表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

窃盗の罪で婚約破棄になりました

作者: 河辺 螢

 その日、急な呼び出しを受けて通されたのは、王城の謁見の間。

 陛下が正面の椅子に座り、その隣には王太子のアルベール殿下と、第二王子で私の婚約者のフレデリク様がいらっしゃった。フレデリク様の隣にはフルール・フォンテーヌ男爵令嬢。今や隠すこともない、フレデリク様の恋人。

 壇の下、左側には宰相補佐である私の父もいる。朝食の時には何もおっしゃっていなかったから、お父様にとっても急だったのかしら。そろそろとは思ってたけど。


「セリア・デュフォー、お呼びにより参上いたしました」

 深く膝を曲げて礼をした私を一瞥し、フレデリク様はにやりと笑った。すぐにすまし顔に戻ったけれど、何かしでかす気かしら。 

「父上、私からセリア・デュフォー嬢に質問いたしますことをご許可いただきたい」

「許す」

 わかってます、わかってます。どうせ婚約破棄したいんでしょう?

 何もこんな所に呼び出さなくったって、一言言ってくだされば喜んで婚約解消いたしますのに。もう、二つ返事で。

 すぐ横に置かれた書見台。そこには婚約を無効にするための書類が用意されていた。既にフレデリク様の署名が入っている。だから婚約破棄のためのお呼び出しだとすぐにわかったけど、ここまで大がかりなことをするなんて。陛下や王太子殿下、お父様までお呼びしてよくもまあこんな場をセッティングできましたこと。断罪ショーでもするのかしら、と思っていたら、フレデリク様の口から出た言葉は、

「セリア、おまえには窃盗の嫌疑がかかっている。おまえ、私の部屋にあるものを盗んだな?」


 …はい?


 いきなりの窃盗容疑に、思わず返事も忘れて首をかしげてしまいました。

 フルール様はこれから起こることがわかっているのね。ワクワクする目でこっちを見てる。あのイヤラシい笑み、なかなか素敵だわ。まさにあの王子にお似合いの相手。

「一昨日の昼間、私が不在の間に執務室から……箱を持ち出しただろう。どうだ。心当たりがないとは言うまい」

 一昨日…。あのことね。

「確かに…。認めますわ」

 周囲がどよめきたった。そんな中でもお父様は少し顔をしかめながらも冷静さを保っている。さすが私のお父様ね。

「今すぐ出すなら、罪を減じ、婚約破棄と修道院送りで許してやろう」

 許してやるって…? 第二王子ごときに私の処罰を決める権利なんてあるもんですか! 大体、今更出せと言われたって

「ありませんわ」

 もう影も形もありませんわよ。

「売ったのかっ」

「売れるわけないでしょう?」

「…確かに、そう買い手がつく物ではありません」

 フレデリク様の側近マルクの言葉に、フレデリク様は拳を強く握りしめた。

「どうやって持ち出した」

「どうやってって、箱のまま、そのまま持って…」

「おまえが箱を持って出れば、部屋を守る者が止めるはずだが」

「ああ、」

 あの七三頭の眼鏡がいつも通り護衛をしていればね。

「一昨日なら、七さ…、ルシアンはお休みでしたでしょ? あの日はニコラが部屋番をしていて、入る時も出る時も顔パスで通してくれたもの。箱だって別に隠していませんわ」

 ニコラじゃなければ、私だって箱ごと持って帰ろうなんて思わなかったわ。我ながら、品のない行為だったわね。

「ニコラの証言通り、やはりおまえが箱を持ち去ったのだ。これで決まりだな」

 なんだ、既に調べが付いていることをわざわざここにいる皆様に知らしめたのね。…嫌な奴。

「まさかセリア嬢が…」

「本当に窃盗を…」

 印象は悪いわよね…。仕方がないとは言え、有罪は確定ね。…はぁ。



「ニコラ相手ならごまかしが利くとでも思ったのか? ニコラは女には優しいからな。何でも大目に見てもらえると思ってたんだろうが、…まさか色気を振りまいて籠絡するつもりだったんじゃないだろうな」

 げっひーーん! 意味深ににやりと笑ったフレデリク様にカチンときた。婚約者を追い詰めるこんな場に恋人を連れてくるような素っ頓狂な男が何を言うのかしら。

「ニコラは私だけでなく誰にでも甘いわ。そんな人間に一人で部屋番を任せるなんて、どうかと思いますけど? あの日だって、私が王城を離れる頃にはベアトリス様と中庭でおしゃべりに夢中でしたけど、あの時、お部屋の番はどうされていたのかしら」

