24 お茶会 2
「お母様、このお茶、とっても美味しい!」
サーブされたお茶を一口飲んで驚いた。
初めて飲む味だ。
バニラのような甘い香りと果物が何種類か、それと薔薇の香り。果物は桃とオレンジと苺かな。もっと入っているかも。香りだけでうっとりするほどなのに、舌を転がる甘みとほんの少しの苦み、飲みこんだ後に口に残る清涼感は、ただ単に美味しいというだけでなく得も言われぬ快感をもたらした。
「王妃様のお好みでブレンドしたお茶なのよ。ここでしか味わえないわ」
おお、それは素晴らしい!このお茶だけでもガーデンパーティに参加した意味がある。
うっとりと香りを楽しんでいると王宮のメイドさんが、後二種類の茶葉をご用意しておりますので宜しければお試しくださいと言ってくれた。よし、三種制覇しよう。
ほんの少し青みの乗った白いお皿にはお菓子が上品に盛られている。食べてもいいんだよね?とお母様を見ると、苦笑しながらも頷いてくれた。
はやる心を抑えてお上品に手を伸ばし、焼き菓子を一枚つまむ。
口元に持ってきた時点ですでにもう芳醇なバターの香りにノックダウン寸前だ。食べる前から分かる、これ美味いヤツ。
一口齧ると、焼き菓子は香りを裏切らずに超美味しくて、ジタバタ踊りそうになる自分を抑えるのに苦労した。ほろりと溶けて口中に甘みと香りが広がって、飲み込むのが勿体ないのにすっと消えていってしまう。
「とても美味しいですわね」
「ええ、本当に。お茶もお菓子もとても素敵」
「素敵なお茶会ですわ。あちらの薔薇も美しくてうっとりします」
「奥のトピアリーは後で見せてもらえるのかしら?とても楽しそうです」
同じテーブルにいた女の子たちとうんうん頷きながらお茶とお菓子を楽しんでいると、隣のテーブルの親娘が立ち上がって王妃様の方へと向かって行った。
なんだろね?
お母様に訊ねると、王妃様へのご挨拶だという。
おお、そうか。お招きありがとうございます。とても素敵なお茶会です。ってお礼をいう訳だね。お礼を言ったらまた食べてもいい?おちゃは三種類制覇の予定だからね?
「第一王子殿下にもご挨拶できるのですよね」
私の向かいに座っている子からは王子様が見えるらしく、ちょっと頬を染めてチラチラと視線を送っていた。ほうほう、お嫁さんになりたい子なんだね。
「素敵ですよね、殿下」
わたしの斜め右側に座っている子からはちょっと無理しないと王子様が見えないらしく、体の向きや椅子の位置を変えつつ、気持ちが私の背後のテーブルに向かっているのが分かる。
王子様、人気者か。そりゃそうか、王子様だもん。
ご挨拶は爵位の高い順だそうで、うちの番はすぐに回ってきてしまった。公爵家のうちお茶会デビューの年頃の子息子女がいるお家は二家。だけど、他国から来ているお客様もいらっしゃるそうで、先ずはそちらがご挨拶をしたらしい。
まだ、お菓子もお茶も堪能不足だから他の方お先にどうぞ――と言おうとしたらお母様の肘が私の脇腹に入った。
痛くはなかったけど、ごふっという声が漏れてしまい同じテーブルのご令嬢方から怪訝な目で見られてしまったので、笑顔で誤魔化しておく。
まだ、何も言っていないのになぜ分かった。さすがお母様。
仕方ない、さくっとご挨拶をしてまたテーブルに戻って来よう。
お茶とお菓子に思いを馳せてるんたったしていたらお母様に「淑女らしく」と窘められた。
失敗失敗、テヘペロ。と誤魔化そうとしたら、更に叱られた。お小言中も笑顔をキープしているお母様は凄い。私も淑女としてそのスキルをゲットせねば。……いつかは。
お母様と一緒に王妃様のいらっしゃるテーブルに足を進めていく。
王妃様はお母様と1歳違いで昔から親しくしていたんだそう。
「おおらかで優しい方だけど、粗相の無いようにね」
心配げに言うお母様。信頼が無いのが辛い。これでも、マナーの勉強はしっかりしているのでご安心を!
「第一王子殿下にもしっかりご挨拶を」
「はい、お母様」
そうそう、王子様もいらしたんだ。私の一歳上の10歳だそうだけど、さすが王族だけあって佇まいにキラキラオーラがあるね。
ん?
どこかで会った事ありませんか?
なんとなーく見覚えがあるような気がするんだけど。
記憶喪失だからねぇ。両親や屋敷の使用人すら覚えていなかったから、王子様に会った事があっても覚えていない筈。
それに、もしも会った事……いや、お目にかかった事って言わなきゃいけないかな?がもしあるんなら、お父様やお母様がお茶会の前に教えてくれているだろう。
でも、どっかで……。
ツキンと頭の奥の方が痛んだ。
「シシィ、どうしたの?」
――ま、いわゆるドアマットヒロインだね
――シシィが悪役令嬢
――初めての出会いはお茶会で
――冤罪が晴れるころにはシシィは処刑されてるから
――シシィが悪役令嬢やるのは、王子かシシィの義兄のフィデリオを攻略しようとした時
「誰か!申し訳ありませんが手をお貸しくださいませ。娘が……」
ねぇ、まっつん。私、どうしたらいい?なんかさー、悪役令嬢みたいなんだけど?獅子井……じゃなくてシシィ。ほら、まっつんに頼まれてチュートリアルだけやった乙女ゲームの。
まっつんに見せてもらったスチルのまんまの王子様が目の前にいるよ。
お母様が私を呼ぶ声がどんどん遠くなっていく。足元が急にスポンジのように柔らかくなってしまって立っているのも困難だ。
視界がどんどん暗くなっていく。
助けてまっつん!!
 




