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小さな宴

さて。

舞台中心で踊るリカちゃん人形たちを眺めながら、傍テーブルでクッソうまい料理の数々を平らげる異色の平民二人。目立たないはずもなく。

チラチラとコソコソとお噂をする貴族様方。

それでも嫌悪というか、嫌がらせまがいのことが起きないのは自分達がハナノスケのご友人という立場であるがゆえ。ここでもハナノスケの凄さがわかる。

そのハナノスケはというと、人気者は大忙し、代わる代わる人に囲まれていた。


「ハナノスケ様」

「ハナノスケ殿」

「ハナノスケ」


男女身分関係なかった。

本人は愛想笑なのか作られた顔なのか、本当に楽しそうな顔をする。時折、困ったように眉を下げたり、目を開け驚く表情を見せる。最後にはニコニコと微笑んでいる。とても自然だ。


どうしてか、ああ言うのを見るととても面倒くさいと思う。もしも自分だったらを考えると自分にはできない芸当だ。きっと彼はそれを自然にできてしまう。嘘偽りない本当なのだろう。だからこそ人は彼に惹かれる。のだと思う……多分。


「ハナノスケ様、あの邪竜をたおしたんですって」

「まあ。ほんと」

「ここに来るまでにも魔物を数匹仕留めたとか」

「流石ですね。ほほ、きっと魔族もハナノスケ様には勝てはしないことでしょう」

「この目で夜明けを見るのも近いですわね」

「ええ本当に」


おほほと上品にグラスを持った近くの貴婦人方もまたハナノスケの話をしていた。

そこで気になる単語があった。


「なあヤブラン、魔族って?魔物とは違うの」

「ちげえお。いてうけどな」


ヤブランは口いっぱいに詰め込んだ料理を咀嚼し、水で流し込む。


要するに。

魔族は人間とよく似た形の魔物であって、同様に生まれながら魔法に長けている種族らしい。噂によれば魔物を生み出し、人間を襲うのも魔族の仕業と言われている。現状、魔族は人間の敵。滅ぼすべき種族というのが一般認識だった。


その経緯として、魔族と人間との戦いは今日までで数百年に及んでいる。確実に亀裂が入ったのは約700年前に起きた一匹の悪魔による人間大量虐殺の悪夢の七日間。新たに生まれてくる人間数をはるかに上回る数を悪魔に殺された。そこから人間の復讐劇が始まるのだが、圧倒的力量さに人間勢力は悉く負けていた。数年前についに打倒できたが、ここ最近に復活する予兆があるのだとか。