「なっ!!」

 ニコラは魚のように口をぱくぱくさせていた。私が知らないとでも思っていたのかしら。フレデリク様も焦ってる。

「おまえ、ずっと部屋に貼り付いていて、他には誰も入らなかったと言ったじゃないか!」

 あらあら、フレデリク様はニコラをずいぶんと信用されてますこと。監視が緩くて気楽だったけど、私は信用したことはないわ。

「せ、セリア様の勘違いでは」

「いいえ、あの日よ。ベアトリス様がお一人でしたら、お留守だったフレデリク様の代わりにお茶にお誘いできたのに、と思っていたのですから」

「ニコラっ!」

 フレデリク様が慌ててニコラを叱ってる。フレデリク様ったら、この「事件(?)」を自力で解決し、陛下にかっこいいところを見せようとしてたんでしょうね。早速のほころびに、陛下もちょっと残念そうな顔をされてるわ。


「で、ですが殿下。部屋は鍵を閉めておりました。ええ、そうです。鍵を閉めてからベアトリス嬢への用件を済ませ、戻りました。ですからセリア様の他は誰も部屋には入ってません。はい、そこは間違いありません!」

 ニコラが部屋の前を離れた時に鍵をかけてたところなんて、今まで一度も見たことないんだけど。

「鍵をかけてたと言うのならそうなのでしょう。確かに私は箱を持ち出しましたし」

 誰にでも持ち出せるチャンスはあったとは言え、確かに私が持って行った。そのことは間違いないわ。

 まさか、あんなものでこんな大騒ぎされるなんて。

 修道院送りねえ…。我ながら、ずいぶんせこいことで、破滅の道に踏み込んでしまったわ。


 覚悟を決めた私は、誰かに言われる前に自ら書見台に足を進めると、書かれた内容をさっくりと読み、婚約を無効とする書類にさっと自分の名前を署名した。

 フレデリク様の名前の下に、私の名前。これで婚約は解消ね。

 フルール様はにっこりと笑みを浮かべフレデリク様の腕にしがみつき、腕に頬をすり寄せた。勝者の笑みね。蔑むような目でこっちを見て、勝利に酔いしれている。


 あの嫌みったらしい笑顔。そう言えば…

「フルール様もあの日王城にいらっしゃいましたわよね」

「えっ??」

 フルール様に突然話を振ってしまって、驚かれたみたい。別に大した話ではないのだけど。

「一昨日って、七三頭……、ルシアンがお休みだったでしょう? あの堅物がお休みだなんて珍しいと思ってましたらご親戚の方がお亡くなりになったと伺いましたわ。ルシアンとフルール様っていとこでしたわよね? ご葬儀には参加されなくて良かったんですの?」

「わ、私、葬儀に参加してました。ここには来てません」

 思いっきりうろたえてるんだけど。あの日王城にいたことを隠したがってる。何故かしら。

 フレデリク様もいぶかしい顔をして、

「その日は私はいなかったんだ。フルールが王城に来る筈がないだろう」

 フレデリク様もご存知ない??

 まあ婚約者でもないから王族としての教育もないし、殿下が不在の日に王城に来る必要なんて普通はないわよね。でもはっきり覚えてるのよね。

 あの優越感に浸ったむかつく顔。ええ、今見せたあの顔と同じ。


「私が3時の休憩のお茶とお菓子を殿下の所へお持ちしていた時、ちらっと見てお笑いになったじゃありませんか。お留守をご存知だったんだとわかって悔しい気持ちになりましたのよ。あの日は私がお茶を用意する日でしたのに、フレデリク様は私には不在にすることさえお伝えいただけなかったんですもの。…しょせんは婚約破棄される程度の女ですものね」

 …あら、嫌だわ。私としたことがこんなところで愚痴を言うなんて。淑女失格ね。いけない、いけない。

「しばらく家で謹慎し、父と相談のうえ正式なご沙汰があれば修道院でもどこでも向かう準備をいたしますわ…。お騒がせをいたしましたこと大変申し訳ありませんでした。ですが、箱の中身はもう全てみんなで分けてしまいましたの。お返しすることはできませんわ。全て私の責任です。一緒にいただきました者は明かしません。処罰は私一人でご容赦いただけますよう、何とぞお願いいたします」

 こういう場でこそ品良く、丁寧に礼をした、つもりだった。

 それなのにその場は妙にざわついていて、皆様の視線が痛かった。そんなに礼がなっていなかったかしら。所作には自信があったのだけど。

 立ち去る私をどなたも止めることはなかった。心配していたけれど窃盗罪で連れ去られることもなく、警護も見張りもつかないまま、私は我が家の馬車に乗り、無事屋敷に戻ることができた。


