45 事件
「貴族のお嬢ちゃんなんだろうけどなぁ、残念ながらその威光はここじゃ通用しねぇぜ?なんて言ったって、うちはファルナーゼ家をバックにしてるんだ。そう、宰相様だよ。――疑ってんのかい?じゃあ教えてやろう。うちのボスはな……」
男はそこで声を潜めた。
「ファルナーゼの継嗣であるシシィ様なんだからよ」
◇◇◇
「夏季休暇明けに皆さんの元気な姿を見れることを信じておりますよ。では」
先生が教室を出て行くと、クラスのみんなは緊張が解けたように騒ぎ出した。夏季休暇の予定やら、渡された成績表の良不良、領地が海の傍だから休暇明けには真っ黒になっているとか。
「シシィ様は王都にいらっしゃるんですよね?」
「ええ、レナータ様はご領地にお出かけになるのでしょう?お戻りになったらお話をお聞かせいただけると嬉しいですわ」
「もちろんです。お土産を楽しみにしていてくださいませ」
「私は辺境に戻って鍛錬三昧だね。まだ、魔獣狩りの随行は許されていないんだけれど、この夏こそは許可を貰うつもりだ」
セバスチアーナ様は気合が入っているなぁ。
暴れん坊お嬢様な私を表に出せたら、ベリーニ辺境伯の魔獣狩りに混ぜてもらえるかも。いや、でも、ファルナーゼ家の顔を潰すわけにもいかないし。
冤罪掛けられて出奔するときはベリーニ辺境伯の領地に行ってみてもいいかも。
「私は父に付いて諸外国を周る予定ですわ」
そう言ったのはヴィヴィアナ様。ソルミ侯爵家は貿易事業を営んでいるそうだ。ヴィヴィアナ様は家を継ぐ予定はないそうだが、事業には興味があるって言っていた。
「私は王都にいます。学園に入った事で図書館の閲覧範囲が広がったのが嬉しくて。読書三昧の予定です」
テレーザ様は嬉しそうに言うが、眼鏡の度が進まないように気を付けてほしいものである。
「マリア様は……」
口ごもるヴィヴィアナ様に向かってセバスチアーナ様が首を横に振る。
マリア様は先生が教室を出るやいなや早々に帰って行ってしまった。挨拶も無かった。
他の子と約束があったとしても、挨拶位したっていいのにな。私たちの中の誰かを避けているんだろうか、六人しかいないクラスの女子のうちの一人をハブにしているように感じてしまう。
決してそんなつもりは無いんだけど。というか、避けられているのはこちら側なんだけど。
そんな事を考えていると、クラスのメガネ男子が私たちに声を掛けてきた。
「これは決して僕がそう言って回っている訳でも、そう思っている訳でもないという事を念頭に置いて聞いてほしいんだけれど」
「何でございましょう、クラッソ様」
視線を合わせようとしないクラッソ様に、私たちは一体どういう事だろうと顔を見合わせて首を傾げる。
「本当に僕が言っている訳じゃ無いからね?」
言い難い、言いたくない、けど言っておかないと――そう逡巡しているように見えるが、言いかけたならシャキシャキ喋って欲しい。うじうじされていると、首根っこ捕まえて「吐け―――っ!」と揺さぶりたくなるではないか、私の中の暴れん坊が暴れちゃうぞ。
隣を見ると、レナータ様は大人しくクラッソ様が口を開くのを待っている。淑女だ。セバスチアーナ様もゆったりと構えて待ちの姿勢なので、彼女は脳筋じゃないタイプの武闘派かもしれない。ヴィヴィアナ様もテレーザ様も彼を急かすことはしない。
さっさと言えや!と思っているのは私一人か――と思ったら、もう一人いた。
「ミケーレ様、さっきから何をウダウダ言ってるんですか。お嬢様の大事なお時間を無駄に浪費させないでいただきたい」
スピネルである。
クラッソ様の背後に立ち、彼の背中にどしどしと拳を当てながら言ってるけど、それ、大丈夫?クラッソ様はお貴族様だよ?
「もー、痛いなぁ、スピネル君。言うよ、言うから!」
あ、大丈夫そうだ。
ちょっと頬を膨らませてスピネルに文句を言っているけど、クラッソ様は別段怒っている様子ではない。男の子同士のじゃれ合いの範疇かもしれない。仲のいいお友達が出来て良かった。
「あのね、ファルナーゼ嬢やセレンハート嬢たちに、あまりよくない噂が立っているんだ。――クスバート嬢を仲間外れにしてクラスでの居場所を無くしてるって」
――はぁ?
「クスバート嬢がはっきりと言っている訳じゃ無いんだけど、クラスに居づらいとか、ファルナーゼ嬢たちにあまり良く思われていないかもしれないとか、そんな感じで他のクラスの男子に溢している……らしくて。――って、僕じゃないって言ってるのに、何すんの、スピネル君!」
「お嬢様がそんな事をなさるわけがないだろう!どうしてそんな噂を聞いた時点で否定してくださらないのかが分からない。ミケーレ様は、お嬢様がいじめをするような人間だと思ってらっしゃる?その認識の誤りを正すためにじっくりとお話しさせていただきたいんですが、私の時間は全てお嬢様のものでミケーレ様の為に割く訳にもいかない。ここは短時間で体に刻んでいただきたいのですが?」
クラッソ様の背中をどついていたスピネルは、今度は彼の脇腹にビシビシと手刀を突き入れている。手刀を右脇腹に受けているクラッソ様が少しずつ左に逃げていくと今度は左脇腹にスピネルの手刀が入れられる。
えーと、これはじゃれ合いの範疇でいいのか?一方的なんだけど。
「出たよー、スピネル君のお嬢様絶対主義」
外野からかかった声に、そんな認識をされているのかと驚愕で肌が粟立つ。おいおいスピネル君。君はお友達と何の話をしているんだね?こっちこそ、その辺りをじっくりとお話しさせていただきたいんですが?




