39 入学
中等部入学式の今日は、雲一つない晴天でまるで空が新入学生の私たちをお祝いしているかのようだと思う。
スピネルにそう言ったら、お嬢様は夢見がちですねと言われた。
いいじゃないか。せっかくの入学式だ。嵐が来るより晴れやかな天気の方が気分も上がる。
「仕立てたときにも拝見しましたが、制服が良くお似合いです」
私が拗ねたことを察したか、スピネルがお世辞を言ってきた。
いや、自分でも似合うとは思っているけど。
濃紺のロングワンピースには高い襟台と長い襟先をもつ真っ白な襟がつき、ワンピースと同色のボレロを重ねる。前身頃の縁には白糸で縫い取りが入っておりシンプルで清楚な制服だ。
「スピネルも似合ってる。格好いいよ」
世辞返しではない。素直な感想だ。
スピネルの制服は白シャツに濃灰色の細身のパンツ。黒いベストとジャケット。うん、格好いい。
「ありがとうございます。さあ、参りましょうか」
屋敷から学校まで馬車で15分くらいだそう。私としてはいっちゃんとそうちゃんに乗っていきたい気持ちで一杯なのだが、公爵令嬢として馬に乗って通学は有り得ない事だろうからぐっと我慢をする。
公爵家令嬢のくせに、公爵家の馬車に乗るのはこれで二度目。一度目は、あれだ、ほら、例のお茶会の時だった。
あの時はお母様と二人だったけれど、今日はスピネルと一緒。
入学式前にクラスで先生や級友たちと顔合わせして、今後の予定や注意事項などの説明があるので、保護者達はもっと後の時間に動くそうだ。
「お友達出来るかなぁ」
前世では友達はいっぱいいたけれど、今の私は屋敷の外にも出してもらえない箱入りぼっち娘だ。親戚でも年の近い女の子はいなかったので、学園生活に期待をしている。
貴族の令嬢って社交とか必要なんじゃないかなー。今度、お母様に聞いてみよう。
冤罪騒動に巻き込んでしまうのでは――と心配になる気持ちもあるが、ぼっち道を貫いた挙句に何もことは起こりませんでしたとなると、公爵家の今後に差し障る。
「私がいるじゃないですか」
安定のヤキモチスピネル。
「女の子のお友達も欲しい。スピネルも、私のことは気にせずにお友達一杯作ろうね」
「…………」
おい、お返事はどうした!
クラス分けは受験の成績順で、私とスピネルはAクラス。さすがの高スペック悪役令嬢だと自分でも思う。スピネルは素で賢い。前世の友人まっつんを彷彿させる賢さだ。
なんにせよ、同じクラスで良かった。前世の経験がある私と違って、スピネルは初めての学校だから私がフォローしてあげなくちゃ。
彼の色彩がこの国の民には無い独特なものなので奇異に映るのか、チラチラとこちらを見ているクラスメイトもいる。けど、あからさまに侮蔑の色を目に浮かべる人はいないようでホッとした。
スピネルは視線に気が付いているだろうに歯牙にもかけない様子だ。メンタル強い。
「注意事項は以上です。では、みなさん、これから一年間宜しくお願いします。入学式の為、講堂に移動します。廊下側の生徒から私の後に付いてきてください」
一年間のカリキュラムや校則、校内の設備の説明をしてくれた担任の先生は、40歳位の女性。きっちりとまとめた髪、タイトなスーツに近い落ち着いたドレス。縁の細い眼鏡をかけた厳しそうな先生である。
講堂へ向かう廊下で私はこれからの事を考えて、握りこぶしに力を入れる。
入学式での個人的注意事項として、生徒代表としてあいさつするであろう王子様とは目を合わせないというミッションが私には課せられているのだ。
前世で見たスチルは中等部ではなく高等部だったように思うし、私は王子様の婚約者じゃないんだから大丈夫な筈だけど、スチルで見た壇上の王子様と目を合わせてしまって、もしも微笑まれたりした日にはフラグが立ってしまうかもしれないじゃないか。
いや、大丈夫、大丈夫。
乙女ゲームが始まる時期までまだ間がある。何も起こらない――きっと、たぶん。起こらないんじゃないかな、起こらないといいな。
「私が傍に居ますから大丈夫です」
緊張感を漂わせた私を心配してくれたスピネルが、小さな声で耳打ちしてくれる。
「うん、ありがとう。頼りにしてる」
そう意気込み臨んだ入学式だったが、拍子抜けするくらい私には何もなかった。
学園長の有難くも退屈な長い長いご挨拶、来賓の方々のこれまた長いお話のあと在校生代表で王子様の歓迎のお言葉。
王子様はキラキラ笑顔で新入生を歓迎してくれたが、私と目が合うこともなく挨拶が終わろうとしていた。
「皆さんと同じ学び舎で過ごせることを嬉しく思います。どうぞ、先生方や先輩方と交流を持ち学園にいる間にしかできない経験をたくさん重ねて将来の礎にしていただきたく――」
そこで一瞬だけ言葉に詰まった王子様は、ほんの少し眉を寄せてから何事も無かったかのように結びの言葉を口にし、軽く一礼して壇上から去っていった。
先生方も生徒たち、来賓の方々や保護者達も何があったのだろうかと訝しみざわつきが空間を満たしたものの、新入生代表の生徒が壇上に上った為にすぐにそれは静まり、何事も無かったかのように式は進行していった。
「新入生の中に見たくない顔でも見たかのようですね」
帰りの馬車の中でスピネルが言う。
「もしかしたら運命の乙女がいたのかも?」
悲しいかな、私は乙女ゲームの知識が無いので出会いやらイベントやらがさっぱり分からない。
「そんな雰囲気じゃなかったですよ。流石に王族の方だけあって表情を取り繕うのはお見事でしたけれど、一瞬漏れた感情は嫌悪とか恨みとかそんな感じに思えました」
「そうなのかな?驚いたのは分かったけど」
なんにせよ私の目標は変わらない。
逃げる準備を十全にしながらも、公爵家の令嬢としての将来も見据える。
学園は小さな社交界だという。知己を増やし縁を繋ぎ、公爵家の為に成すべきことを為すのだ。
 




