さよなら
「え。なんで」
命の恩人が目の前で土下座してる。どうしてか。
ギルドについて薬草と報酬を受け取った後、彼女に連れられ人気の少ない路地に来た途端に「このことは内密にお願いします!」と勢いよく地面に伏せてしまった。
「誰にも言うつもりは無ぇよ。だから立てって。俺はともかくコイツは記憶喪失でなんのことかわかってねえ」
「おん。よくわからんが神に誓って誰にも言わない」
「あ、ありがとう、ございます」
「でもヤブラン。なんでなのか知りたいんだけど」
ヤブランと一緒にしゅんとした彼女の腕を持って立たせながら聞いた。「いうか」とヤブランに断られたが、女の方が親切にも教えてくれた。
なんでもさっきの力は神に選ばれた人間にしか使えないらしい、残念ながら。それだけでも色んな意味で引く手数多な中、この人は今、神殿から巫女が誘拐され捜索がかけられている。発見者には報奨が与えられる手配書が出ているらしい。
「誘拐されてるなら戻った方がいいのでは……」
と単純に思ったこと口から出してみた。
しかし返答は予想外。
「誘拐なんてされていません」
「ん?」
「自分の脚で出てきたのです」
「ん!?」
「家出かよ」
「逆に誘拐してきたのは司教側です」
「え!?」
「逃げてきたというのが正しいですね」
衝撃的事実に笑った。
物心つく頃に誘拐されて今までずっと神殿でこき使われていたが最近、どこぞの誰かに背中を押されて勇気が出たのだとか。
ときにヤブランが問うた。
「あんたこれからどうするんだ?」
「ある人を探そうかと思います」
「あるひと?」
「私に神殿から出て行く勇気をくれた方です」
「あてでもあるんですか」
「名乗りはしませんでしたが、そのお姿はしかとこの目に焼き付いています」
胸の前で拳を握り、自信ありげに胸を張る。
つまりそれは無いのでは。
「それは無えってことだろ」
バッサリ言ってしまうヤブラン。そーゆーとこ好き。
ケモ耳があればシュンと垂れ下がった耳と尻尾が見えてるだろうくらいに彼女は落ち込んだ。
普通なれば、面倒事はすぐにでもさよならするところ。しかし、この女性は窮地を救ってくれた恩がある。
「お姉さん、よかったら手伝いますよ」
「へ。本当ですか!」
「お……おう!」
近距離まで近づいて戸惑ってしまう。
綺麗な黄色い瞳がきらきらと輝き出した。
「まずはそいつの特徴だな」
ヤブランも協力するのにやぶさかではなさそう。なんなら既に乗り気だ。
彼女の探し人は憂いを帯びていて華奢な顔立ちの。大人のようで少年のようなどちらとも取れる雰囲気の青年。しかしその瞳は確固たる力強い信念を宿し、一度捉えられると吸い込まれるような美しい瞳。その声は優しくほんのり甘く、花咲き誇る野に太陽の日差しが優しく満ちるような──「ちょい待った」
「なんです」
ヤブランに遮られ少し不機嫌顔の彼女。
よく止めたヤブラン……!
「なにもわかんねえよ。髪型とか目の色とか肌の色とか黒子とか傷とかそいつの身に付けてたものとか、そういうのを簡潔に教えてくれ」
「これから話すつもりでしたよ」
「あー、そうかわるかった」
予想通り長くなったので、要約すると。
大雑把に切り揃えサラサラ真っ直ぐな黒髪黒い目、見えるところに黒子も傷もなく日焼けのない白めの肌、病弱そうに見えてその腕はかなり立つ。ここいらではみない不思議な武器を持っている。男は白い服を着ていた、と。
「黒髪黒目は珍しいから搾りやすそうだな」
「そなの」
「黒髪黒目の人間はいるにいると聞いた事はあるが実際に見たのはおまえが初めてってレベルで珍しい」
「の割には、初めて会ったとき普通だったような……」
「会う前に側から見てたんだ。慣れた」
さすがとしか言いようがない。
そういえばどこかで黒髪の人を見たことがあるような、はて何処だったか。
「この辺りで黒目黒髪の男がいるとか聞いたことはないけど、ギルドで聞いてみるか」
あちこちから集まる冒険者に聞いたほうがその範囲は広がるだろう。ヤブランの提案をとり、実際に聞いてみた。
「黒髪黒目、ねぇ……お?それならそこにいるじゃねえか」
聞いてみるもんだ。
いかつい兄ちゃん達にヤブランが臆せず聞いたところ三人目で当たった。
──え。そこにいる?
