ギルド
結論からして、ヤブランは怒っていた。
そしてものすごく心配させていた。しかし、なんやかんやと事の次第を収めることができ無事一件落着。頭部の痛みは致し方なし。
自分は冒険者ギルドに来ていた。
目の前には自分の背丈よりも三倍もでかい扉がそびえ立つ。首を真上に向けると重厚とした看板が高々と掲げられ、なんで書かれてあるかはわからないが大きく書かれた文字が見える。
いかにも戦闘しているような雰囲気をみせる格好の人たちがこの建物を出入りしているのだから、ここに乗り込む勇気は生まれたての子鹿のように震えた。しかし反面にRPGやゲームよろしく、ギルドという存在に少しばかり好奇心は浮いている。すんごい楽しみ。
して、なぜこんなことになったのやら。
時は今朝へ遡る。
「どこへ?」
ナイフに皮袋、革手袋をはめて長袖長ズボンと皮ブーツと普段とは真逆の格好で出かけようとするヤブランに問いかけると「ギルド」とこちらを見ることなく短く答えた。
「いくぞ」
有無も言わさず出ていく彼に急いでついていく。
なんでも、この時期は簡単な依頼が入りやすいらしく稼ぐにはもってこいらしい。詳しいことはよくわからなかった。
そんなことよりも脳内で溢れ出るギルドの妄想でワクワクが止まらない。
わかる通り一目瞭然に自分は浮かれていた。
異世界といったら5割方出てくるであろうギルド。夢とロマンが詰まった新たな出会い。物語の進展地。
好奇心は止められない。止まらない。
ということでやってきた、冒険者ギルド。
圧巻だ。
「なに、ぼけっとしてんだ」
自分の脇目を通って、目の前の建物へと入っていくヤブラン。慌ててその後ろ姿について行く。
中は人が多く、天井が高い。最初に目に入ったのは超でっかい多分モンスターの頭蓋骨。あんな大型の生き物が存在する世界てことか。こっわ。
大理石のようなツルツルとした見た目に反し、足裏にかかる摩擦が大きい不思議な床を歩いていく。
横側をスケートブレードをつけた荷台が麻色の布を被した物を乗せて通り過ぎた。
うわ、なんか動いてた。
「そんなキョロキョロしてんな、こっちだ」
「おん」
物珍しさに自分の心はウッキウキで、彼について行く。ヤブランが足を止めたのは透明な板が置かれた台の前。なんでも、依頼一覧表らしい。読めない落書きのような文字が浮き彫り、ヤブランは手慣れた様子で操作していく。
ヤブラン文字読めんだ。結構識字率高いんだなあ。
「よし、いくぞ」とヤブランは台座から離れ、出口の方へと向かった。
どうやら操作を終えたらしい。今ので依頼受注完了。薬草採取に向かうべく近くの森へと移動するんだとさ。
鬱蒼とした森のギャップでそこらの雑草と見分けがつかない草を引っこ抜いては袋に詰める。
「雑草入れんな」
雑草だった。
取り捨てられた雑草と目的の草を見比べる。どう見たって同じにしか見えない。今日の食いぶちを稼ぐために、ひたすらに草を引っこ抜いては袋に入れる作業をして体感1時間。
話しながらやろうにも、猛獣の餌だと叫ぶようなものだというので、そりゃあもう黙る。
「──!」
「……声?」
「悲鳴だ」
ヤブランが走った。
方向からして声のした方か。
「──いやあぁあぁあぁ」
甲高い悲鳴。
何かから逃げるようにこちらに走ってくる女性の姿。
と、 同時にその人の後ろにピッタリと引っ付いている物体が目に入った。
イモムシだ。嫌に黒茶色のイモムシが女性の服に引っ付いている。
「ああああああ取ってとってとってッッ!!」
「いやあああああむりむりむりっ!?」
虫は大の苦手だ。ごめん無理。それだけは無理。
女に追いかけられ近くの木のまわりを走る。
「なんだ虫かよ」
