン』へ」
「へっ?これだけですか」
「おうよ」
窓口に立ってる人を見ても書類を片付けながらニッコリと頷き返された。
てっきり面接や、実力試験なるものがあるのかと思った。
「俺の名はシーマ、何かあればいつでも相談に乗るぜ」
「ありがとうございます。
タナカです。よろしくお願いします」
爽快に笑う彼の差し出された手を握り返した。
「おう、よろしく!タナカ」