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48 事件 4

「ちょいと、待ちなよ、あんた」


 馬車を降りて路地へ走り出した私とスピネルを止めたのは、行商をしているらしいおばさんだった。


「追いかけちゃ駄目だよ。アタシだってさ、見てみぬふりなんざしたかないさ。でも、駄目なんだよ。あいつらの後ろには凄く力のある貴族がいるって話だ」


 おばさんは周囲をチラチラと伺い、怯えた様子ながらそれでも話してくれた。力のある貴族を後ろ盾に好き勝手している輩がいることに憤りは感じても、何もできない自分を恥じているかのようにも見える。


「なるほど。みなさんが見て見ぬ振りをしているのはそういう訳ですか」


 スピネルが責めるように周りを見渡して冷たく言うと、おばさんは身の置き所が無いというように俯いてしまった。周囲の人々も目を逸らしている。


「スーピーネールー。そんな事を言ったってしょうがないでしょ。民を守る筈の貴族が悪党のバックに付いてる時に、民に何が出来ると?」


 一市民が大きな権力を持った相手に出来ることなどたかが知れている。


「おばちゃん、大丈夫。私もそこそこエライ人がバックに付いているから!あっちが強権行使しようもんなら、最終兵器だすから!」

「お嬢様、そこそこエライだなんて、旦那様が聞いたら嘆かれますよ」


 公爵という身分も宰相という地位もとてつもなく強力なのは知っているけど、お父様はそれをむやみに振り回す人じゃないからさ。だから、最終兵器なんだよ。


「絶対にあの子を助けるし、悪党どもは成敗してくれよう!」


 学園に通いだしたばかりの子供二人が何をできるか、見せてやろうじゃないの。

 目の前で女の子が拐されているのに見捨てては、貴族の規範であるノブレス・オブリージュの意味がない。


 おばちゃんにサムズアップしてみせたら、通じなかったかきょとんとされてしまった。ま、それはいい。悪党をひっとらえてバックにいるという貴族の名を聞きだし、国に裁いてもらうのだ。

 被害者はあの女の子ひとりじゃない。庶民がこれほど怯えているからには、今まで相当の悪事を働いている筈だ。王都でそれほど好き勝手出来るという事は、かなり高位の貴族なんだろうけど、上に話が上がってもバックレられると思うなよ!



「はな……離して。いや……いやぁ」


 路地を進んで行くと、懸命に抵抗している女の子を無理やり引き摺る男が見えた。馬車の窓から見たときは分からなかったが、無駄に図体の大きな男が三人がかりで私と同じ年頃の少女を拐かそうとしているのだ。

 いかにも裏家業ですという看板を背負ったような荒んだ男たち相手では、たとえバックに有力な貴族がいなくても戦う術の無い市井の民では太刀打ちできないだろう。


 誰だって自分の身が可愛いし、もしも要らぬ手出し口出しをして家族や大事な人まで巻き込んでしまうかもしれないという事を考えれば無言を貫くしかなくなる。


 市井の民はそれでいい。


 けどなー。じゃ、騎士団だの保安部だのは何をしているんだって事になるんじゃないだろうか。バックにいるという貴族が騎士団まで影響を及ぼせるほどの大物か?


「お嬢様」

「うん、スピネル。あの子を助けるよ」


 大熊先生のご教授で私とスピネルは連携を取る訓練も重ねてきた。この距離まで近づいても人の気配も分からない位に程度の低いごろつきの一人や二人や三人、けちょんけちょんにしてくれるわっ。


「ちょっとそこのオジサン達」


 人攫いたちに向かって声をかけると、ようやく後を追ってきた人物がいることに気付いた男たちがこちらを振り返った。


「嫌がる婦女子を無理やり連れて行くのは誘拐です!」


「ああ?」


「誘拐は犯罪です!」


 男たちに向かってビシッと指をさして糾弾したら、隣にいるスピネルがため息をつく気配がした。


「お嬢様、言っていることに間違いはないんですがね、今、この状況であの男たちにそれを言って何になります?」


 何になる?いや、糾弾だから、何になるとかじゃなくてさー。


「犯罪だって分かっていてあの男たちは彼女を引っ攫っているんです。”犯罪です!”と言われたって”それがなんだ?”ってなもんです」


 え、そう?そう思って男たちの顔を見ると、私のことを馬鹿にしたような呆れたような顔で見ている。成程、スピネルが正しいらしい。


「まあ、私が助けて頂いたときも”苛め、カッコワルイ”が最初の一言でしたから、お嬢様らしいというかあの頃から変わらないというか」


 あれから四年もたっているのに私は変わらないらしい。淑女教育も勉強も剣術も魔法も頑張っていて、我ながら成長したと思っているんだけど。


「お嬢ちゃん、大人しくお家に帰りな。どこのご令嬢だか知らねぇが、ここで見たことを余所で言っても意味がねえぜ?」


「そうそう、なんなら、お嬢ちゃんも一緒に来てもらってもいいんだぞ?年はまだ足りねぇが、使い道がねぇこともねぇ」


「そっちの坊ちゃんも珍しい色しているから高く売れそうだしな」


 ゲスだ。分かってたけど。


「お嬢様に対しての暴言が聞き逃せません」


 スピネルがオコです。


「使い道がないこともない!?その薄汚れた目ではお嬢様の価値も素晴らしさも全く見ることが出来ないという事が分かりました。そんな目は必要ありませんからくり貫いてしまえばいい」


 え?そこ?私を攫おうとしたこととかじゃなくて?


「いや、スピネル。今はそんな話じゃなくて、もっと大事な事があるでしょう?」

「いえ、お嬢様より大事な事なんてこの世に存在しえません」


 いや、それはどうだろう。いっぱいあるんじゃないかなー。盲目的に私を持ち上げてくるスピネルの言葉に、私は視線を宙に彷徨わせてしまう。

 犯罪者たちの呆れたような目は、今度はスピネルに向いているし。


「――いや、それは異論があるけど、スピネルが私大好きなのは知っているからとりあえず置いておいて。オジサン達を先ずどうにかしないと」


「ああ、そうですね。お嬢様の素晴らしさを知る資格もないような犯罪者たちを片付けますか」


 私たちが余りにも平静に男たちに対峙していることを、彼らは私の身分によるものだと思ったらしく鼻で笑いながらとんでもない事を言いだした。


「貴族のお嬢ちゃんなんだろうけどなぁ、残念ながらその威光はここじゃ通用しねぇぜ?なんて言ったって、うちはファルナーゼ家をバックにしてるんだ。そう、宰相様だよ。――疑ってんのかい?じゃあ教えてやろう。うちのボスはな……」


 男はそこで声を潜めた。


「ファルナーゼの継嗣であるシシィ様なんだからよ」


 ――はい?


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