85 勇者と 2
王子様に案内されて通された部屋には、既に勇者が待っていた。
あれ?案内に王子さま使うとかどうなんだろ?勇者に敬意を表してって事にしても、王子さまの仕事じゃないとおもうんだけど、もしかして、王子様は私たちを心配してくれてるんだろうか。
ガラス張りのサンルームを選んだという事は、立ち聞きなんかしてませんよーアピールの為だろうか。勇者の機嫌を損なう事は避けたいだろうしな。
なんせ神様の肝煎りだ。蔑ろにしたり利用したりしたら神罰を食らうかもしれない。
流石にお茶はメイドが用意してくれる。私が淹れてもいいけど、スピネルは私より上手だからちょっと躊躇うので有難い。
メイドがお茶とお菓子を用意して部屋を出るまで、勇者も私たちも口を開かなかった。
「こんにちは、勇者です」
部屋の中にいるのが私たち三人だけになったあと、最初に口を開いたのは勇者だった。
「どうぞ、先ずは座りましょう」
勇者はジェントルなようで、スピネルと話がしたいのだろうに先ず私に席を勧めてくれた。しかし、席に着く前にする事がある。
「世界をお救い下さる勇者様にご挨拶申し上げます。私はファルナーゼ公爵家が一子シシィにございます。こちらは私の婚約者のスピネルでございます。スピネルにお話があるという事で参上いたしました。お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。また、私の同席をお許しくださいましてありがとうございます」
スピネルは竜王国の第二王子さまだけど、それは一部の人間しか知らない。この国においては公爵家嫡子である私の方が身分が高い事になるので、挨拶をするのは私だ。
「あ、うん。丁寧なあいさつありがとう。俺もあちこちの国で偉い人たちと関わるようになったから、市井の人間だけどちゃんと話すことは出来る――んだけど、今はちょっと衝撃で頭が回らないんで喋り方が雑なのは勘弁して」
衝撃とはスピネルに関して、だな。五度見するほどの何かがスピネルにはあるらしい。見た目でこの国の人間ではない事は分かるだろうけど、それだけでそんなに衝撃を受けるとも思えない。
「どうぞ、勇者様のお話ししやすいように」
「ありがとう」
勇者が再度席を勧めてくれたので、悪遠慮せずに着席する。ここで勇者様が先に~なんて固辞してると時間ばかり食うから。ジェントルな勇者はレディを先に座らせたいのだろうし、勇者様を差し置いて席に着くなんて!なんて言うオブザーバーもいないんだし。
勇者が喉を潤すためにか話のタイミングを見計らうためにか、紅茶を一口飲み「うまっ、なんだ、これ、うまっ」と言った。そうか、そんなに美味しいか。面倒くさい話になるかもしれないから、私も先ずは美味しいお茶を頂こう。
うまっ。確かにうまっ。王子さまは輸入物の香草を使ってるって言ってたな。ヴィヴィアナ様のお家で営んでいる貿易事業先に、これの輸出元ないかな。もしもあったら、取引をぜひお願いしたい。
「美味しい。俺、こんなに美味しいお茶は初めて飲んだよ。結構、あちこちで歓待してもらってるけど」
「我が国の王妃殿下によるオリジナルブレンドですの。王妃殿下が作られるお茶はどれもとても美味しいのですが、このお茶はその中でも最高傑作になったとか」
そりゃ、勇者だもん。どの国でも大歓迎で目一杯のおもてなしをするだろう。
「えーと、ですね」
勇者が私と隣に座るスピネルを交互に見て、言い難そうに口をすぼめる。
「婚約者さんが一緒じゃないとダメだろうって王子殿下に言われて了承しましたけど、あー、スピネルさん?の凄く個人的なお話でして、本当に彼女さんの前でもいいのかどうか」
ああ、貴族の婚約だもんねぇ。一般的に恋愛結婚よりも家同士の契約なり政略なりが関わってくることを考え、プライバシーに関わることを本当に言っちゃって良いのか心配してくれてるんだ。
いい人だな。
流石、属性が「真っ当」なだけある。
「問題ありません、勇者殿。彼女に聞かれて困ることはありませんし、彼女に秘密にしていることもありません」
「それは、あなたの出自に関しても?」
おおっと。
勇者はスピネルが竜王国の人間だって知ってるんだ。竜王国があるのはこの大陸ではない上に、かの国は他国との交わりも無い。
闇落ち竜の討伐はこの大陸の問題だし、問題が竜退治のことなので竜王国に助勢を求めることも難しいだろうから、あの国に勇者が関わるとは思わなかった。
「ええ、彼女は私のことを知っています。――ですが、なぜ、貴方がご存じなのでしょうか、勇者殿」
珍しくスピネルも動揺している。顔は能面だけど、いつもより早い口調と膝に置いた手に力が入った事に私は気付いた。
「……勇者の能力?」
いや、疑問形で言われましても。
「俺が勇者に選ばれて、神託が各地に降りて、ここまで大々的に暗黒竜討伐の話が盛り上がっちゃっているところで、肝心の?スピネルさんが”闇落ち回避”しちゃってるのって、そりゃ、いい事なんだろうけど……どうしたらいいんだろうね?」
――はい?