 ■


「で、おまえは何をしたかったのだ?」

 セリアがいなくなった後、謁見の間では大きく溜め息をついた王がフレデリクに尋ねた。

「おまえがセリア嬢に関して重大な話がある、と言うからこうして時間を作ったのだが」

「父上もお聞きになったでしょう? セリアは僕の部屋から箱を盗んだんです。本人も認めていたでしょう! これで婚約は解消、お認めいただけますよね!」

 フレデリクはマルクに書見台の書類を持ってこさせ、王はフレデリクが差し出した書類を受け取った。

 王は若き二人の名前が署名された婚約解消の書類を前に、苦々しく眉間にしわを寄せた。

 このような事態になった以上、婚約解消については認めないわけにはいかない。

 セリアの父、デュフォー侯爵はフレデリクに鋭い視線を向けていたが、王の差し出した書類を両手で受け取ると、

「この婚約、当家は喜んで解消しましょう」

と、さらりと当主承認のサインを書き加えた。

 王もまた、愚息の親として署名をし、フレデリクとセリアの婚約は正式に解消された。


 深い溜息と、長い間の後、

「…この小娘を横に置いているのは、どういうことだ?」

 王はフレデリクの横で当然のように腕を組んで立っているフルールと、そうすることを許したフレデリクを睨みつけた。しかしフレデリクは悪びれもせず、

「将来の婚約者です」

と笑って答えた。

「今は一介の令嬢だ。この件に何か関与があるなら同席は許すが、王族の横に立つなど、言語道断。礼儀をわきまえろ」

 低く響く父王の声に本気の怒りを感じ、フレデリクはびくりと身を縮こまらせた。フルールはフレデリクの腕を掴んだままその背後に隠れていたが、側近に腕を捕まれると王族のいる壇から降ろされ、他の側近達の隣に立たされた。

 フレデリクから引き離され、見晴らしの良かった壇から降ろされたフルールは急に自分には何の後ろ盾もないような不安感に襲われた。だがフレデリクの婚約は解消されたのだ。自分が正式に婚約者になるのは間近、フレデリクにさらに気に入られるよう振る舞えばいいのだから。


「ルシアン」

 第一王子である兄アルベールがフレデリクの側近であるルシアンに声をかけた。セリアの言うところの七三眼鏡、至って生真面目な男だ。

「はっ」

「一昨日の葬儀は、フルール嬢は出席してたのかな」

 アルベールは先ほどのセリアの会話で気になっていた矛盾を確認したくなったのだ。

 セリアは王城で見た、と言い、フルールは王城にはいなかった、と言う。

 どちらかが嘘をついている。何故嘘をつく必要があったのか。

「私、出席…」

 フルールが顔色を変えて言葉を発したが、

「出席しておりません」

 フルールの言葉を上書きするように、ルシアンは断言した。

「今回不幸がありましたのは、私の母方の親戚でして、フォンテーヌ家からは縁遠い者です。フルール嬢が出席することはありません」

 従兄であってもルシアンはフルールに言を寄せることなく事実を語った。この男は生真面目すぎていとこのために事情を推し量ることなどしないのだ。

「そうか」

 目を下にやり、ドレスを掴んで小さく震えるフルールの姿を見たアルベールは、

「ルシアン、彼女に事情を聞くように」

 そう言って、ルシアンとフルールを部屋から退出させた。


 フレデリクは何故フルールが連れていかれたかもわからず、兄に抗議しようとしたが、その前に

「で、おまえが盗まれた物は何なんだ?」

と父王に問われ、急に口ごもった。

「い、いえ…その…」

「先ほどから、箱だ、箱だ、と言うが、その箱の中には何が入っていたのだ?」

 父に問われ、ずっとごまかしてきたそれを言わないわけにはいかなくなった。

「…ネックレス、です。母上の」

 それを聞き、その場にいた者がざわついた。セリアの父デュフォー侯爵もまた驚きに目を見開いたが、すぐにゆっくりを頭を振り、

「ありえない…」

とつぶやいた。

「母上から『いつでも貸していい』と言われていたので、貸すつもりで持ち出していて…」

 王は納得した。それでこの場に王妃が呼ばれていないのか。

 恐らく王妃が「貸していい」と言ったのはセリアに対してだろう。だとしても借りる際には王妃に一声かけるのは当然の礼儀だ。それを黙って持ち出したに違いない。何故なら、貸す相手が違うからだ。