ヒョイっとヤブランが虫をとった。手で。信じられるか?素手で掴んだんだ。その時、かつて家に出た黒い虫を殺虫剤で殺ったはいいが、ティッシュで掴むことが怖すぎてきゃーきゃー言ってた記憶が蘇る。
そのまま近くの茂みに放った。
ヤブランすごい。
「はあっはあっ……あ、ありゲホッゲホッ」
咳き込む彼女に持ってきていた水袋を渡す。服もボロボロ、肌も土で汚れて、黄色い長髪には小枝が引っかかってる。軽く伺って、木の枝や葉っぱをとっていく。全力疾走だったんだろう。自分でも走る。
呼吸が落ちついたようだ。
「呼吸が落ち着いたなら早く森をでるぞ」
「急になんで」
「魔物がくる前に逃げるんだ」
「え」
「自分たちで餌はここだと教えたんだ、腹をすかした魔物が寄ってくるにきまってんだろ。そこのあんたも早く立って」
「は、はい」
ヤブランが彼女に手を貸し、立ち上がった瞬間だった。
視界の端に何かを捉える。茂みの影に獲物を狙う捕食者の眼光があった。本能は今、この瞬間だと直感的に全身が警告する。スローモーションで、そのおぞましい影が静かに茂みから二人に向かって飛び出すと一緒に自分は目の前の二人を思いっきり突き飛ばす。
「ガアゥッ!!」
あーあーあー。
馬鹿、阿保、くそったれ。
自分でも飛び出した理由がわからない。こんなに勇敢だったっけな自分。
化け物に押し倒されても嬉しかねぇよ。
全力でかっぴらいた口(というか影?)を両の手いっぱい押して硬直してる。
奴さんよっぽど飢えてるらしいのか、その力はほんと尋常じゃない。
「他当たってくれや……っ!」
「ァァァァア゛」
「タナカ!!」
ヤブランが化け物に乗っかかり手に持ってた小刀を振り下ろす。あ、目に入った。
化け物は唸り声をあげ飛び退いた。今のうちに逃げようとした。
勝てるわけがないだろう。
「にげ──」
「逃げたら死ぬぞっ!」
「ウッス」
確かに背を向けるなんて食べてくださいって言ってるようなものだ。けれども戦闘能力なんざゼロに近い自分と小刀一本持った少年でどうやってあの化け物に勝てばいい。
化け物は叫んだ。耳をつんざく雄叫びが目を抉られた怒りで満ちていた。耳を塞いでも痛い。
これはガチギレ。
こっちに向かってくる、ああ……どうしよう!
「──光よ!」
「オァ゛……ハ」
その時女性の声と共に化け物に向かって閃光玉が疾った。
「お二人下がっててください」
指揮棒のような杖を持ち化け物に向かって指している女性の姿があった。そこからは彼女の独壇場。
光の球が弾丸のようにぶっ飛び、マシンガンの如き怒涛の速さで化け物に打ち込まれていく。字の如く化け物は消滅した。
「……今のうちに森を出ましょう!」
「こっちだ」
ヤブランに連れられるまま森を走った。
すご。魔法だ、魔法があった。
実際に目にするとその迫力に興奮で鳥肌がたつってもんだ。すげえかっこいい……!自分も使えるだろうか!
そしてギルドへと戻ったのだった。
──そのころ
今日もまた報告に来ていた俺
報告と言っても水晶の御方はこちらの動向は全てご存知であるので、結果だけを伝えるために顔を出す。
隊長が現れないというのはそういうこと。
「やはり我々がお迎えするべきなのでは。そうだその通りだうん行くべきだなこれは!」
「──コラ待つんじゃ」
白い外套の御方が窓を開けて脚をかける。それと同時にご尊老の御方が抱えていた杖を軽く地に打つと、白の外套の御方は動きを止める。
「表沙汰になれば面倒だといったじゃろう」
「計画が全てぱあになると困りますわ、大人しくしてください」
「あ゛」
白の外套の御方は体が動かないのかそのまま横に伏してしまった。
「ァ、ハコベ……ェ」
隊長の死期も近そうな気がする。