72 前回と前世と乙女ゲーム 2
「そなたも前世の記憶があり、ファルナーゼ嬢とはその頃から誼を通じていたという事でいいか、セレンハート嬢」
「まあ、誼を通じるなんて無粋な表現ですこと。私とシシィは生も界も超えて深い縁のある親友にございます」
セレンハート嬢の挑戦的な瞳は、私が前世で行った愚行への裁きであろうか。
彼女の説明は、分かりやすいようで難しい。そもそも恋愛シミュレーションゲームという概念を理解するのが大変だ。そう言うと、セレンハート嬢はそこはあまり重要ではないという。要は、そのゲームとやらの主人公がマリアで、攻略対象者と呼ばれる男性と恋に落ちる物語だという事が分かればいいと。
「第一王子殿下、何度も申しますが、これから話す内容は別世界で作られたお話です。登場人物がこの世界で実在の人物と同じ名前だったり境遇だったりいたしますし、その中で殿下のお名前も出て参ります。あくまで別世界の物語だという事を理解していただき、不敬などと申されませんようお願いいたします」
私は黙って頷く。それを見て、セレンハート嬢がまた話し出す。
「先ずは概要を説明させていただきます。主人公であるマリアは隣国の王の庶子で王妃や異母兄・異母姉らに虐待されて育ちます。それを憐れんだ王が、王妃らから離すために我が国の王立学園へと留学させるのが16歳の時です。これが物語の始まりですね」
「ドアマットヒロインよね」
「ドアマット?」
ファルナーゼ嬢の口から聞きなれない言葉が出てきたので、つい私も繰り返して口にしたらセレンハート嬢が「踏みつけられ虐げられても純な心を失わず、最終的に素晴らしい男性に見初められて幸せになる女主人公のことです」と教えてくれた。
子供向けの絵本――主に女児向けにそういう話があることは知っている。継母に疎まれて育ったが、長じて美しくなった少女が王子に見初められて結ばれるという月光を編む姫君とか、父を亡くし市井に落ちた令嬢が苦難を乗り越えて外国の富豪に娶られるというサーラの幸福とか、そういう物語の主人公の事なんだろう。
だが、それが彼女を示す言葉に相応しいかと言えば否としか言いようがない。
「マリア嬢はそういう女性に思えないが……」
「そうですわね。それについてはまた後ほど。前回は16歳での留学だったという事で宜しいでしょうか?」
「ああ、間違いない」
「では、攻略対象者について申し上げます」
物語の開始が彼女らの前世の物語、および前回より早いせいもあり、五人の攻略者のうち中等部に在籍しているのは三人だという。
一人目は私、18歳で王太子になるアルナルド。
二人目は、ファルナーゼ家に継嗣として養子に入るフィデリオ。
三人目は、シュタイン伯の三男で騎士を目指しているレオナルド。
在籍していない対象者のうち一人は高等部の教師、もう一人は二才下で魔術省第二席の嫡男。
「前回において、マリア様はアルナルド殿下を攻略しようとして失敗。ゲームでハッピーエンドに至るためには、殿下からの好感度を上げること、悪役令嬢シシィ・ファルナーゼを断罪すること、王子妃として更に将来の王妃としての資質を満たす事の三点を達成することが条件でした。おそらく三番目の条件を満たせなかったのでしょう」
確かに、マリアは成績も優秀でマナーもきちんとしていた。だが、それは他の令嬢と遜色ないという程度で特筆すべき点も無かった。
「私は……私の意思で動いていた。ゲームとやらの操り人形になった覚えはない」
「ええ、もちろんですとも」
セレンハート嬢は分かっていると言うように笑みを浮かべて頷いた。
「そして今回は、レオナルド・シュタイン様、フィデリオ・アルカンタ様に秋波を送っている現場をシシィが目撃しております」
その言葉を聞いてファルナーゼ嬢が「秋波というか……」と呟いたので、きっともっとあからさまに口説いたのではないかと思われる。
「そして先日、マリア様がシシィを呼び出した様子が不穏に思えて、私とシシィの従者であるスピネル様とで、その様子を陰ながら見守っておりました」
「覗き見って、そういう言い方をすると穏当に聞こえるから不思議だわ」
「その際にマリア様が仰ったのです。”今回はアルナルド殿下を狙っている訳ではない””死に戻りの回数を減らしたいからレオナルドとフィデリオを一気に攻略しようと思った”と」
ファルナーゼ嬢の言葉を聞き流したことはさておき、”死に戻り”――。
「では、彼女は……」
私と同じ、前回からの逆行をしているということか。
「はい、マリア様は”前回”をご存知かと存じます。そして、私たちと同じく”前世”の記憶も」




