六話
「成程、素晴らしい。イルミナ、さすが我が従妹。才有る者と巡り会い、その力を得るのは重要なことだ。そして君が巡り合ってくれたから、僕も今、こうして彼と面識を得た」
「光栄です」
内容が意に沿うものかどうかさえ無関係に、皇子が褒めたら属国の貴族としてはそう答えるしかないだろう。
「そして間違っていたら笑ってくれて構わないが。ニア、君は純粋な人間ではないね」
「――……」
どう、答えるべきだ?
帝国は魔物とのハーフにも寛容な姿勢を取っている。だが純粋な魔物に対してはどうなるか分からない。
かと言って、嘘をつくのはためらわれた。
そんなはずはないと思うのだが、なぜか嘘をつくと見抜かれそうな気がするんだ。
「警戒させてしまったかな。答えられないということは、君は少なくとも人間ではなく、魔物とのハーフでもないということだ。珍しいね」
何も答えられなかったことが、答えになってしまったか。
「殿下……ッ」
イルミナが庇って口を開こうとするのを、ヴァレリウスは手で制する。
「出生でどうこうしようとは考えていないから、慌てなくても良いよ。だが次の問いには正直に答えたまえ」
わざわざ前置きをして、一旦分かりやすく口を閉ざす。こちらに覚悟を促すために。
「ニア。先程リージェに何をした」
やはり、何かをした、という部分においては気付かれていた。魔導士並みにマナの扱いに長けていると考えていい。
「……マナに干渉をして、支配をしました」
答えると同時にリージェが驚いた顔をして無音声のまま『えっ!?』と言ったが、説明は後だ。
「それは君の出生によって得た力かな」
「半々、と言ったところかと。マナの操作は錬金術士なら誰しも行うことでしょうから」
人に対してやろうとして、実際に効果が出せる者は限られるだろうが嘘ではない。
俺だって自分よりも魔力、神力が極端に上回っている相手、もしくはマナの練度が高い相手には効果を発揮できない。
ただ、フォニアの声が媒介として優れているのは事実。
神さえ聞き惚れるフォニアの美声は、聞く者の意識を絡め取る。隙も生まれやすくなる。影響を与えやすい設計になっているのだ。最大にして唯一の武器だから。
ヴァレリウスは答える俺を観察して、断言した。
「嘘ではないね。だが、核心の部分は誤魔化した」
意図したそのままを、やはり見抜かれた。
魔力や神力に依った力ではないが、こいつも化け物だな。
「錬金術士なら誰でもできることではない、と考えていいのかな? しかし出来る者がいる危険性はある」
「数は限られるでしょうが」
いるとは思うぞ。人間とてマナで構成された生き物。干渉できないわけではない。
だが自我を持つ生き物は、そんなに容易く己を支配させないものだ。命にもかかわるから、相応に防御本能が働くし。
「そして君はその少数の中に入るわけだね」
「そうなります。ですがおそらく、殿下が考えられている程大仰な効果は発揮しません。せいぜいその場限り、『そんな気分にさせる』のが精々です」
少なくとも、今リージェにやったのはそうだ。
……本気でやればもう少し影響を与えることもできるが、言わずにおく方が無難だろう。
「いいや、それは大した力だよ。そう、たとえば聴衆にとって興味の薄い内容の演説をするとしよう。第一声から皆が聞く姿勢を持ち、受け取った内容を考える。是否はともかくとしてもだ。世の中は意外と、話を聞いてもらうことから難しいものだからね」
まあ、それはできそうではある。
否定をしなかった俺に、ヴァレリウスは微笑んだ。
「ではその力、僕のために振るってもらえるかな」
「どのようなことに」
聞き返しながらも思う。これは断る道がないやつだ。
俺個人ならどうとでもするが、相手は命令一つで多くの人や物を動かせる権力者。下手に不興を買って、アストライトやノーウィットが冷遇されたら困る。
「まずは錬金創造祭で。初日に僕も挨拶をするのだが、聴衆の耳目を集めて見せてもらいたい。次以降は成果如何で考える」
期待した通りの効果を発揮するかどうかの試験、という訳か。
無難さを取るなら、嘘ではないが使い様はあまり無い『そこそこ』に収めておくべきだ。