兄ちゃんの指差した先を見ると短髪黒髪の男が本当にいた。黒髪は希少種的なことを言ってた気がするがこんなにいていいのか。しかし髪型が合わないの間違いの可能性が、いや待て、あの風貌何処かで見たことがある。あれは……
「あ。あの時の!?」
まだ記憶に新しい。果実に騙され腹を壊した自分を救いたもうた御仁。
先ほどあげた声でこちらを見遣るが、その顔も確実に記憶と合致する。
彼も自分の顔を見て思い出したのか「ああ、あの時の」とこちらに近づいてきた。
「いつぞやは大変お世話になりました」
「体調の方はどうですか」
「もうすっかり良くなりました」
「お元気そうで何よりです」
「誰だ?」
この人があの倒れていた時に助けてくれた御仁だとヤブランに説明する。ヤブランはそれを聞くと「タナカが世話になりました」とまるで保護者のように振る舞うので気恥ずかしさに三者面談で母親と担任が会話に花を咲かせる傍らの思春期の少年よろしくなんとも言えない顔になる。
「俺はヤブラン、こっちは同伴のタナカ」
「ヘリオトです」
と握手が交わされる。
ヘリオトさんか、覚えたぞ。探し人とは違っていたとはいえ思わぬ出会いもあったもんだ。
短髪黒髪目の色は黒、健康色の肌にたくましい体。類似しているのは髪色目の色くらいだろうけどもしものことがある。彼女に一応確認をしてもらおう。彼女は何処だろう。
彼女はテーブルで思わせぶりなのはやめてくれと突っ伏していた。違かったようだ。
話も弾んで、黒髪の男のことを聞いてみた。
「城にいる凄腕の男剣士が黒髪黒目だというのを聞いたことがある」
「本当ですか!?」
彼女がだんっとテーブルに手をつき彼に詰め寄った。
彼は戸惑いながらも同意する。
ところでさっきから聞こえる『プレト』って何かとヤブランに聞いたところ、黒髪黒目の呼称のことらしい。
後、街の噴水広場にて。
空は茜色。二つの月の一つが既に顔を出している。
これで彼女の行き先は決まった。
彼女は最初の頃よりも生き生きとした顔で、こちらに向き直る。
「この恩はいつか必ず返します」
「俺たちの方こそ化け物を倒してくれて助かった。命の恩だ、このくらいなんでもねえよ」
「そうそう、あの時はありがとうございました。ほんっとに死ぬところでしたありがとう」
「いえ、あの森でのことは、虫から救ってくれたお礼とでも思ってください」
秘密をバラしてでも助けてくれた勇気に感謝の念を贈らずにはいられない。城までついていく気だったが、お気持ちだけで結構ですと断られてしまった。こちらでも押し問答があったが彼女の意志の強さに負けてしまった。これ以上は彼女もまたもや譲らない雰囲気に苦笑する。
「……ありがとうございます。あ、そうだ名前」
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね」
名前も知らぬままさよならというのは少し勿体無い気がした。おもわず口をついた言葉に彼女が先に名乗った。
「私はロエと言います」
「タナカです」
「ヤブラン」
「タナカ、ヤブラン。またどこかで会いましょう!あなた方の未来に神の祝福を!」
そう言って、ロエは駆け出した。
憧れの人を追いかけて。
また、どこかで会えたらいいと思う。彼女が会いたいと思う人と共に。彼女の満面の笑みを浮かべる未来を想像して、そうあるように神に願った。