「お、恐れながら、」

 突然声を上げたのは、ニコラだった。

「どうした、ニコラ」

 アルベールに促され、ニコラが深くかしづきながら発言した。

「…それならば、持ち出したのはセリア嬢ではない、かと思われます」

「どういうことだ」

 王の威圧に一旦言が止まったが、自分が時々見張りをサボり、鍵をかける習慣がないことを知りながら見逃してくれたセリアに報いなければいけないと思えたのだ。

 自分への低評価は腹立たしかったが、いつもねぎらいの言葉をかけ、時には側近達のいる詰所に菓子や果実、酒などを差し入れてくれることもあった。じっとしていられない性分の自分に時に呆れて注意することもあったが、武術は高く評価してくれていた。

 あのままフレデリクの婚約者であれば、いい主人(あるじ)であり続けただろう。


「セリア様がお持ちになっていた箱は、白くて、両手で持つくらいの大きな箱でした。装飾品の入った小箱ではありません」

「その箱の中に隠していたに違いない! すぐに侯爵家に向かい、捜索しろ! 出てくるまで探すんだ!」

 フレデリクはあくまでも犯人はセリアだと押し通そうとしたが、そもそも何を盗まれたかも言わず、犯人が決まっている前提での粗い捜査で、多忙な王や宰相補佐、王太子までもこの場に呼んで婚約者を糾弾するやり方は、王を失望させるには充分だった。

「待て。侯爵家の捜索は無用だ。犯人捜しはアルベールに任せる。フレデリクはこれ以上デュフォー侯爵家に関わることを禁ずる」

 フレデリクは反論しようとしたが、王の冷やかな目はそれを許されなかった。

「フレデリク、2日の猶予をやろう。母のネックレスが見つからなければ、誠心誠意謝りに行け。真の窃盗犯はセリア嬢ではない。おまえだ。…わかったな」

 アルベールは頭を下げ、王の退出を見送ったが、フレデリクは俯いたまま拳を固く握りしめていた。



 二日後、自室で謹慎をしている私の元に、お父様とアルベール殿下、それに七三眼鏡もといルシアンがやってきた。

 いよいよ修道院行きか、と覚悟をしてご沙汰を待っていたら、開口一番、

「申し訳なかった!」

 と、アルベール殿下に謝罪され、こっちが驚いてしまった。

「殿下、顔をお上げください。殿下がお謝りになるようなことは…」

「真犯人が分かったんだ」

 真犯人??? 箱を持ちだした犯人は私だって言ったのに?

 どうなっているのかさっぱりわからず、首をかしげる私に殿下はこうおっしゃった。

「エメラルドのネックレスを持ち去っていたのは、フルール・フォンテーヌ嬢だったよ」

「エメラルド? 何のことでしょう??」

 戸惑う私に、お父様が豪快な笑い声を上げた。

「ほらご覧なさい。うちの娘はこういう子なんです。宝石など盗むわけがない」

 少し呆れた感じで苦笑しながら、アルベール殿下が説明してくださった。

「弟の執務室でなくなったのは、母のエメラルドのネックレスが入った箱だったんだ。君はそれさえ知らなかったんだな。あの日、あの部屋に入ったのは君だけ。しかも「箱」を探していた弟に君が「箱」を持って立ち去ったとニコラが言うのでね、弟はすっかり君が犯人だと思い込み、父にも、君の罪を暴くから婚約破棄をさせてくれと頼み込んだんだよ」

 ああ、それで陛下の前で私をあんなに強気で責め立てていらっしゃったのね。

 相も変わらず、裏付けを取るのが甘いわねえ。複数の人から事情を聞くべきだといつも言ってるのに。

 よく言えば素直、悪く言えば愚直。言われたことをすぐにハイハイって信じ込んでしまう。私のことだっていろいろ悪口を吹き込まれているうちに極悪な女だと思い込んでしまったに違いないわ。

「だが実際は、君が去った後、フルール嬢がニコラがいなくなった隙に部屋に入り込み、たまたま机の上にあったネックレスを見つけて君を陥れようと思いついたらしい。ネックレスは君がかつて控え室に使っていた部屋に隠されていたよ」


 思わずため息が出てしまった。

 机の上にある物に触れたのかしら。殿下の執務室に入っても、執務机には絶対近寄らないわ。まだ重要な任務はそれほど担っていないとは言え、国家機密があるかもわからないのに。勇気あるわね。そもそも部屋番がいない状態で勝手に執務室に入るなんて、敵国のスパイだと疑われたって仕方ないのに。

 それにフレデリク様に言われて王城に用意されていた私の控え室を引き払ったの、二週間も前よ。あの部屋に入れた時点で私個人の部屋ではなくなっていることくらい気がついても良いんじゃないかしら。


