閑話 おお勇者よ 死んでしまうとは情けない
「おお勇者よ 死んでしまうとは情けない」
「いや、死ぬよ!死ぬでしょ!?死ぬに決まってんじゃん!!」
真っ白い空間。宙に浮かぶ老人が青年に向かって首を振った。
青年――苦悶の表情で横たわるのと同時に、そっくり同じ容姿で半透明な姿で横たわる肉体の真上で浮かんでいるという異様な光景である。
「無理だよね!?古竜が闇堕ちするから退治して来いって言われて三日で何が出来るってーの!?」
大体、俺、肉体労働すらしたことない、根っからの文系だから!暗黒竜をボコれとか無理だから!
横たわる青年は微動だにせず、浮かんでいる青年が老人に向かって抗議する。
「そうかの?男子三日会わざれば刮目して見よと言うじゃろ?」
「聞いた事ねーよ!」
抗議する青年にやれやれとでも言いたげに老人は肩をすくめる。
「大体、何で俺を選んだんだよ……」
「仕方なかろ。聖剣がお主を選んだんじゃ。儂が選んだ訳じゃ無いもーん」
この青年、実は神に選ばれた勇者である。神だと名乗る老人に剣を渡され、暗黒竜を退治して来いと言われ、愚直に言われるがままの行動をとって返り討ちに会い死亡。
「やり直すかの?」
「……やり直せる、のか?」
「時を巻き戻せばの」
青年は考えて首を振った。
「俺じゃ無理だから他の人あたって」
暗黒竜と対峙したときの恐怖がまだその身に残っている勇者は、とても自分に退治など出来ないと項垂れた。
「……ラウラちゃん」
「おいっ、ちょっ、まてっ!何でアンタがラウラのこと!?」
「だって、儂、神様だしー。勇者くんが心配で見守ってたしー」
神様、ここで声を低めて情感たっぷりに言う。
「“ラウラ……、待っていてくれ。俺は勇者として神に選ばれたが、きっと暗黒竜を倒して戻ってくる。そして、帰ってきたら――いや、そのときに言うよ。ラウラ、俺の気持ちを”」
「いや―――――っ!やめて―――――っ!」
宙に浮かんだ青年が、消え去りたい、いっそ消してくれと涙顔で懇願する。
「そういうのをフラグっちゅーんだよ、そう、死亡フラグじゃ、勇者くん」
「旗なんて立ててないし……」
まだ、めそめそとしながら口を尖らせる勇者である。
「大体、勇者に選ばれたんだから、人としてあり得ないような能力とかとんでもない魔法とか加護とかスキルとか貰っても良かったと思う」
「そんなもん、ちゃんと与えているに決まって……ん?あれ?」
「……神様?」
神様は勇者と視線を合わせるのを避け、高らかに宣言した。
「勇者よ、そなたに聖剣と力を授けよう。必ずや暗黒竜を倒し、世界を平和に導くのだ」
「いや、それ、最初にやってくれても良かったよね!?ってか、神様が倒せばいいじゃん!出来ないの!?」
「出来るに決まっとるじゃろ。じゃがなー、儂、強いからなー。竜と一緒に世界も消えちゃうだろうなー。まぁ、最終手段としてそれも有りかのぅ」
「やります!暗黒竜を倒してきます!聖剣と力を下さい!!」
こうして青年は再度、暗黒竜と戦う羽目になったのである。
「とりあえず、勇者くんが成人する9年前に戻すから、修行を頑張る事じゃ。今度は、時間もある事じゃし、ちゃーんと教会と王家に神託をおろして置くからの。フォローして貰ったらええ」
「そんな事をやれるんなら、最初っから!」
「よし、行け、勇者よ!」
神様が手をかざすと、地に伏している青年と宙に浮かんでいる青年が一体化し、最後まで悪態をつきながら消えていった。
「巻き戻せるのは一回こっきりじゃからのー。もう、死ぬなよー」
その声が勇者に届いたかどうかは定かではない。
◇◇◇
「神様ー。巻き戻しを拒否している魂があるんですケドー」
時間を巻き戻す処理を請け負っている部下が神様に訴えた。
「んなもの、記憶を消して戻せばいいじゃろ」
「なんだかー、魂が傷だらけなんですよねー。まだ若い筈の魂なのにぃ、あれ、多分、前の生の魂が浄化されないまんま輪廻に入っちゃった感じなんですケドー。神様、あの子の転生で何かミスってないですかぁ?」
責められて目を逸らす神様に、部下は更に畳み込む。
「あれ、浄化しないまんま巻き戻しに組み込んだら、多分、壊れちゃいますよー、いいんですかぁ?」
「じょ……浄化してやってちょ」
「かーなーりー時間かかりそうですケドぉ?」
「い……一旦、休ませてやればいいじゃろ。代替に、狭間でふらふらしている魂の中から活きが良くて図太そうなのを選んで組み込んでおいてちょ」
「図太いはともかく活きがいいのはどうでしょー。魂なんで、皆さんお亡くなりになってますー」
「活け造りだって、死んだ魚じゃんかー!ニュアンスで分かれ!」
「はーい。承りましたー。神様ぁ、あんまりミスが続いたら上に報告しますからねぇ」
「え?あ、それ駄目。もうしないからー。気を付けるからぁぁぁぁ」
「はいはーい。今後、気を付けてくださいねぇ。ああ、あと、勇者くんが死んだときに命を失った魂のうち幾つかは、多分、巻き戻し前の記憶が残っちゃいますけどぉ」
「そりゃ、構わんじゃろ。夢と思うか神の奇跡と思うかは分からんが、どのみちたいした変わりはなかろ」
そうですねー、と言い残して神様の部下は仕事に戻る。
巻き戻りは神と勇者の都合でこうして起きた。
神の恩寵でも、ゲームのリスタートでもない。
巻き戻り前の記憶がある面々も、傷ついた魂の代替にされた獅子井桜も、もちろん地上に暮らす全ての人々も今はそれを知らない。