117 破門 3
「お父様、お母様、私は教会から破門されたんですよね?」
なのになぜ召喚状がやってくる。そもそも破門の前に召喚して対話をするのが筋じゃなかろうか。
「されたなぁ」
「されたわねぇ」
娘が教会から破門されたというのに、呑気な両親である。夕食後のティータイムに相応しくない話題ではあるが、いくら腹が満ちて寛大な気持ちになれる頃合いだといっても、もう少し緊張感とかないんだろうか。
「まあ、頭を下げて許しを乞えば破門は撤回してやるから聖女になれってことだろう、うん」
「馬鹿なのかしら」
「馬鹿なんだろうな」
私とスピネルはともかく、お父様もお母様も破門に関して痛痒を感じていないのが不思議だ。この国で生まれ育ち、生きていくうえで教会が生活に密着していることは間違いないのに。
私の思う事などお見通しだと言わんばかりに、お父様とお母様が私を見てにっこり笑い、言う。
「私たちは知っている。私たちの可愛いシシィが幼い頃からどれだけの思いをして自分を鍛え、死の運命を回避しようと努力していたかを」
「ええ、知っているわ。私たちの可愛いシシィは教会に破門される所以などないという事を。自分たちの都合で貴女を否定する教会なら、私たちが尊重する価値はないわ」
私の破門に根拠がない事は私に近しい人はみな知っていてくれている。けれど、問題はそこではなく。
「私のことをお父様とお母様が理解してくれていて、認めてくれているのは私も知っています。破門される筋合いは無いと私も思いますし、そんな教会を敬う気持ちもありません。ですが、問題は私がどんな人間か、教会が理不尽かではなく、破門と言う事実そのものです。破門された私がいるだけでファルナーゼ家は窮地に立たされるのでは……」
信徒との交わりを禁ず。
破門された私をこの家に置くことで教義に外れるとし、両親やその周囲の人間まで破門対象だといちゃもんを付けてくるだろう。
「我が家を敵に回して教会が立ちゆくと思うほどの馬鹿ならば、勝手に窮地に陥ればいい」
え、いや、我が家が窮地にって話じゃなくて?
「ファルナーゼ公爵家とその一門からの献金が無い状態でどうやって運営するのか、見物ですわね」
「王家も表立ってシシィを庇うことは難しいが、神託が降りた後のシシィの振舞いや聖女扱いされてもそれを否定していた事を証左として、教会に抗議してくださるそうだ。シシィを破門するに至った経緯や証拠を文書にて提出させると言っていた」
「当代の教皇は教会を私物化していますし、目に余る振舞いも多々あったのですもの。王家としても少々叩いておこうと思うでしょうね。もちろん、私もバザーの協力や食料や衣類の寄付は差し控えますわ。なにせ、娘が破門されたのですもの。身を慎むべきでしょう?」
なるほど。
教会は基本的に献金で運営している組織だ。ファルナーゼ家からの金が途絶えるだけでも痛手だろうが、その一門が右習えとばかりに教会と距離を取れば、資金難に陥ることは間違いないだろう。
ファルナーゼ一門以外にも、我が家の派閥である貴族が同調したら目も当てられないほどに困窮するのではないだろうか。
さらに追い打ちのように王家からの抗議。
無理矢理にでっち上げた罪科を正式文書にして提出となると、教会も頭を悩ませることだろう。
……私の”迷惑をかけないように家を出よう”という覚悟は無駄だった?私のお父様とお母様が頼もしすぎる。
「そういう事で、家の心配はいらないよ、シシィ」
教会の事を揶揄していたときはちょっと悪い顔になっていたお父様が、真剣な顔で私の顔を覗きこむようにして言った。
「あなたの思うようになさい」
教会をこきおろしていた時の、如何にも傲慢な貴族といった風情を払拭し、慈母の笑みを浮かべたお母様が言う。
「シシィの事だから、家に不都合な影響を及ぼす前に出奔しようかと考えていたんだろう?」
「家の庇護から飛び出して一人で生きていけるように、昔から努力をしていたことは知っていますよ」
「お父様、お母様……」
二人とも、私が家を出ようとしていた事を話さなくても理解していたんだ。
「教会からの召喚、結構じゃないか。シシィの好きなようにしてきなさい。世界は広い。シシィにはこの家もこの国も鳥籠のようなものだっただろう」
「教会が破門を撤回すれば、また、あなたを聖女と崇めたり頼ったりする者たちが出るでしょう。この先ずっと不自由な生活を強いるつもりは無いわ。スピネルも一緒に行くのでしょう?」
「はい、お任せください。私はずっとシシィと共にあります」
私と両親との会話を黙って聞いていたスピネルが、初めて口を開いた。
「傷一つ付けずに守ることを誓います」
「……まだ、嫁入り前だからな?傷一つという事はそういう意味も含まれているんだろうな?」
いやん。そういう意味ってどういう事?なんて純情ぶりっ子は出来ません。その方が恥ずかしいから。
「家の事は心配要らない。シシィがいつ戻って来ても問題ないように万事整えておくから心配するな」
「後継の事は私たちがどうにでもするから、貴女は思うように生きなさい。ただ、幸せになることを約束してね?」
「……はい、お父様、お母様」
うう、目から水が出てきた。
お父様とお母様の娘に生まれて、もうそれだけで幸せだ。それなのに、私を唯一と定めてくれたスピネルがずっと傍に居てくれる。レナやセバスチアーナ様達のような素敵で大事な友達もいる。
死亡フラグやその他諸々、大変な事もあったけど幸せ者だ、私。
破門されれば貴族令嬢としてどころか庶民としてでも生活は出来ない。破門を撤回されたとしたら、私はこの国では聖女としての振舞いを求められる。そんなんじゃないのにと言っても誰も聞いてはくれないだろう。そして、私は教会の思う通りに聖女をする気なんてさらさらない。
そんな不自由な選択しかない私を。
お父様とお母様は、軛から私を解き放って下さる。