 フレデリク様がフルール様のために頑張って婚約破棄をもぎ取ったというのに、これじゃ恐らくフルール様との婚約は難しいわね。

 ばかにはばかがお似合いだと思ったんだけど、残念だわ。


「ところで、おまえが持ち去った箱の中身は何だったんだ?」

 嫌なお父様。殿下がいる前でそんなことを聞くなんて。でも、答えないわけには、いかないわよね…

「…クロッカン、ですわ」

「クロッカン…、菓子か!」

 正直に話すと、父は大爆笑。アルベール殿下も口元を手で押さえながらも遠慮なく大笑いし、あの七三眼鏡までもがぶっと吹き出した。

「有名なお店のものでしたの。フレデリク様のお好きなものでしたから箱ごとお持ちしたのですけど、あの日は私とのお茶会の日だと知りながら黙って留守にしてましたのよ。お茶の準備を手伝ってくれる侍女や側近達にも口止めして、全部準備してお部屋に伺うまで知らなくて。すれ違ったフルール様が笑っていたのが本当にむかついて! 王城にお伺いするために早起きして身支度を整え、新しい茶葉だって用意しましたのに、その日一日を無駄にされたのが許せなくて、王家へ献上されたものと知りながら箱ごと全部持ち帰ってみんなで食べちゃいましたの。おいしかったわぁ」

 あのサクサクな食感。たっぷり入ったアーモンド。思い出しただけでもよだれが…。いけない、いけない。


 妄想に耽っていた私をアルベール殿下が面白い見世物でも見物しているように見ていらっしゃった。目と目が合うと、殿下はこほんと軽く咳払いし、

「父がね、君がその気なら、今回の婚約解消をなかったことにしてもいいと」

 その言葉が終わるよりも早く、

「いいえ。そんなこと、絶対にあり得ませんわ」

と答えると、横で父もうんうんと頷いている。

 あの婚約解消の日、父は「署名してやったぞ! くそ王子め!」って大笑いし、一緒に祝杯をあげてワイン三本空けましたもの。…謹慎しながら。

「これ以上、あんなばかの相手をするのは死んでもお断りです。それくらいなら修道院に入った方がよっぽどましですわ」

「それは、保留にしてもらいたいな。君のような美しい人が俗世を離れるのはまだ早いよ」

 私はふふふ、と笑ってお言葉をさらりとかわした。婚約者がいる殿方にそんなお世辞を言われたって、ときめきもしませんわ。


 かくして、婚約者であった第二殿下から勝手に申しつけられた修道院送りは実現することもなく、献上されたお菓子を盗んだ罪は、婚約解消の他は何も問われることはなかった。

 せっかく五年にわたる婚約を解消したんだもの。もう王家になんて関わらないわ。もっと自由に、気楽に、できれば恋愛だって楽しみたい。一年間は新たな婚約者を見繕わないよう父に頼み、自由気ままに暮らさせていただくことにした。


 けれど、王族に婚約破棄を言い渡されるような女など誰も相手にはしてくれなかった。夜会に参加してもエスコートはいつだってお父様かお兄様。社交辞令程度のご挨拶とダンス以上何もなし。旅行を楽しんだり、女友達とガーデンパーティをしたり、楽しく過ごしはしたけれど、一年はあっという間に過ぎてしまった。


 残念ながら父の勧める人と結婚するしかないみたい。

 諦めの気持ちが強かったのだけど、その候補者リストは意外なことに十人を超え、そのトップが、王太子、アルベール殿下?

 婚約者、どうなさいましたの?

 …ずっと恋心を抱いていた方との結婚のため、破談に? 許しちゃいましたの? そんなものは王家の威信でもって、ガツンと、

 え、…お子さまが? 殿下に心当たりがないのに?

 そ、それは、まずいですわね。王族の婚約者にあるまじき行為。厳罰に?

 …そっと解消して、お咎めなし? そんなゆるゆるでよろしいの?

 別にいい? 陛下もお許しを? あ、そうですの。ずいぶんとお心が広いんですのね。

 へっ? 私がいるから平気? 

 いえ、あり得ませんわ。王族はもうこりごり。あり得ません!




自分史上初、たくさんの方にご覧頂き、ありがとうございます。

いただいた星を励みに、奢らず、気負わず、楽しんで書いていきたいと思ってます。

(こんなに見られててもまだ直す、未完な私をお許しください)


婚約破棄もの、おぬしも好きよのう。

いえいえ、お代官様こそ。

ふぉっふぉっふぉっ。



2025.4 久々に読み返し、気になったところ多数で加筆。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