ふーん、と飯を頬張りながら鼻で理解を示す。

簡単にいうと人間と魔族の対立している世界線なのかと、大雑把に結論付けた。

それよりもさっきから膀胱の主張が激しい。


「ちょっとトイレ」

「おー」


席を立ち上がり、壁に沿って会場の外へとでる。

近くの人にトイレの場所を恥を偲んで聞き出し、早足に向かう。

ことの始末をつけた後、一息吐き出す。

──さて、帰り道はどっちだったかな。

馬鹿でかい敷地であり構造も初見さんにはちと厳しく、果然迷子になった。

じっとしていてもどうもならないと思ったので、なんとなく歩きがてら城内見学をしていたのだった。


その時だった。

あかりの灯っていないどこかの廊下のどこかのバルコニー。二つの月のおかげで自分の世界の夜とは違い明るい。その影を容易に捉えることができた。


「ハナノスケ」


彼の名を嬉々として呼ぶ。中庭へ向けられていた顔がこちらを振り返り、一瞬驚いた表情を見せるが、自分を確認するとふっと顔が柔んだ。

よかった道を聞ける。

彼の少し離れた左隣に並ぶ。遠目にだが巡回兵の灯火が中庭にちらついている。本当に広い。


「どうしてこんなとこに?」


ハナノスケが優しく問う。

迷子だと伝えると、ハナノスケは笑った。


「ハナノスケこそなんで?」

「おれも、迷ったんだ」


なんだ同類か。自分も笑った。二人で笑った。

動く様子のないハナノスケが見ていた広い中庭の外観から始まった会話。

迷子同士。夜風が優しく吹く二つの月の下。昼休みに教室の窓際にたむろってする何気ない会話のように、暇つぶしに息抜きにたわいもなく、言葉を交わす。


流れの末に彼は旅の話をしてくれた。

ハナノスケは困っている人を見たらほっとけないタチだった。自分から面倒ごとを引っ張り上げてしまうし、ちゃんと解決しようとする。

尊敬できる。そんな彼の力になりたいと思う。ほとんどの人がそう思っているだろう。彼の親切に、優しい心に何かを返したいと、役に立ちたいと。

かく言う自分もそれだ。

どうしてそんなに強いのかなんとなく聞いた話から始まった。


「俺は剣をとる。それがこの世界での俺の役目なんだ」


困っている人、悲しんでいる人、苦しんでいる人。

みんなを助ける力を持っているから。


「逃げたいなんて思わないよ」


そうするべきだから。

そうできるから。


「誰かを助けることができる。これってすごく幸せなことだと思う」


助けたいと思う人を助けることができる。

苦しさに涙を流す人に笑顔にできる。


「でも……どんなにすごい力があっても助けられない人がいる。今自分ができる最善を全力ですることしかできないんだ」


自分の非力さに泣いた。

唇を噛み、砂利を噛む。

無力感に打ちのめされた。


「ここにきていろんな人に出会った。魔族に子供を殺された父親、魔物に襲われ最愛の人を失ったおじいちゃん、騎士なるのが夢だった少女はその両腕を魔族に奪われた。魔族は人を見下し、人を人とも思っていない。アイツは多くの人を殺してきた」


目の前で多くの命をはたき落とされた。

その光景を思い出す。


「どうして……どうしてそんなことができる……!」


がっと手前の石作りの手摺をつかみ、虚空を睨む。

穏やかな優しかった顔に静かに感情が滲み出す。空気がピリつくのを肌で感じた。

自分は何も言えなかった。

流れる静寂。一瞬がすごく長かった。


「またアイツが復活しようとしている。すぐそばまで来てるってことがなんとなくわかるんだ。第六感って言うのかな……予感がする。なんとしてでも止めないと。アイツを──」


独り言のように小さく呟いた声は静寂の中確かに聞こえた。

低く声が鼓膜を震わす。

「──殺す」

『アイツ』って誰?なんて聞ける雰囲気じゃない。


「それが俺のするべきこと、したいこと。これ以上悲しむ人が増えないように……俺にできる最善をする」


優しい人なんだな。誰かのために悲しんで、誰かのために怒れて、誰かのために復讐ができる。

彼に対して「復讐は、殺すのはダメだよ。復讐は悲劇しか産まない。」なんて言えなかった。いざ目の前にすると何も言えない、何も言ってはいけない気がしてしまう。本人にしかわからない痛みを他人がとやかく言えたもんじゃない。けれど、「知らない人のためにどうしてそこまでできるの」と、単純に疑問に思ったので聞いた。

自分は見知らぬ誰かのために命を張るのは難しいことだと思っている。


「知らない人、うん、確かに。けどその人にも人生があって誰かの大切だったりすると思う。多分これはエゴなんだ。俺が許せないと思っているだけだよ。皆はもてはやすけど、実際の俺は自己中なやつで最低クソ野郎なんだ」


と自分を嘲笑する。

驚いた。どうしてそんな言葉がでてくる。過去に偽善だと言われたか。

自分は正直に思ったことを述べた。


「そのエゴで人が救われるならいいんでねえの。ハナノスケの自己評価低かろうが皆そんなものだと思う。やりたいことやってそれが多くの人に共感や救いを与える結果になった時、賞賛され英雄と呼ばれるだけだって思ってる。少なくともここに一人応援する人間はいるよ」

「はは、ありがとう」

「ハナノスケの役に立ちたいって思ってる人はたくさんいる。困ったことがあるなら小さなことでも頼ってほしいと思う」

「うん」


ハナノスケは笑った。

ふと空を見上げれば、並んでいた二つの月の一つがかなり傾いていた。かなり話をしていたようで、それはハナノスケも思ったらしくぼちぼちと会場に戻った。

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