66 告白
「いっちゃん、そうちゃん、コレ、スピネルはまだ何か勘違い中?」
スピネルの傷口を抉る気は無いけど、お嫁さん発言の後なので懐疑的になってしまうのは仕方ないと思う。
『さあ、どうかしら?』
いっちゃん、笑ってないで教えてよ。
『あたくし達に聞くより、その子の話をお聞きなさいな、シシィ』
ご尤も。なんだけど、大丈夫なのか?スピネルが「人間」という言葉を勘違い……流石にそれは無いと思いたいけれど。
「先ほどの失態の後ですのでお嬢様が疑いを持つのは当然ですが、本当に私は人ではないんです」
困ったようにスピネルが首を傾げる。いっちゃんそうちゃんも混ぜっ返してこないところを見ると、本当に人じゃないのかもしれない。
「人じゃなかったら、スピネルはナニ?」
「竜です」
さらっと言ったな。
なんか、こう、今まで秘めていた真実を語るという悲壮な感じとか、葛藤とかが全く見られずにあっさり言われて、却ってマジッぽいと思ってしまった。タメとか盛り上がりとか要らんのか、そうか。
異世界だから、ユニコーンもバイコーンもいるし、この大陸にはいないが竜が住まう地もあると知っている。
竜人ってヤツなんだろうか。
「竜化しましょうか?常世の森の中とは言え図体が大きい竜になってしまうと目立って仕方ないのですが、お嬢様に信じて頂く為なら構いませんし。目撃情報が出て捜索しても見つからない竜の存在なんて、面白そうではありますし」
「いや、いい。スピネルが私に嘘つく理由も無いから。それに、お父様が今度こそ”元の場所に戻して来い”って言う」
「大丈夫です、旦那様も奥方様もご存知です」
「……はい?」
お父様もお母様も知っているとな。いっちゃんとそうちゃんを見やれば、彼女らも知っていたらしくニヤニヤしている。
「……記憶が戻ったのはいつ?」
「お嬢様が記憶を取り戻したときですね。お茶会で昏倒したお嬢さまが目覚めずにいたとき、私は唯一の相手を失ってしまうのかと、それはもう取り乱しまして、おそらくそれがきっかけになって思い出しました。――自分が人ではない事を」
三年も前じゃないか。
「いっちゃんとそうちゃんも知ってるんだ?」
「私が話したわけではありませんが、匂いで分かったそうで」
「何で今まで言わなかった?」
「お嬢様はご自身の記憶と死亡フラグの件でご心痛でしたし、わたくしごとで煩わせることは心苦しく」
「何で言う気になった?」
「殿下との対話で、お嬢様が未来に憂慮する必要が無くなりましたので……って、お怒りですか、お嬢様」
お怒りですかって?
おお、お怒りだともよ!怒髪天って言っていいくらいに怒ってるわっ!
「さあ、どうかな」
「お怒り……ですね。申し訳ありません。人非ざる身であることを隠しお嬢様の傍に付き従いましたこと――」
ちっがーう。
「それはどうでもいい」
「……どうでも、いい?」
「スピネルはスピネルだから。人だろうが竜だろうか、ユニコーンだってバイコーンだって問題ない」
何なら女の子になったっていいよ。
「ありがとうございます」
むきーっ!
私が怒っているというのに、満面の笑みで礼を言うってどういう事!?
テレテレとしているスピネルの足を全体重をかけて踏みつけ、私は踵を返す。全体重って言ったって、大したことないよ、ほんとに。前世でもスレンダーだったけど、こっちでもいくら食べても太らない体質なのだ。
でも、今は巨漢だったら良かったのにと悔しい思いがする。
だって、スピネルは全くダメージを受けたように見えないから。きーっ。
「いっちゃん、そうちゃん、またねっ。スピネルとはしばらく口を利かんっ」
スピネルと二人で来た道を、帰りは一人で戻っていく。
「え?お嬢様?暫くってどのくらいですか?」
ちょっとだけ焦ったような声のスピネルに、ざまーみろと思いつつ私は屋敷に戻った。
夜ベッドに入った頃には冷静になって、怒りも治まり後悔がひしひしと押し寄せて来たので、枕に顔伏せてジタバタと昼間の自分を振り返る。
恥ずかしい。みっともなかった、昼間の私。
怒ったのは手前勝手なヤキモチだったと思う。
何で私は知らないのに、いっちゃんとそうちゃんとお父様とお母様は知ってるのって思っちゃった。スピネルは私のことを心配して、自分の事で気を使わせたくなくて黙っていたって言ったのに。私が一番の友達なのに、何で私だけ知らないの!?と、醜い嫉妬からスピネルに怒りを爆発させてしまった。
スピネル、ゴメン。
明日、謝ったら許してくれるかなぁ……。
前世でも友達はたくさんいたけど、こんな焼き餅を焼いたことなんて無かったから、昼間は自分が理不尽だという事すら分からなかった。
こういうとこが、8歳のシシィ・ファルナーゼより子供っぽいと言われた所以かもしれない。
翌朝、ジャンピング土下座をしてスピネルに謝罪した。どうして怒ったのかも、その怒りが嫉妬からくるもので理不尽だった事も正直にゲロって許しを乞うた。
スピネルはあっさりと許してくれたばかりか、とても喜んでいたのが不思議。
「お嬢様が嫉妬してくださるなんて……」
頬を染めてうっとりとしているスピネルは正直ヤバい人にしか見えなかったが、そこでふと思い出す。
お嫁さん発言であやふやになっちゃったけど、私、スピネルに求婚されたんだった……。
 




