84 勇者と 1
諸国を周る勇者が我が国に到来したのは半年前の事だ。
勝手にフラグが折れて暗黒竜が出現することはないと分かっているのは、私とレナと王子様、それと闇落ちして暗黒竜になるはずだったスピネルだけである。
それを知っている私は、勇者様ゴメンという気持ちだったのだがスピネルがとんでもない事を言いだした。
「もしもシシィを喪ったり引き裂かれるようなことになったら闇落ちする――かも?」
こわっ。ナニ?世界が破滅するかどうかは私にかかってんの?あ、いや、破滅させないために勇者が選定されたんだった。
という事は、スピネルの命は私次第ってことなのか。
それを聞いたレナは大喜びだった。なぜだ。怖い話じゃないか。私、脅されてるんですけどー?
健康管理と事故には死ぬほど気を付けようと決意した瞬間だった。
それはそうと勇者の話。
来ることのない(筈の)暗黒竜討伐に備え、各国で一緒に戦う仲間をスカウトしているそうだ。騎士団でも軍でも出せばいいと思うのだが、地形的に大人数で挑むことが出来ないらしく、少数精鋭で迎え撃つらしい。
神託ではそこまで詳しい状況の説明はなかったそうなので、これは勇者に神からもたらされた知識なのだろうと王子様は言っていた。
我が国でも、年齢・性別・地位・身分を一切考慮せずに戦えるものが集められた。勇者のお眼鏡にかなって暗黒竜に挑み、討伐することが出来たのなら英雄だ。
実際、とある国の弱冠8歳の皇女様が勇者パーティに加わったらしい。凄いな、皇女様。私に負けず劣らずの暴れん坊か――そう思ったら、なんでも未来の聖女を嘱望されるほどの治癒魔法の使いてなのだそうだ。
ちぇっ。暴れん坊だと思ったのに。
王子様が最初に勇者の事を話してくれた時には、各国の上層部しか知らなかった勇者の話は、国が大々的に公布したため、そりゃもう自薦他薦問わずに志願者が溢れかえった。
これを聞いて、更に申し訳なく思う。だって、スピネルのこと闇堕ちさせないよ、私?
剣術指南の大熊先生と、魔術の家庭教師をしてくれていたマルク先生の推薦により、私とスピネルも勇者パーティメンバー候補として登城した。
ミーシャやセバスチアーナ様に羨ましがられた。
王城の大広間にて、先ずは貴族位にある私たちが勇者にお目見えする。地位や身分を問わないとは言っても、こういうのは上から始めるものらしい。
性別問わずとは言っても、やはり男性が多い。集められた二十数名のうち、女性は私を含めてたった三人だった。私以外の二人は教会に属する、やはり治癒や浄化に特化した技術を持つ方だそうで、やはり暴れん坊令嬢は私一人かとがっくり肩が落ちた。
マリア様も来るかと思ったけどいない。ゲーム通りに表の攻略者五人をクリアしてから隠しキャラを狙うんだろうか?スピネル――マティアーシュ様を狙うなら、順番なんかどうでもいいから勇者と同行して闇落ち竜に会いに行った方がいいと思うのは、私がせっかちだからか。
「皆の者、良く集まってくれた」
高き所から王様の御挨拶。隣に王妃様と第一王子様を始めとする三人の王子様が並んでいる。
一段下がったところに立っているのが勇者なのだろう。
集まった面々は、王様が口を開いたと言うのにただ一心に勇者を見上げていた。
私は申し訳なさに直視する事も出来ず、チラ見させてもらった。心の中で(ああ、この人が”真っ当”な攻略対象者かぁ……)なんて、口に出来ない事を考えながら。
見た感じ、普通の人だった。
暗黒竜を討伐する勇者と言うのでギラギラして覇気のある戦闘特化タイプなのかと思ったんだけど、城下の商会でデスクワークしてそうな見た目だ。
勇者というからにはきっと、見た目では分からないとんでもない力があるんだろう。
その勇者さまは、集まった私たちをゆっくりと眺める。
右から左へと一人一人を見定めるかのように見ていったが、その視線がふと私とスピネルがいる辺りで止まった。
さらに、二度見三度見で済まず、四度見五度見しているが……、この視線は私ではなく私の背後にいるスピネルに向けられたもののようだ。
周囲がざわついて、スピネルに視線が集まった事に気付いたのだろう。勇者さまはゆっくりと首を振って、詫びるように小さく頭を下げた後で当たり障りのない挨拶をし、広間から立ち去ってしまう。
広間はざわついたままだ。
王様が皆に下がるように言ったので、三々五々解散していったのだが、帰りがけに王子様に捕まった。
「スピネル、勇者殿が話をしたいという事なのだが」
「私には話はありません」
「だろうな」
王子様はスピネルの言葉を予測していたようだが、私の方に向き直って言う。
「ファルナーゼ嬢。母が新しくブレンドした茶葉が、今までで最高の出来だと言うのだがなにせ輸入した希少な香草を使っているために量が少ない。しかし、このあと勇者殿をおもてなしするために振る舞うそうだ。もしも良かったら――」
「スピネルっ!」
王子様に最後まで言わせず、私は隣にいるスピネルの腕を掴んで揺さぶる。
「スピネル、スピネル、スピネル――っ!」
スピネルは私のおねだりを無下にすることなく、あっさりと王子様の要請を受け入れてくれた。偉いぞ、スピネル。ありがとう、スピネル。
「勇者殿の要望で、王城の人間が立ち合う事は不可とされた。ファルナーゼ嬢の同伴がないと頷かないだろうことを伝えて、それを了承してもらっている」
ここで言葉を区切った王子様は、周囲を見回して人の気配がないことを確認すると声を潜めていった。
「話の成り行き次第だが、闇落ち暗黒竜の危機は既に払拭されていることを伝えてみてもらえないだろうか」
「そうですね。スピネルは私がいれば闇落ちなんてしないんですし、神様から新たなお告げを受けることが出来ないか聞いてみようと思います」
「勇者殿からの話が何かが分からない。無理はしなくてもいい、ファルナーゼ嬢」




