21 剣術訓練と子熊のミーシャ
大熊先生がなかなか来ないので、剣術の自主練は二カ月ほど続いた。
最初は見学だったスピネルも私と一緒に走り込みや素振りを始めて、私が作った打ち込み台相手に打ち込みの稽古までするようになった。
もちろん、使っているのは私が自作したビワ材の木刀だ。お揃いって友達らしさが滲み出ていてイイ。ふふふふふ。
私も、コツコツと鍛錬した結果、正面前後素振りを300回続けられるほどに成長したのだ。
これも、筋肉痛を毎日治してくれたアーノルドのおかげ。感謝感謝。
もう、筋肉痛は無いよ!たまに擦り傷とか作ってメイドのジェシーに泣かれることはあるけど。
そして、それもアーノルドが治してくれる。いやいや、擦り傷くらいツバつけときゃ治るよ――って言ったら、この世の終わりのような顔をされた。ジェシーとアーノルド両名に。
そして、やってきました、大熊先生と子熊ちゃん。
「お嬢、この腕輪を付けて訓練だ」
大熊先生から渡されたのは華奢な銀色のシンプルな腕輪。
「これ付けたままですか?」
腕を振る度に動いて邪魔になりそうだ。
「付ければ自動的に手首サイズになるから邪魔にはならんよ」
なんでもこの腕輪は魔術道具で、付けていれば訓練中に怪我を負う事はほぼなくなるという。
もちろん、メチャクチャ強い相手には効かないし魔法攻撃には対応していないとの事だけれど、怪我をするたびにジェシーに泣かれるのもアーノルドの手を煩わせるのもどうにかしたいと思っていた私には嬉しい道具だ。ありがとう、大熊先生!
「ただし、痛みはあるぞ?痛みが無いからと無茶をしては身につかん」
結構結構。実際に戦闘をした時に痛みで怖気づかないように耐性も欲しいし痛みがあるのは問題なし。むしろ大歓迎だ。――いや、別に痛いのが好きとかじゃないよ?
訓練が始まるまでに時間がかかったのは、この腕輪の作成の為だったそうだ。男の子なら多少の怪我は問題ないけれど、女の子である私に万が一にも残るけがをさせる訳にはいかないからと言われ、見た目が熊な先生の細やかな心遣いに頭が下がった。
お父様、素晴らしい先生を付けてくれてありがとう!
「先生、ご配慮ありがとうございます。ご厚情に感謝して、全力で訓練に取り込むことを誓います」
ずっと自主練していたと伝えると先ずはそれを見せてくれと言われ、素振りと打ち込みを見せたら子熊ちゃんが鼻で笑いやがった。
「女が考える鍛錬なんてこんなもんだ」
ぷーくすくすと笑う子熊ちゃんはどれほどのモンだってーの。
「まぁ、それでは貴方はさぞ実力がおありになるのでしょうね」
「お前に比べりゃ誰だってそうだろうよ」
素振りを見ただけでお前の実力は把握したぞ!とでもいうつもりか。達人になればそういう事もあるだろうけど、お前だってまだ子供だぞ。私より一つか二つしか上じゃないだろうに、どうしてそこまで驕れるのか。父親と祖父の高名さで自分の実力を勘違いしていやしないか。
「では、是非その実力を身をもって知りとうございますわ」
スピネルがビックリ眼で私の顔を凝視しているけど、出来るんだよ、お嬢様言葉。普段使わないだけで、私は実はお嬢様なんだからさー。親しくない相手、対立する相手に素で対応するほどおバカじゃないの。ちゃーんと仮面を被って受け答えするのは基本なんだぞっと。
「はっ。俺、弱い者いじめ嫌いなんだよなー」
「ふふふっ。逃げの口上としては少々陳腐ではございませんこと?」
「はぁ!?俺が逃げる訳ないだろう、お前みたいな昨日今日剣を持った女なんかに」
「先生。この腕輪の試しも兼ねてお孫様との模擬戦をお許しいただけませんか?」
「許そう」
は?あ、いや、私が願ったことだけどいいの?まだ先生に素振りを見せただけの私と、おそらく幼少のころから剣の鍛錬をしていた子熊ちゃんとの対戦だよ?
うん、先生がいいならいいか。
「お許しが出ましたわ、ミーシャ」
「は?誰がミーシャだよっ」
だって名乗られていないから名前知らないし。
「子熊はミーシャと決まっています。ああ、それともテディのほうが宜しいかしら?」
「何、訳の分からねーことを言ってるっ。俺はレオナルドだ!。――よし、お前が痛い目に会いたいってなら相手をしてやろうじゃねえか」
「侮った女に負けて泣かないで下さいませね、ミーシャ」
「レオナルドだって言ってんだろっ!?後、負けるのはお前だ!」
いや、だって君、レオじゃなく子熊ちゃんだし。子熊ならミーシャだし。
「そんな些細な事で激昂していては剣先が鈍りますわよ」
「些細じゃねーっ!よし、お前が負けたら俺の事をちゃんと”レオナルド様”って呼べ!」
「ええ、分かりましたわ。では、私が勝った暁には私のことをシシィお嬢様と呼んでいただくことに致しましょう。それと、私の下僕となりここに訓練に来るときは手足となって動きなさい。そして、女性を見下す態度を改め私に謝罪を。あと――」
「ちょっと待て!名前呼びと下僕とじゃ対価の大きさが違いするだろ!?」
慌てたように子熊ちゃんが言ったが、私はそれを持ってたんだよ。
にっこりと笑って右手の人差し指を顎に当て、まぁ驚いたとでも言うように首を傾げて見せる。
「勝つ自信がおありにならないのね?、あれだけ私を見下しておいて、負けたときの事を考えるなんて思いもしませんでしたわ」
ことさらに目を見開いて大袈裟に言うと、子熊ちゃんはぐっと唸って顔を真っ赤にした。ふっ。この位の年の頃はね、男の方が子供なんだよ。女に勝てると思うなよ?
私の掌の上でコロコロと転がされた子熊ちゃんはもちろん
「もし負けたら下僕でも何でもなってやろうじゃねーかっ、俺が負けるなんてあり得ねーんだからなっ」
私を指さして叫ぶように宣言した。
ちょろい。大丈夫か、この子。それと、私、やり過ぎた?子熊ちゃんはこれから私に剣を教えてくれる大熊先生の孫なのにちょーっと嬲り過ぎてないか。
大熊先生の方に視線をやると、先生は楽しそうに笑っていた。そっか、いいのか。なら良しとする。
「お嬢様、とても生き生きとしてますねぇ。驚きましたが、お嬢様の新たな一面を見れて嬉しいです。まさか暴れん坊お嬢様にこんな謀略を巡らす強かさがあるとは思いませんでした」
スピネルが私をどう思っているか分かったよ。何だ、暴れん坊お嬢様って!!こちとら正真正銘のお嬢様なのだぞ!
 




