65 ダメージが大きすぎる
「お嬢様の好みは知っておりますので、料理はお任せください。精進します。あとは何をすればいいですか?」
――はい?何をすればって、何、花嫁修業的なアレか?
「ス……ス……スピネル――っ!しっかりして!どうしたの!?なに?精神汚染とか洗脳とか人格支配とか征服とかそういうヤツ?だ、誰!?誰がスピネルにそんな酷いことしたの!?」
お……お嫁さんになりたいだなんて……男の子なのに、お嫁さん……。スピネル可愛いから女装は似合いそう――って違う。女装が似合うのとお嫁さんになるのは違う、多分。
『誰がと言えば――そなたじゃの』
『責任を取ってお嫁さんにしたらいいんじゃないかしら?』
「私!?なに?秘めたる力が開花してスピネルがお嫁さんになりたくなる呪いをかけたってーの!?どっどっどっ……どうすれば解ける!?」
女の子になりたい願望を植え付けたとか?もしかしたら元々そっちの欲求があった可能性も微レ存?
『解けないじゃろうな』
『だから、責任とればいいの』
「せ……責任……」
どうしたらいいんだろう。お嫁さんを貰うには男になればいいの?どうやって?男装――してもダメだよなぁ。
「お嬢様、申し訳ありません。ちょっと噛み合っていないようなのですが、私は何か失言をしましたか?」
おいっ。男の子が”お嫁さんにして”なんて失言どころの話じゃないぞ。
スピネルがその辺りちっとも分かっていないところが何か怖い。これも原因は私なのか。精神干渉系の魔法とか私に使えたのか、しかも無意識に?私がスピネルに女の子になって欲しいと言う願望を持っていたとは思わなかった。――って、いっちゃんもそうちゃんも笑ってるし!
私があわあわしているのを見て、スピネルが質問相手をいっちゃん達に変える。
「一角、双角、お嬢様は何故こんなに困っている?」
スピネルは大まじめに質問しているところが更に恐怖をあおる。私のせいで壊れちゃったスピネル……一生面倒見るから!治療できなくても女の子になってもスピネルは私の大事な友達なのに変わりはないし、原因が私なら責任は取る!
『そ……そりゃ、困りも……する……でしょうね』
笑いが抑えられず、息も絶え絶えにいっちゃんが言う。何がそんなにおかしいんだが分からないけど、スピネルの心配してほしい。いや、原因の私が言うなって感じだろうけど、何がどうしてこうなった!?ってかんじなんだよ、どうしたらいいの。
「双角?」
いっちゃんが答えられない――笑い過ぎて――ので、スピネルは今度はそうちゃんに。
『小僧、お前は”お嫁さん”を何だと思っている?』
あ、そうちゃんも笑ってはいるけど、まだ会話になってる。良かった。
「つが……結婚相手の事だろう?」
間違ってはいない。けど、正解でもない。
『そうよな、小僧ならば男であろうが女であろうが唯一の相手は番じゃなぁ。だがヒトは性別によって呼び名を変える』
「……は?」
『メスならさっきも小僧が言うた嫁。他に妻・女房・細君・家内・奥なんかもあるのぅ』
『オスなら、婿・夫・亭主・旦那・宿六・主人……もあるわぁ』
『つまり”お嫁さんにして下さい”と言うのはじゃな』
『メスがオスにいう言葉』
『小僧はオスで、シシィはメスじゃ』
『シシィが困るのも当たり前――』
「………………」
お……おう。
なんでだかは知らないけど、スピネルは結婚相手=嫁という認識だったのか。男だから女だからとかそういうの一切関係なくて、ただただ結婚してくださいという求婚の言葉が「お嫁さんにして」だったのか。
「だ………だが、お嬢様は”良い嫁になる”と……」
『軽口じゃの』
「……」
分かってみれば笑える。スピネルの勘違いに。ぷぷぷっ。
そりゃ、いっちゃんもそうちゃんも笑うわ。一体どうしてそんな勘違いをしていたんだ。誰かに騙された?他国出身だろうと言われているスピネルだけど、言葉はこの国の物を自由に操れているから、まさかそんな誤認識があるとは思わなかった。
打ちひしがれて、両膝と両手を地面についたスピネルが声にならない憤懣を地面に向けている。
こういうの、きっと黒歴史になるヤツだねー。ぷぷぷっ。
ああ、良かった。私がスピネルに精神的な干渉をしたんじゃなくて。スピネルに性転換願望があったんじゃなくて。良かった、ただの思い違いで。スピネルが本当に女の子になりたいんだったら協力するのは吝かではない。全力で応援する。けれど、私が、女の子になったスピネルを娶るのは難しいと思うので、一安心だ。
「お嬢様……」
お、いくらか立ち直ったかな?
「うん、なあに?」
「先ほどの……発言は」
そのタメは「お嫁さん」発言を繰り返したくないと言う気持ちの表れか、そうか。分かった。蒸し返したりしないよ、今は。
「うん」
「無かったことにしていただきたく。そして、仕切り直しに時間を下さい」
「わかった。スピネル、誰しも勘違いや思い違いはあるから、そんなに気にしなくていいから。ね?」
『止めを刺しておるのぅ』
『ほんに。かわいらしゅうて楽しゅうて、シシィと巡り合えたことをあたくしは本当に嬉しく思うわ』
何か言われてる。止めさしたりはしてないよ。フォローしただけ。あと、巡り合えて嬉しいってのは同感。
「スピネルが話しあぐねてたのって、えーと、この話題、なのかな?」
お嫁さんになりたい問題に触れないように聞くのは難しいな。
「あ、いえ、そうではないです。ああ、関連が全くないわけでもなく……」
スピネルのダメージはとても大きく、HPがゼロに近い気がするけど、大丈夫か。
「お嬢様に聞いて頂きたいことがあります」
気持ちを切り替えたか、スピネルは立ち上がって真っすぐに私を見て言う。
「私は人ではありません」
はい?
これも「お嫁さんにして」と一緒で、何かの誤認識なの?




