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31 往訪

「ファルナーゼ令嬢の体調は大分戻られているようです。殿下のお申し出であるお見舞いの約定を取り付けて参りました」


 ファルナーゼ家へ出した使者であるダンフォースは、何故か笑いをこらえるような顔で報告をしてきた。

 ダンフォースは壮年といってよい年ごろで、私が幼い頃から何くれと面倒を見てきてくれた男だ。思惑を勘ぐることも裏を読むことも必要としない、信を置けるダンフォースに前回では公私ともに頼る事があったし、それは今回もそうだ。


「ありがとう。――だが、その顔は何だ?」

「いやー、あのお嬢様は面白い方ですな。箱入りの公爵令嬢様でいらっしゃるのに」


 私の質問には答えず、ダンフォースは更にニヤニヤ笑いを深めた。

 面白い?あの小淑女であったシシィに与えられる評価としては有り得ない言葉だ。


 だが、ここでそれを指摘する訳にはいかない。私はまだ彼女を知らない筈なのだから。なので


「それは会うのが楽しみだ」


 と言うに留めた。


「殿下はファルナーゼのご令嬢がお気に召しましたか?先日の茶会では側近候補は選ばれたのに、婚約者候補は一人も選定なさらなかったとか」


 側近候補は茶会の前からすでに選出されており、あの時は顔合わせだけの意味しかなかった。派閥問題や後ろ盾となり得るかどうか、本人の資質などを王家と議会とで談合済みだったのだ。


 それに対し、婚約者候補は私の意思をある程度尊重されることになっている。一生を共にし、互いに協力をして国を守っていく立場なのだから、恋情はなくとも好ましく思える相手であることが良いとされる。集められた令嬢は家格や資質的には合格しているのだから、後は私との相性が大事だという事なのだろう。


 前回は婚約者候補として私が選んだのはシシィだけだった。他に数人が選出されたがそこに私の意思は入っておらず、王子妃候補としての教育を皆に科したのち私が14才の時に正式に婚約者となったのはやはりシシィだったのだ。


「気に入るも入らないも無いよ。私はまだ彼女と対面していない。婚約者候補を選ばなかったのは、議会が推薦する令嬢たち全てと会った後にするといっただけだ」


「さようですかぁ。私はファルナーゼのご令嬢を好意的に見ましたが、この一年で二度も人事不省に陥っているところを見ますと重責に耐えられるお体ではないかもしれませんね」


 家格や資質も大事だが、王子妃のちの王妃としての責務に耐えられないような病弱さを持っていてはまず選ばれない。ダンフォースはそう言うが、シシィに持病は無い筈だ。蒲柳の質だったわけでもない。


「そうかもしれないね。でも、まずは会ってからだよ」



  ◇◇◇


「お初にお目にかかります。シシィ・ファルナーゼにございます。先だってのお茶会ではお招きいただきましたのに不調法を致しまして、誠に申し訳なく存じます。本日はご多忙であらせられる殿下が見舞いに足を運んでくださいましたこと、この上なく光栄に存じます」


 見舞いという事で形式ばる必要はないと前もって通達はしていたが、さすがにベッドの上にいる令嬢を見舞うような真似はさせられないと思ったのだろう。ゆったりとしていて締め付けない服ではあるが、部屋着よりは一段階上のドレスを着たシシィが応接間で待っていた私に挨拶をした。


 私の覚えている小淑女の姿だ。


 ダンフォースは彼女の何を見て「面白い」と言ったのだろう。


「初めまして、ファルナーゼ嬢。私はアルナルド。お茶会で倒れたので心配になり訪問させていただいた。もう、回復されたのかな?」


 挨拶を済ませてソファに腰かけ、シシィにも座るように勧める。ファルナーゼ家でのやり取りではあるが、こちらは王族だから訪問した側であるのに屋敷の住人に座る許可を出さなければならない。


「ありがとうございます」


 シシィが腰かけた後、メイドがお茶を淹れて出て行く。

 幼いとはいえ男女を一つ部屋に置いて出て行くのは――と思っていたら、シシィの後ろに少年が一人控えていた。褐色の肌と銀髪・赤目の少年は私と同じか一つ二つ上だろうか。

 前回の生では会った覚えがない。

 無表情ではあるが、その目に宿っているのは敵意?少なくとも好意的な雰囲気はない。初対面の筈だがどういうことだろう。


 少し気にはなったが、対面したシシィに視線を移す。


 ――シシィだ。


 生きている。


 すまなかった。私が君を信じられずに苦しい思いをさせた。謝って済むことではないし、君があのときの事を覚えているかも分からないが、もう間違えないと誓う。


 彼女の表情に多少の緊張はあるものの、それは王子である私に訪問された令嬢として違和感を覚える程のものではない。小淑女らしく、その面は平静に見える。


 もし、彼女が前回の記憶を持っているとしたらこのように平然としていられるだろうか。

 もしも私だとしたら、自分を殺した相手と対峙したときに身の内から零れる感情は「恐怖」或いは「怒り」だと思う。それが見えないという事は、彼女に前回の記憶は無い?


「顔色は良いですね。本日のお加減はどうですか?」


「ありがとうございます、今は大分回復しております。ですが、この一年で二回ほど人事不省に陥りまして原因も分からずおりますの。ですから、家人に心配をかけないよう家の中で大人しく過ごしておりますわ」


 これは牽制だろうか。体に心配があるので婚約者候補にはなり得ないと言っている?


「そうなのですか、原因が分からないというのは心配ですね」


「私自身より両親や屋敷の者に気遣いさせることが辛く存じます。この先もまたあのように倒れたりしないようにしたいとは思っておりますが、切っ掛けも前触れもなく起こりましたので無いとは言えないと思うと……」


「切っ掛けに思い当たるところはないのですか?」


「ええ、全く」


 一年前に倒れたのは巻き戻りのせいなのではないだろうか。

 お茶会では私を見たことが引き金になっているのではないか。


 前回の記憶があるかどうかも分からないこの状況で、私はどう動くのが正解なのだろう。




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