だがヴァレリウスは、真実俺の力を使いたい場面はそこではないと明言した。
ことによっては保身に走った自分を後悔するかもしれない。もしくは力を利用させる方が害悪かもしれない。
人となりを知らないことが、判断できない最大の要因だ。
「僕が求めて、即答しない者は珍しい」
大概の者が「全力を尽くす」に類した返事をするだろうな。
「つまり迷うぐらいには、君は己の力の凶悪さに自信と自覚があるということだ。大変結構」
いちいち突かれたくない部分を正確に射抜いてくる奴だな……。向かい合っているのが恐ろしくさえなってきたぞ。
「君の自信に期待をして、目的を教えておこうか。僕は次の議会で大勢が拒絶している提案をしようとしている。帝国の各州と属国への軍事支援策だ。時間をかけて説き伏せる自信はあるが、出ている結論に時間を割きたくはないのさ」
「軍事支援……?」
「主に防衛にかかわる部分となるだろう。魔王が現れたと騒ぐ魔物に襲われているのはアストライトだけではないよ」
そうか。ラーフラームは北方担当だと言っていた。四揮軍将という名乗りからしても、後三人はあいつと同格の幹部がいると考えられる。
侵略を進めているのも、ラーフラームだけではないという訳か。
「国というのは、所属する民を護るためにある。少なくとも建前はそうだ。だから民は国に従う」
まあ、そうだな。魔物の社会でもそうだ。群れの一員として護られるから、役割を果たす。
「同時に民は思うわけだよ。自分たちを護れない国など無意味、とね。無意味なのに税だけ徴収されるのなら、支配者は山賊と変わらないと。僕は賊徒だと嗤われたくはないのでね」
嘘ではない、ように聞こえる。だが自信がない。
「根本である魔王討伐の準備も進めなくてはならないが、先に四揮軍将とやらを倒しておきたい」
自然な考えだろう。後方を脅かされながら本陣の討伐など不可能だ。
「だがそちらは相手の本拠さえ分かっていない。今は偵察を強化する以外にやりようがないから、先に防衛を強化したいと思っている」
魔物の大軍を隠すなら、やはりダンジョンなんだろうな。
相手が隠れるつもりで潜んでいると、ダンジョンは見付け難い。なにせ最悪、魔法陣一つしか目印がないのだ。
「以上だ。己の力をどう使うか、後は君の判断に委ねよう」
力があっても共感されなければ使い難く、当てにすれば不確定要素になるだけ。
俺の力が望む効力まで至らなかったら、見限るつもりだ。能力だけではなく、やるかどうかも試されている。
「答えはどうだ?」
「少し、考えさせていただきたい」
俺の答えは、保留だ。
大体、今初めて聞いた話に即決なんかできるわけがないだろう。起こりうる利害を想定してから返事をしたい。
ほぼ断ることはできない話だが、それでも考えて、可能な備えをする時間は欲しいものだ。
「成程。それはそうだ」
俺の答えは想定内の一つだったか、ヴァレリウスは理解を示した様子でうなずいた。
応じる答え一つ一つで、人物像も図っているんだ。どこまでも合理主義者だと言える。
「では、そうだな。錬金創造祭の三日前。八月七日に返事をもらおうか」
「承知しました」
「楽しみにしている。ニア、僕は慎重な者が嫌いではないよ」
即答したらしたで『果断な者は嫌いではない』と言うんだろう? どちらも本当ではあるんだろうが。
にこりと俺たち全員に笑いかけ、ヴァレリウスは去って行く。侍従は軽く礼をしてから主の後に続いた。
「あの方が、皇子殿下……」
「うん。まさかこっちに泊まりに来てるとは思わなかった……」
なにせ、ここは帝都だ。宿に泊まるまでもなく、皇宮という実家が同じ街にある。
だからヴァレリウスの目的は宿泊ではない。
「泊まり客を見に来たか」
「そうだと思う」
イルミナも俺の見解を否定しなかった。
「遠い親戚に会いに来たってことですか? 普段なかなか会えないから」
「目的はそうだろう」
ただその意図が複数あるのだと思われる。
たとえば単純に親睦を深めたり。あるいは皇帝の血筋に相応しくない者がいないかどうかの確認。俺が思いつくのはその程度だ。
