目が覚めると森
目を開けた。
木が顔を覗いている。どうも。
はて一体、どういうことだろうか。
そよそよと吹く風が湿った土の臭いを漂わせ、硬い地面を背に木々の隙間から青空がこんにちは。意味のわからない状況に加えて、先ほど天使が現れる意味のわからない夢を見た。今まで幾度と繰り返した目覚めの中では、最高に最悪だ。
起き上がり、当たりを見回しても植物が鬱蒼と生え散らかしているだけだった。
昨夜もごく普通に布団の中に潜り込み寝たはず……服装を見ても昨夜着ていた寝巻きにしていたTシャツに短パン、変わりなし。きっと顔面も変わってないんだろう。なんと残念な。
この非現実的な状況を理解するため思考を続ける。だが、パッパラピーな人生を送っていた奴に考えられることはたかが知れている。選択肢を潰していくのも一つの手段ともいえようか。
生前?生前でいいのか?死んだのか?とりあえず、自分には夢遊病などという症状は無かった。
明晰夢にしても出来すぎだろう。
ではなにか?
目を覚ますと別の場所。
くわえて、天使のお告げときたもんだ。
「……」
思い当たることが脳裏を弾く。
この手のものは腐るほど見たことがあるぞ。
ああ、そうだ。神様がお告げして、目が覚めるとさっきまでとは違う場所。
誰もが夢を見、妄想した。
目を開けるとそこは別世界。
勇者になったり、最強になったり、逆に最弱になったり、作品の数だけ世界がある。天使から聞いた単語にもあったな。思い出すだけでなんとも言えない不吉なものが心にのしかかる。しかし振り返ってみて事の重大さに気づいた。
ああ!やってしまった!
“異世界”
「……くそったれ」
滅んでくんねえかな。
どうも、タナカです。
タナカです。
目が覚めると、森。
夢だと思いたかった、切実に。
天使にお告げされて転生を断ったはいいが、ここは元の世界なんだろうか……帰すならベッドの中にちゃんと帰して欲しい。と初めは疑心。
しばらく経ってもお迎えが来ることも、夢が覚めることもなかった。
空は初めと違ってようようと色づき始めている。風に揺られる木々がひそひそと囁いているようだ。
あたりには人っ子ひとりいる気配もなく、なんだか不気味な雰囲気を醸し出してくる。
そもそもここが異世界なのかという答えは何もしなくてもやってきた。自分の知ってる空に月は二つもなかった。魚が空を飛ぶなんて常識はずれもいいところ。ここが異世界だということは認めてもいいんじゃないだろうか。自分がイカれて幻想を見ているという可能性を除いては。しかし。
「痛い……」
上を見上げて歩くと下は見えないもんだ。そこに木の根っこがあろうと気づくわけがない。ものの見事にずっこけた。
あーあ、膝から血が出てら。
しかも寝たままの姿で転移されたということは素足で森を歩くということ……国ごと人間個体ごとの習慣とか時間とかタイミングとか考えてほしい切実に。
痛みで目が覚めるわけでもないし、自分はかなりイカれちまったようらしい。しかし、そろそろ現実逃避もやめないと。虫が鳴きそうなお腹を無視できなくなってきた。
ぶっつけ本番サバイバルでしたか。
うん、死ぬ。普通に死ぬ。
異世界に一人投げ出されたことに平静を保とうと深呼吸するが、纏い付く不安は消えてくれはしなかった。
死ぬのは怖い。普通に怖い。
誰ですか、顔も見せないで勝手に異世界召喚させた方は。こんなことできるのは神ですか。
もしそうなら神様、人選ミスです。
自分に世界は救えません。断ったじゃないですか、人権を尊重してください。事案です。
神の前では拒否権を持つことさえも許されないのですか。はい、今ここで神は死んだ。
半ば精神が不安定になりつつ、どうしようもない感情が目に入った小石をやけくそに蹴り上げた。
小石は茂みめがけて飛んでった。
すると、その茂みがガサガサガサと揺れだした。
クマか?ウサギか?
何が出てくる?
なんにせよ、一目散に逃げた。
──同時刻。茂みの中から男が現れる。
「……」
茂みから辺りの様子を伺う。
何かが飛んできたように思ったが……
「気のせいだったか」
「おい、ヘリオト!どうした!」
遠くから仲間が呼ぶ声が聞こえる
俺は、仲間の元へ戻る。
「なんでもない、多分動物だ」
「おいおい、そんなのにかまけてる余裕はないぞ。早く見つけ出さなきゃ俺たちの首が飛ぶ」
「ああ」
同僚はそそくさと進み続ける。
上司から命令が下されて早数時間。
数刻前、高貴なる御方が異世界より召喚されたらしい。なんでも、事故により座標がズレたのだとかでこの辺りにいるらしい。
すぐさま早朝に叩き起され捜索隊が結成。数刻後には捜索開始。『お迎えしろ』とのご命令。俺たち下っ端兵士が逆らえるわけなく現在捜索中。
未だ見つかっていない。
なんなら、手掛かりさえもない。
「あぁ、やべぇよ。物理的に飛ばされるって」
「そうだな」
「『そうだな』じゃねぇよおおお、神経図太すぎだろ……そういやお前、あんな絶対零度の殺意漂う中寝てたよな?!立ち寝してやがったよな?!俺なんかチビりそうになったんだからな!」
早朝集められた時の事を言ってるんだろうか。
上位貴族の方々から直接ご命令下さったことを思い出す。たしかにあの時の俺は、半分寝ていた気がする。
同僚は嘆く。
「俺まだ死にたくねえぇぇえ」
「そうか」