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36 令嬢はお金を稼ぎたい

「どうやったらお金を稼げるかなぁ」


 魔術の勉強が終わり、自室でお茶を飲んでいる時に小さく零した言葉。独り言だけどスピネルがそれを聞き逃すことはなく、斜め後ろに立っていたはずの彼は私の真横に来ると眉間に皺を寄せた顔を近づけて、わざとらしくため息をついた。


「お嬢様、公爵様や奥方様におねだりできないような何かをご所望ですか?誕生日プレゼントとして要望を出して断られた”火竜の骨からできた剣”ですとか、庭を好みに作り替えたいと欲しがっていた”マンドラゴラ”ですとか、いずれ必要となった時の為にと作ろうとしていた”冒険者らしい服”ですとか――?」


 どれも却下された覚えのあるラインナップだ。


 火竜の剣はロマンだし、マンドラゴラは屋敷の図書室で読んだ本にエリクサーの素材になるとあったから興味を持っただけだし、出奔したら手っ取り早く冒険者になって稼ごうと思っているからドレスじゃなくて機能的な服が欲しかっただけだし。


 いや、今はそんな話じゃなくて。


「違うし。いつか出奔するときの為にお金を稼ぐ手段を得たいって話で、いま欲しいものがある訳じゃ無いし」


 火竜の剣とか、今も欲しいけどね。

 冒険者になるにも、この近辺じゃダメだろう。外国に逃げるにも先立つものが必要だ。


「……出奔?」


「うん。だって、王子様ってば、まだ婚約者を決めていないでしょ?来月にはもう学園の中等部に入学するんだよ?ファルナーゼ家に婚約の申し込みがあったわけじゃないけど、もしもっ、万が一の事だけどっ、入学して私の美しさに王子様は惚れこんじゃって婚約の話なんかが来ちゃった日には、待つのは死亡フラグ……かもしれない。冤罪をかけられそうになったら逃げるしかない!」


 死んでから冤罪が晴れたってどうしようもない。


 王子様の前で失神した悪夢のお茶会から3年近くたっているけど、王子様はまだ婚約者を決めていない。そして、会う機会も無いまますごしたこの年月で、私の美しさにはさらに磨きがかかった。流石に乙女ゲームの悪役令嬢だ。


 悪役令嬢ってのは、容姿才能家格ともに群を抜いていなければいけないとは、前世の友人であるまっつんから聞いた話だ。

 登山家は高い山を制覇してこそ讃えられる。勇者は他の誰にも倒せないほどの魔王を倒すからその名を馳せる。


 つまり、悪役令嬢がショボいとヒロインの価値が下がる……らしい。ヒロインの為に悪役令嬢は高スペック必須なんだそう。


 ヒロインちゃんはそびえ立つ高い障壁のごとき悪役令嬢を倒してこそ!だという。あ、倒すと言っても物理じゃなく。……いっそ物理で来てくれるんなら返り討ちにしてやるんだけど。いやいやいや、王子様と結婚したいわけじゃないから倒しちゃダメなのか?


 処刑と王子様との結婚だったら、後者の方がまだマシではあるが出来るだけ避けたい。


 私は万が一を考えて婚約者探しをしていないけどさー。王子様は王族なんだからさっさと婚約者を決めてほしい。私以外の誰かで。


「確かにお嬢様はお美しいです」

「ありがとー」

「……はい。ですが、本性である暴れん坊お嬢様を前面に出せば、王家からの縁談は雲を霞と消え去るかと」


 そんなに駄目か、暴れん坊お嬢様は。


「私は大好きですよ、暴れん坊お嬢様も」

「……」


 一年前くらいから、スピネルは一人称を”私”に改めている。

 立ち居振る舞いは元々落ち着いていたけど、最近は随分と大人びたように思う。けど、体の成長は止まっている。まだまだ成長がストップするような年じゃないけど、彼はどうやら不思議君であるようで、身体的成長を自分で止めたようなのだ。


