05 再会
おそらく自分は18歳の心のまま9歳の体へと逆行したのだろう。そう結論を出すまでに三ヵ月かかった。
まだ、シシィの断罪からの死、マリアの裏切りと死、フィデリオの狂気からの死が自分の夢だったのではないかと思う事もあるが、それではあの生々しい記憶と成長した精神、習う勉強が全て習得済みであることの理由にならない。
なぜこんな現象が起きたのかは分からない。だが、神がシシィを憐れんでくれたのではないかと思う。何の罪もない彼女が惨い死に方をせぬよう、私に記憶を残したまま前回とは違う運命を辿れと機会を与えてくれたのではないだろうか。
やり直しが出来ることを有難く思い、今度こそ間違えないようにしようと思う。
シシィと出会うのは、私が10歳の時の母が開いたお茶会の席だ。一つ下のシシィはそれは可愛らしく、それでいて幼いながらにも気品があって、他の令嬢と一線を画した存在だった。
母がシシィを気に入り、シシィも私を慕ってくれたので婚約となった。家格的にも年の頃も釣り合いが取れていたし、私もシシィを好ましく思っていたのだ、その時は。
初めての邂逅の前に、私はシシィのことを調べる事にした。
もしかしたら、シシィも17歳の心をもって8歳の体に逆行しているのではないかと不安に思ったからだ。
彼女がその記憶を持っているとしたら……いや、それは考えたくない。
前回の生で、フィデリオはシシィと私の婚約が決まった後に、跡取りとしてファルナーゼ家の養子に入った。そのため、今はまだ王都から遠く離れたファルナーゼの領地にいる。
彼も、私と同じように前回があるのだろうか。まだ10歳の子どもである私ではそれを調べる術がない。
マリアは学園に留学してくるまでは隣国で暮らしているので、こちらも様子は窺えない。
周囲から得た情報では、シシィの前回の生の記憶があるようには思えない。朗らかでお転婆でちょっと目を離すと何をやらかすのか分からない体を動かすのが好きな少女だという。
……おかしいな。
シシィは長じて淑女の鏡と言われた女性で、初めて会った9歳の時には小さくとも既にレディだった筈なのだが。
ファルナーゼ家のお茶会で同世代の令息たちを棒切れで叩きのめしたとか。
台所に侵入して盗み食いをしただとか。
姿が見えないと使用人たちが捜索したら、屋敷の奥の森に一人で入り込み木登りをしていたとか。
剣と弓を習いたいと訴えて却下されたが、姿を変えてこっそりと公爵家の騎士団に潜り込んだとか。そして、あっさりと見つかって見えない所で危険な目に会うくらいならと武術の師が付けられたとか。
高位貴族らしく魔力量が多いのを喜んで魔術の訓練をしているとか。その腕前が幼い少女にしては有り得ないほど卓越しているとか。
私が知っているシシィとは別人のようだが、この情報は「父上のお仕事を見て学びたい」と国王の執務室に自分の机を置いてもらって居座り、シシィの父である宰相からもたらされたものだったので、本人のことに間違いはない。
ちなみに、前回は行わなかった父の執務室への居座りだが、巻き戻りのおかげで受けるべき教育が教師たちの想定外のスピードで進んでいるから許されたという経緯がある。
シシィが健やかに過ごしているようでよかった。これならば前回の記憶は無いと思ってもいいだろう。もしも記憶があるのなら、心の傷が彼女に穏やかな生活を送ることを許さないだろうから。
そのことが私の罪を軽くする訳ではないが、少しだけほっとした気持ちになった。
それからも父の執務室に居座っては、時折宰相の口から零れるシシィの話を聞くのはとても楽しかった。宰相は困ったものだというような口調で語っていたが、頬が緩んでいる。彼が娘を愛していることを如実に表しているその光景は、慰めにもなるが私の心を抉る棘にもなって、彼から娘を奪った前回の私の愚かさを苛んでいたのだが、それでも、シシィの話を聞くことはやめられなかった。
そんな生活を半年過ごして、今日はいよいよシシィとの初対面となるお茶会だ。
王妃がデビュタント前の子どもたちを招いて開いた茶会は、表向きは未来の国を支える者たちへの激励ということだったが、実際は私の側近と婚約者選定のためのものだった。
母である王妃自慢の薔薇園を望む庭には、薔薇に負けないほど色鮮やかで華やかな令嬢たちがいる。
数多の花たちの中でもシシィはすぐに見つかった。
……前回はゆったりと座ってお茶を飲んで淑女の仮面をつけて微笑んでいたように思うが、今回の彼女は少し違う。
お茶の香りにうっとりとしたり、焼き菓子を口にしては頬を染めて身悶えたりしている。
小淑女は何処へ行ったのか。
順に子息や令嬢が、同じテーブルに付いている王妃と私に挨拶に来る。
シシィはまだだろうか。
彼女と言葉を交わしたときに、不審な態度にならないように気を付けねば。私と違い、彼女にとっては「初めまして」なのだから。
何人かと気もそぞろな挨拶を交わしたのち、シシィがファルナーゼ公爵夫人と一緒にこちらに向かっているのが目の端に映った。
屈託なく笑っているシシィに夫人が注意したのだろう。肩をすくめて舌を出して、更に叱られている様子が離れていても分かった。
私は王子の仮面を被れているだろうか。全神経がシシィに集中し、体が緊張で固くなっているのが分かる。
期待。後悔。希望。不安。喜び。恐怖。申し訳なさと救われた思い。感情がないまぜになっていて、自分を律することが出来ない。
ここから、またやり直せる。
そんな私の望みは、しかし潰えた。
私の前まで来たシシィが、それまでの朗らかな笑顔から一変して曇り、私を数秒間凝視したかと思ったら。
その場で花が散るような儚さを残してふらりと意識を手放したのだ。
私のせいだろうか。
私の顔を見たことで、彼女は「前回」を思い出してしまったのだろうか。