95 招かれざる客 2
自分はファルナーゼ家継嗣のシシィと婚約している事、将来は公爵となる彼女の傍らで彼女と公爵家を守り盛り立てていくことは決定事項であり、竜王国に帰る予定もその気も、可能性も無いと告げると、異母兄は一瞬だけしゅんとするが、すぐに立ち直って何故スピネルを次期竜王にしたいのかを話し出した。
なんでも私を陥れたもの達は、異母兄である第一王子派筆頭である竜王国の某公爵家当主だったらしい。
直接的に指示を出したわけではなく、派閥の集まりで第二王子である私の存在が異母兄の立太子の邪魔になると仄めかしただけだというが――それ、仄めかしっていうか?直接指示しているのと変わらないと思うが。
更に異母兄の婚約者は、その某公爵家のご令嬢だそうで。
某公爵の謀に怒髪天を突いた異母兄は、公爵令嬢との婚約を破棄。公爵に対しても目通り禁止令を出した。
「私が君を疎んでいる姿を見せたことがそもそもの発端だ。実際は疎んでいたのではなく羨み、僻んでいたんだけれど、彼らはそうは見なかった。そして、君が国からいなくなるのは彼らにとって好都合だったから”私の為”に彼らは行動したと言ったよ。……あの手の輩は掃いて捨てるほどにいる。それを見極めて上手く使うのが王だよね。謀略があることを見据えて立ち振る舞い、行き過ぎを諫め、手の平で踊らせる器量が私には無いんだよ、マティ」
「私にもありません」
あったとしても要らない。私はこの国でこの家でシシィの平和を守れればそれでいい。
「兄上はまだお若い。今から完成されている必要はありません。陛下の御代はまだまだ続くのでしょうから、その間に成長してください」
私には関係ない。
「やっぱり、まだ怒ってる?」
「怒っていません。ただ――」
「ただ?」
「どうでもいいんです」
「酷いっ。お兄様の苦悩も竜王国の未来もどうでもいいの!?」
そう、その通り。まさにどうでもいい。
それにしても異母兄のこの豹変ぶりは一体どうした事か。
公爵の悪事を自分への裏切りと感じて傷ついたのなら、もっと落ち込むとか厭世的になるとか、他者に不信感を持つとか、そういう反応じゃないのだろうか。
なぜこう吹っ切れたというか――突き抜けた感じになっているんだろう。
「私はその公爵に感謝していますよ。――彼の行き過ぎた忠誠による行動で、私はシシィに出会えましたから」
「マティの番のお嬢さんだね」
「ええ。私は彼女だけが欲しい。彼女の傍に在る事が私の生きる意味です」
「……そっか。うん、それは分かるよ。私も、番に出会えたから。あ、誤解しないでね?出会ったのは婚約破棄の後だから!番と出会ったから婚約破棄したわけじゃないから!」
異母兄は、どうしてこうどうでもいい事を一生懸命になって釈明するのだ。
謝罪は受け入れた。王になることは拒否した。もう要件がないなら、帰ってくれ。
率直に「もう帰れ」と言ってしまおうかと悩んでいるときに、ノックの音が部屋に響いた。入室を促すと、公爵様とセバス……ではなく家令のアーノルドが入ってきたが様子がおかしい。
「シシィが行方不明だ」
「えっ」
「学園の帰りにセレンハート嬢の店にソルミ嬢と立ち寄った所までは把握できている。馬車で待っていた御者が戻りが遅いのを心配して店に行くと、一時間も前に出たという事だ」
……このクソ異母兄が来なければ、私がシシィの傍を離れることはなかったのにっ。彼女がそこらの破落戸にどうこうされるとは思わないが、弱みとなるソルミ嬢が一緒となると分からない。
「スピネル様はお嬢様を追えますか?」
流石に距離があるとシシィの匂いは分からない。
「先ずはセレンハート様の店に行き、そこから辿ります。今、ここからでは分かりません。一角と双角を表に出す許可を」
機動力と戦闘力を考えれば、普通の馬よりもアイツらの方が使える。
「許す」
「ありがとうございます。公爵様」
躊躇いもなく秘匿しているユニコーンとバイコーンの存在を表沙汰にすることを許す公爵様。流石に判断が早い。
「兄上、緊急事態ですので失礼します」
「マティ、私も戦力になるよ?竜形をとって乗せていこうか?」
「アホですか。竜がこの国を攻めてきたと大騒ぎになりますよ。――まさか、竜形でこの国に入ったわけじゃないでしょうね」
「だいじょーぶ。ちゃんと夜闇に紛れて人目につかないようにしたから」
ならばいい――のか?いや、クソ異母兄はどうでもいい。国際問題になろうが竜王国国王に雷を落とされようが、シシィの無事に比べたら些末だ。
「必ずシシィを無事に連れ帰ります」
「頼む」
公爵様は公爵様で動くのだろう。アーノルドを連れて足早に部屋を出て行った。
常世の森に行く私に異母兄が付いてくる。邪魔だとも思うが、戦闘になった時は使えるので追い払う事はしない。
「一角、双角」
「どうした、小僧」
「いっちゃんと呼ぶように何度も言っているでしょう?」
どういう仕組みになっているのか分からないが、この二頭はここで名を呼べばすぐに現れる。狭間で暇にしているのかもしれない。
「シシィが行方不明だ。捜索に手を借りたい」
「シシィが?一体何があったんじゃ」
「それを探りに行く」
「あたくし達には手はないけれど、可愛い子を一緒に迎えに行きましょう?」
手を借りるとはそういう意味じゃない――が、まあいい。私が一角の背に乗ると、異母兄が「乗せてください」と双角に頭を下げていた。
王太子ともあろうものがそう簡単に頭を下げるのか?コレは本物の異母兄なのか疑いたくなるぞ。50年前のあの傲岸不遜を絵にかいたような第一王子は一体何処に行ったんだ。
双角が私の苦い顔を見て面白がって笑い、異母兄を背に乗せることを承知した。
拒否すればよかったのに。異母兄なら走って付いてくる事も出来るだろうから。