 あれは、王子様来襲のちょっと後の事だった。初等部に入学するかどうかの話をした9歳辺りにスピネルに私が尋ねたことが発端なので、彼の不思議君っぷりを引き出したのは私だと言えるかもしれない。


 その時の会話がこうだ。


 ◇◇◇ 


「ねー、スピネル」

「何ですか、お嬢様」


 マナーレッスンの後、ヨレヨレになった私がだらしなくソファに横になっているけれど、スピネルはそれをスルーしてくれている。

 剣術や魔術の勉強ではそんなことはないのだけれど、マナーレッスンは私にとって鬼門だ。

 出来ない訳ではない。

 優秀な脳は見聞きしたことを一度で覚えるし、脳みそが優秀だからだろうか体へ指令を出すのが上手くて、出された指令に見事に応える肉体も天晴れってなもんだ。


 だがしかし、意欲がない。


 必要だという事は分かっていても、心のどこかで「出奔したらこんなの役に立たないし」と思っている自分がいる。


 教わった事を教わった通りにこなして先生にも褒められているのだけれど、精神的疲労は大きい。これは前世のド庶民生活を覚えている弊害かもしれない。


 でも、いいこともある。

 前世では剣道が一番好きだったんだけど、才はあまりなかった。向いていたのは空手で、こっちは大会で結構いいとこまでいってた。

 だが今は、この高スペックな身体能力と脳みそのおかげで剣術は筋がいいと言われているし、実際に前世とは比べ物にならない位に腕が立つと思ってる。死亡フラグさえなければ、悪役令嬢万歳と叫び出したいくらいだ。


「初めて会った時、同じ年くらいかもうちょい下かなーと思って、スピネルの年を私のいっこ下に決めたじゃない?」

「そうですね」


 私が8歳の時にスピネルを7歳にした。最初は小さく見えていたから。弟のように思ってもいた。


「今のスピネルが8歳って無理があるよねー」


 一年でぐんぐん大きくなったのだ、コイツは。今の外見では、どう見ても彼の方がお兄さんに見える。


「そうでしょうか?」

「うん。やっぱりあの時は栄養不足とか衰弱していたとかで年より下に見えてたんだろうと思う。今は私よりも二つ三つ上に見える」


 そう言うと、スピネルは嬉しそうに笑った。年上に見られたいなんて、背伸びしたいお年頃か?記憶喪失なんだから、実際の年齢は分からないけど。


「お父様ともお話ししたんだけど、スピネル、来年から中等部に行かない?今を11才って事にして」

「行きません」


 おおぅ、速攻でお断りされちゃったよ。


「僕はお嬢様のお傍付きですから」

「んー。スピネルはさ、私と一緒に家庭教師の先生に教わってるでしょ?先生方が、もっと高度な勉強をさせた方がいい。このままじゃ勿体ないって言ってて、お父様とお母様も才能があるなら伸ばすべきって考えてて」

「僕はお嬢様のお傍におります」


 頑固な奴め。私が悪役令嬢として高スペックだというのに、スピネルは勉強も魔術も剣術も私に負けてない。もっと勉強すれば、将来の選択肢が広がるというのに、拾われた恩なのか初めての友達に固執しているからなのか、私の傍に居たがる。ま、お仕事でもあるんだけど。


「行くのならお嬢様と一緒に行きます」

「いや、それが無理っぽいから年の話をしたんだけど」


 このころの2~3歳差って大きいから。私とスピネルが同じ年って言うのは無理があるよー。そう言うとスピネルは得心したのか頷いてくれた。


「じゃ、そういう事で、スピネルは来年……」

「お嬢様が中等部に入る時まで、成長を止めておきます」


「……はい?」

「今はお嬢様の二つか三つ年嵩にみえるんですよね?なら、お嬢様の入学まで成長を止めておけば、ちょうど同じ年くらいに見えるはずです」


 いやいやいや、成長ってのは止めたり進めたりを勝手に出来るものじゃなくて。


 説得しようにもスピネルが頑固過ぎて投げたら。


 有言実行の彼は、本当に成長を止めてしまったのだ。


 ――なに、この不思議君。


 スピネルは謎な男の子である。




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