100 公爵令嬢は見られた! 2
「ま、アレキサンドエスはどうでもいいのよ」
どうでもいいのにそんなに文句を言ったんかーい。
「昨日、私見たんだから」
「はい?」
え?昨日?
まさか、誘拐を見られた!?
私はいいよ。もしも傷物だって噂流されても、そんなこと屁とも思わないスピネルっていう婚約者がいるし、実際に何もされていない事を私も彼も分かってる。
でも、ヴィヴィアナ様は。
王子さまが婚約者を選ぶのを18歳にしている為に、私たちの世代は婚約者を決めていない事が多い。侯爵令嬢であるヴィヴィアナ様は十分に王子妃を狙える家格なので、彼女の家もヴィヴィアナ様の相手を定めていない。
そんなご令嬢が誘拐されたという噂でも流れた日には、王子妃どころか相手が見つかるかどうかも分からない。おかしいよね、被害者なのに。でも、その不条理がまかり通っているのが貴族社会だ。
今日はヴィヴィアナ様がお休みしているので、それもちょっと心配。スピネルに言わせれば、誘拐され救助された翌日に学園に来る私も、それを認めるお父様とお母様も規格外だというので、ヴィヴィアナ様の休みもおかしい事ではないらしい。
マリア様は、ドエス先生と違って心を折って他言無用を誓わせるのが難しい相手だ。
なぜなら、彼女の思考回路は通常の貴族令嬢ではなくイカレているから、情理を説いても公爵であり宰相である父が言い含めようとしても、その場でわかったような顔をして翌日には口に立てられた戸は行方不明になっているだろう。
さて、どうしたもんか。そんな事を考えていたら、マリア様が想定外の文句を言いだした。
「前に言ったよね?マティアーシュ様に近づくなって!なんでアンタがマティアーシュ様と仲良く歩いてんのよ!」
ん?見たというのは誘拐の事ではない?
「昨日、そこの記憶喪失男と、何でか知らないけどヴィヴィアナと、馬二頭と!一緒に歩いてたでしょ!?アンタは記憶喪失男と婚約しているってことは、マティアーシュ様とヴィヴィアナをくっつけるつもり!?何それ私に嫌がらせ!?」
マリア様がマティアーシュと呼んでいる人は、スピネルという名前で今も私の隣にいる訳だが。
(私の兄を見て勘違いしたようだ)
スピネルが私の耳元で囁く。うん。ちょっとぞくっとするから耳元で話すのはやめようか。そして身震いした私を見て喜ぶのも止めてくれ。
でも、そうかー、スピネルのお兄さんをマティアーシュだと思ったわけか。確かに似ているけど、見間違えるほどじゃないと思う。それにヴィヴィアナ様に男の人を紹介する訳ないじゃん。ヴィヴィアナ様に限らないけど、貴族令嬢の婚約は家の名で行われるもんだ。本人の気持ちを考慮するかどうかは家それぞれの考え方次第だろうけど。
その点でいうと、公爵家でありながら私の両親は政略関係なしに私を想ってくれているスピネルと婚約させてくれたんだからすごい。死亡フラグの事があったから王子さまは対象外としても、外交をほぼ行っていない竜王国の第二王子よりも国内や隣国あたりから家や国の益になる相手を見繕ってもおかしくなかっただろうに。
「私はね、五人全部攻略して力を得てマティアーシュ様を救うことになってんの!だから今回は狙えないだけだっていうのに、何で私のマティアーシュ様に女が寄ってんのよっ!しかもっ、アルナルドもフィデリオも狙えない上にアレキサンドエスがあんな風になっちゃって、シナリオから外れてるしっ。後はショタしかいないじゃないっ。全部アンタのせいよっ。ふんっ」
言い掛かりというか八つ当たりというか、言いたい事を言ってマリア様は去っていった。
「ふんっって言ったね」
「ああ、言ったな」
「リアルであれを言う人、初めて見た」
「……アイツ邪魔だな。消す?」
「いやいやいや、邪魔だからって消すのもどうかと」
誘拐の件を知られたなら最悪そういう選択肢もあったけど、そうじゃないならねぇ。
「やっぱ、まだ死に戻れるって信じてるんだよねぇ」
「私たちは勇者から話を聞いたが、あの女は知らないからね。まだ神託も降りて無いようだし」
「うん、だったら消すよりもその時になって現実を知って悔めばいいと思う」
散々好き勝手しているのも、あと一年でゲームが終わって巻き戻れると思っているからなんだろうし。でも、それが出来ないとなって、好き勝手やってヘイトを稼ぎまくってる自分のままで生きていかなきゃならないと知ったら、きっと絶望するだろう。
「結構手厳しいな、シシィ」
「ああ、うん、自分でもそう思う。けど、自分の行いが自分に返ってくるだけなんだから、自業自得だとも思う」
流石に引いたかなと思ってスピネルを見上げると、私の考えていることなどお見通しだというように笑って頭を撫でてくる。
「愛しているよ、シシィ」
あまーい。
「うん、知ってる」
ここで私も愛しているとか言えたらいいんだろうけど、如何せん私が本当にそういう意味でスピネルのことを好きかどうかもまだ良く分かっていない。好きは好きなんだけど、スピネルが私に向けてくるような熱を持っているかというと――うーん、どうなんだろうか。
それに、私がスピネルのことをそういう対象に見たとしたって、愛してるはハードルが高い。だって元日本人だし。
好きなら言えるけど、それは昔から散々スピネルに言ってきているから今更だ。
うん、この問題は棚上げだ。
「今日は……なんか昨日より疲れた」
誘拐されるより疲れる学園生活なんて嫌だけど、実際に私は昨日より疲れている。
「帰ろう?アップルパイを焼くから」
スピネルの優しさに甘えよう。ホント疲れたから。




