船
南へ行くには大きな川をひとつ越えなければならなかった。
それで。
「プレトはお断りだ」
と嫌なものを見たという顔をする船乗りのじいちゃん。
手で追い払う仕草付き。
ヤブランは軽くその態度に食ってかかろうとしていたので、とりあえずその場を離れた。
「で」
ヤブランは不機嫌に言った。
「で?」
意図がわからず2人して聞き返してしまう。
ヤブランの機嫌曲線が急降下した。
「あのおいぼれから船を奪う算段は」
いやいやいやと止めるが、南に行くにはそうするしかない?
いやおじいちゃんから力ずくで奪うのは……いや、やろう。
先ほどのはちょっと傷ついた。名誉毀損だ。
反対するハナノスケを上手く丸め込んで。
よしやってやろうと思ったのだが──
「どうしてこうなった」
川のうえ、船上に自分はいた。
少年の姿はない。
おじいちゃんから船を奪ったわけではない。
「少し大きすぎだろ」
「売れなくても髪や目ん玉はバラしゃあ売れる」
「ショーでもするか」
「そりゃあいい」
多分というかおそらく絶対。人身売買系のお方に連れ去られました。はい。
あれだな。お年寄りから奪おうだなんて考えて行動に起こそうとしたのがダメだったんですね。
神様は見逃しはしなかった。
おじいさんの背後から船を狙っていた自分達のそのまた後ろに男二人がいたことに気が付かなかった。
幸か不幸か、少年とハナノスケは見逃された。
目的はこの黒髪黒目の自分とハナノスケだった。
ハナノスケは持ち前の戦闘能力を使って抜け出し、自分含め2人して逃げたのだが、トロイ自分はハナノスケが離れた隙をつかれて再度捕まった。ごめんね。
自分の顎を掴んで品定めする男は自分の髪と目が黒だということを確認するとニヤリとほくそ笑む。手足を縛り、目隠しをする。そして鉄が鳴ると同時に地面に放り投げられる。推測だが、牢にでも入れられたか。
波に揺られる感覚が気持ち悪い。どこへ行くんだろうか。
もしかしてここから、奴隷少女との出会いがあるんだろうか。胸湧く展開だ。
獣人美少女との出会いがあると考えればこんなの屁でもないね。
助けて少年。
「──タナカ?」
その時だった。凛とした高い可愛らしい声が自分の名を呼んだ気がした。
誰か自分を知っているのか。というか自分以外にもいたのか。
「だれ?」
「ロエです」
「ろえ……」
復唱する。どこかで聞いたことのある響きだ。
確か、あれは初めて魔法をお目にかかったあの家出少女。いや脱出少女?
「ロエさん! ……え?どうしてここに?!」
あのあと、黒髪の憧れの人を探しに城に向かったはずなのにどうして。
彼女の話によると。
別れた直後、捕まったらしい。
それから、ずっと馬車に乗って、歩いて、馬車に乗ってを繰り返して今船に乗っているということらしい。
彼女はボソリと呟くような声が聞こえた。
「こんなはずじゃなかったのに」
だと思います。
自分もです。
「そういえば、ヤブランはいないのですか」
「ヤブランは捕まってませんね」
「よかった。では、ヤブランが助けを呼んできてくれますね」
「……そう、すね」
ヤブランとは成り行きで出会って自分が付き纏っているだけだから、助けに来るとは思いにくい。今頃面倒ごとが消えて清々してる可能性もある。
ハナノスケは助けに来てくれるとは思うが、迷惑は極力かけたくない。
となると、自力脱出がファイナルアンサー。
頑張るかあ。
ぎぎぎと木が軋んでいる。
どれだけ波に船が揺れたか、そろそろ下部食道括約筋が緩み始めた頃。
船が大きく揺れ、木が大きな音を立てた。
しばらくすると。
「でろ」
男たちが、格子の鍵を開けて捕まった人たちを出していく。子供のすすり泣く声が聞こえる。それを大きく咎める声。女の短い悲鳴。男のくぐもった声も聞こえる。
そのうちに自分の番が来た。
「立て」と腕を掴まれ無理やり引きずるように歩かされる。
その後ろあたりからロエの声が聞こえた。
すぐに地面に投げられる。木材の床、ささくれ立っているのがわかった。ガコンと音がした後にまた揺れだす。
見えない中、ジャラジャラと金属の鎖のような音が混じりながら賑やかな市場の中だろうか、人混みの中移動している。
どこへ向かうのか。わからないってこあい。