73 前回と前世と乙女ゲーム 3
「そしてマリア様の望んでいらっしゃると思われる今後の展開ですが……」
「レナ、ちょっと待って。貴女の進行は無駄がなくて効率的だと思うのだけれど、もう少しゆっくり進めてもらえないかしら?出てくる問題を咀嚼する前に話題が変わっていってしまって目まぐるしいの」
正直言ってファルナーゼ嬢に同感だ。
微笑んで佇んでいる様は、おっとりとして鷹揚に見える女性だが、話をしてみると回転が速く頭のいい人だと分かった。Aクラスにいるのだから成績優秀なのは当然だが、セレンハート嬢は勉強が出来るというだけではなく、知覚の速さ、明敏さ、回転の速さが際立っており、他者がそれについてくるのが難しいなどと想像もしてない気がする。
現に、ファルナーゼ嬢が物申したというのに、不思議そうに首を傾げているのだ。
「咀嚼するのは後でいいわ。取りあえず私が知っている事、推察したことをいや、この一通り話をさせて?」
疑問形に聞こえるが、要は黙って聞いていてくれという事だろう。
ファルナーゼ嬢もそう判断して頷いた。
「シシィとマリア様の会話を漏れ聞いて分かったのですが、彼女の目的は、対象五人を攻略してその先にあるルートへ入る事だと思われますわ。殿下の仰る前回が彼女の最初の攻略だったとして、今回で二回目。まだ誰も攻略成功しておりませんのに、飛ぶ鳥の献立を考える随分と夢見がちな方ですわね」
セレンハート嬢は紅茶を一口飲んで喉を湿し、また口を開く。
「シシィも知らないわね?ローズガーデンのマリアでは、隠しキャラに勇者と古代竜がいるの」
「乙女ゲーがなぜRPGに……ああ、ロズマリとマリア様が仰っていたのは、乙女ゲームのタイトルだったのね」
「あらまあ、タイトルを覚えていなかったのね。シシィらしいわ。そのロズマリだけど、乙女ゲームとしては滅茶苦茶よね?前世で言ったでしょう、ニッチだって」
「この平和な世界に勇者が登場してどうするのよ」
確かに、この国だけではなく大陸中に戦争も災害も無く、どの国の人々も平和な日々を享受していた。
――今までは。
「……勇者を選定したとの神託が大陸中の国々に降りた」
「え!?」
「これは、各国の中枢しか知らない情報だ」
マリア嬢は勇者に繋がる何かを持っているのか。神託はこの国だけに降りた訳ではないし、前回は無かった展開だ。逆行してからのこの生は、前回と違いが大きすぎる。
セレンハート嬢も、前世の記憶でマリアのこと、私やフィデリオのことを知っていたようだが、勇者がそのゲームに登場すると知っていてなお、実際に神託が降りたことを聞いて驚いたようで目を見張って私を見ている。
「機密でしたら口外なさるべきではないかと」
「詳しくは言えない。ただ、勇者がこの時点で実在するという事は、セレンハート嬢の話に信憑性が出るという事だ」
「さようにございますね。では、続けさせていただきます」
驚愕を跡形もなく消し去ったのはいっそ見事だ。セレンハート嬢がかくも優秀な女性だとは前回は知らなかった。だが、前回のセレンハート嬢は今ここにいるセレンハート嬢と同じ人物か?ファルナーゼ嬢と同じく前世の記憶がある彼女も、前回とは別人なのかもしれない。
「詳しい経緯は省きますが、勇者が闇落ちした古代竜を征伐するための旅にマリア嬢が同行、その道中で勇者を攻略する。最期に闇落ちした暗黒竜を救って大団円というところでしょうか」
「竜も攻略対象じゃなかったの?」
「ええ、攻略対象よ。闇落ちした竜を救い世界を平和に導いたあと、その竜が竜王の第二子であったことが判明。竜は竜の姿と人の姿の両方を持つ種族で、人間であるヒロインとの婚姻も問題はなく結婚式でフィナーレね」
なぜ、マリアが竜討伐に同行するのか、
彼女にいったい何が出来るというのだ?
勇者を攻略――という事は恋仲になったのだろうに、なぜ竜との結婚が大団円になるのかがさっぱり分からないが、セレンハート嬢の説明を聞いているファルナーゼ嬢は疑問に思っていないらしい。それも不可解だ。
「その竜がマリア様の言っていたマティアーシュ様、なのかしら?マリア様は私とマティアーシュ様という方がまるで親しい間柄ででもあるかのように言っていたのだけれど」
ファルナーゼ嬢はこの長丁場で段々と取り繕っていた姿が緩んできたようだ。腕を組み口をへの字にしてうーんと唸る様子は、飾り気のない彼女の姿なのだろう。
そんなファルナーゼ嬢の背後に控えていた従者が控えめに口を挟んできた。
「発言させて頂いても宜しいでしょうか。その竜は多分、私のことだと思われるのですが……」
は?
この従者が竜?しかも、闇落ちして、神に選定された勇者が討伐しようとしているという暗黒竜?
「ああ、そういえば、スピネルは竜だったね」
――何でもない事のように重大発言をさらっとこぼすのはやめて頂きたいと切に思う。




