城
コガラシ王国。
目の前には、繊細に彫刻された柱に二階建てかって言うほど高い天井、鏡のように反射する白い床、重厚な絨毯が敷かれて、職人の最高傑作とも言える一級品の調度品たちがが置き並ぶ。こんなところに住む住人なんざ、貴族かもっとそれ以上……そう、コガラシ王国。オウコク。王族だ。
自分とヤブランは一時的にお城に住むことになった。
ハナノスケは王様のお願い事を聞く代わりに色々優遇されているらしかった。
普通なれば(いいのか、一般人どころか旅人ですが王国の民ではないのですがいいんですか)と畏怖遠慮すると思うが──ヤブランの遠慮も躊躇もない同意にことがさらさらと進んでいったことに軽い恐怖を覚える。
「本当にいいんすか」
部屋の案内をしてくれたハナノスケは扉前に立っていた。部屋の全貌を見て彼の方へ振り返り再度確かめる。
「うん。王様もオッケー出したから問題ないよ」
そうなのだ。ハナノスケがこの国の王様にお伺いを立てたところ、ハナノスケの友人ならばと快く承諾したのだ。王様も王様ですごい。刺客とかだったらどうするんだ──いや、ハナノスケの人望がなせることか。絶大な信頼とそれに応える実力からきた結果に尊敬せざるを得ない。
「ヤブランは隣の部屋にいるよ。念のためお医者さんにも見て持らってるから安心して」
何から何までありがとうございます。
当の自分は情報処理が追いつけず、呆然とした返事しか口から出なかった。
「それじゃあまた後で」
そう言ってハナノスケは部屋をさった。
馬鹿でかい部屋に見窄らしい人ぽつんと残った。何気なく正面の窓際に向かう。
額縁に納められた絵のように、この国が一望できる。日もくれ天には自然の星が、地には人が作り上げた灯火がある。窓枠に収まったその景色は単純に綺麗だと感じた。
明日どうなるかもわからず、生きているのか死んでいるのかも不思議ではなかった居心地であったのかもしれない。何度死んだと思ったか、いきなりサバイバル、村追い出されるわ、頼もしい人が倒れるわ、怪物のデスパレードだわ。とんでもねえわ。──この俯瞰できる景色に心身の疲れを認識させられた。それと同時に心が少し救われた気がした。
程なくしてハナノスケが部屋を訪れる。
これから小さな宴が開かれるそうだ。よかったらどうですかとお誘いいただいた。
自分は面倒臭いと思いながらも、好奇心に負けた。
──小さな宴、な。
期待を裏切らない光景に今からでも部屋に戻りたい気持ちになった。
豪華絢爛な会場、どれもこれも人も含めて光沢を見にまとい天井あたりを浮遊するガラスの特大凶器に照らされてありとあらゆるものがチカチカと煌めいて目に刺さる。
「気負いせずに楽しんでって王様から」
ハナノスケはそういうがマナーとか失礼とか考えてしまうわ。
しかし。
「なら遠慮なく」
ヤブランは臆することも尻込みすることもなく、真っ直ぐ料理人の立つテーブルへと向かい高級料理を皿に盛り始めた。彼に見習い自分もそうすることにした。
──そのころ。
ハコベは自分の最悪な未来を見つめていた。
目の前に聳える重厚な扉。片手で開いてしまう己の死の運命。
寒いのか暑いのか感覚が遠のく、しかし手は汗に濡れていた。とってに伸ばす手が軽く震える。
開いた瞬間に首が飛ぶ、扉を開くまでがハラキリという状況。動悸がおさまらない。
開けるのか。開けたくない。開けなければ死ぬ、開けても死ぬ。まだ後者の方が生きる可能性があるだろうか。
ハコベは思考する。
俺は今死ぬわけにはいかないのだ。
ハコベはかつて地獄でさえも生ぬるい壮絶な戦地を初戦ながらも駆け抜けその存在を知らしめた男だ。
実力主義のこの社会で己の地位を強取しようとする部下から常日頃命を狙われ続け、任命されたが人生最後の御三方の直属隊で生き抜いてきたのだ。その体に流れる血液に己のものはなく、折ったことのない骨もなく、死は親の顔よりも見てきたような男であり、己の死でさえも笑うような男だったのだ。
ならば、なぜ死を恐れているのか。
彼は一人の男であり、父親であった。
娘が生まれたその感動を知っている。娘がハイハイをして、掴み立ちを覚えて、最初に発した単語も一言一句覚えている。パパと呼ばれた日には泣いた。
『ステラ』
とても小さく儚く可愛いが、確かにかけがえもない唯一無二の大きな存在であった。
今は絶賛反抗期な娘だが、ハコベには関係ない。
娘からはその親バカさといつまでも小さいままの自分と接するような態度のパパ気持ち悪い死んでくれと思われているがそんなこと知る由もないハコベには、今を生きたいと思うのに十分すぎる理由だった。
どう足掻こうと、目の前の現実からは逃れられなかった。
パパは帰るぞ。生きて帰るんだ。
覚悟を決め、その手をとってに触れる直前。止める。
どうしよう、今からでももう一枚遺書を書いときたい。
伝えたいことがたくさんあ──
「遅い、さっさとはいれ」
後ろに立っていたピアが無情にもその扉を容赦無く開けた。