ヴァレリウスは今まで会った誰よりも、感情が読み取り難い。言葉に乗せられている感情が、常に内容と一致していた。
だが本心ではない。それは何となく感じ取れた。
あいつは感情さえも乗せて、思ってもいない言葉を紡げるんだ。
声色を完璧に操っていたマリーエルザも相当の技術の持ち主だと思ったが、ヴァレリウスはさらに上を行った。
皇族、王族、貴族。本心を見せないことに長けた連中だ。
「二人とも、ごめんなさい。特にニアさんには」
「構わない。ことによっては俺にも利がある。そもそも、余計な注意を引いたのは俺のせいだ」
きっかけとなったイルミナは謝罪をしたが、本当に彼女のせいではない。
リージェにやったマナ干渉さえなければ、行き会った従妹に挨拶をして終わる邂逅になっただけなんだ。
「あ、そうだ。マナの支配ってどういうこと。わたし何されたの?」
「『落ち着け』と言った通りだ。強い暗示のようなものだと思え」
「んん……。確かにニアに言われたとき、真っ白になってた頭がスッと冷めた感じがした、かも」
過ぎた感覚を明確に思い出すのは難しい。リージェの中でも、早くも曖昧になってきたようだ。
「でも言われてみると、ニアに言われるとついうなずいちゃう感じあるよね。さっきほどはっきりした感覚じゃないけど」
「――何?」
普段を思い返しつつだろう。続いたリージェの言葉に俺の方が強く反応してしまう。せざるを得ない。
以前、カルティエラから俺の声に中毒性を感じたとの発言を受けてから気にはなっていた。検証をつい後回しにしてきてしまっているだけで。
「イルミナはどうだ?」
「ニアさんの声は好きだけど、わたしは感じたことないかな。そうじゃなくても、ニアさんは道理の通らないことを言ったりする人じゃないから」
意思と無関係にうなずかされている気はしていない、ということか。
これはイルミナとリージェの他者からの干渉による抵抗力の差かもしれない。
……つまり俺は、声の力を今抑えきれていない。
「――……」
喉に触れて押し黙った俺に、イルミナはふと気が付いた顔をした。
「もしかして初めて会った頃に、あまり喋らなかったのはそのため?」
「そうだ。俺の声には他者を魅了する力がある」
単純に快い音としての力も、相手を支配する媒介としての力も。両方とも優良だ。
「話すときは基本、力を封じて発しているつもりだ。……が、どうも抑えが利かなくなっている気配がある」
理由も想像が付かなくはないんだ。
錬金術士として修練を積めば、マナの扱いはより洗練されていく。ここしばらく戦ってきた負荷を経て、肉体が強化されたのも感じてはいた。
それこそダンジョンマスターが自身のダンジョンの魔物を管理するのに使っていた、データを視れるシステムなんかがあればより分かりやすいかもしれない。
「俺の魔力や神力より極端に抵抗力の劣る相手だと、影響を消しきれないようだ」
「うくっ」
さり気に傷付く内容だったらしく、リージェが呻き声を上げた、が。
いや、お前は俺より格段に弱いの分かっていただろ?
「もう少し、精密に封じる必要があるな」
出来るようになるまでは、あまり喋らない方がいいかもしれない。息を付きつつ手を下ろす。
イルミナはまだ大丈夫そうだが、リージェに悪影響が出ていることははっきりした。
本人の意思ではない従属を求めているわけじゃない。リージェだって不愉快だろう。
「えっと、あのね、ニア。そんなに問答無用でって程じゃないから、あんまり気にしないで」
「……だが」
「さっきニアも殿下に言ってたでしょ。精々『そんな気分になる』その場限りのものだって。わたしが肯定的に受け取りやすいのも、納得してるからってだけよ」
そう願いたいところだが。
「でももしニアが気になるなら、私も頑張って魔力や神力高くするから! あ、でもわたしだけじゃ根本的な解決にはならないのか」
周囲の人間と話せないのは不便だから、俺自身をどうにかした方がいいのは間違いない。
「わたしも、できることはするから。ニアさんが気兼ねなく喋れるようになるよう、一緒に考えよう?」
「いいのか、それで。そもそも、お前たちの感情だって本当にお前たち自身から生じたのかどうか怪しくなったぞ」
好意を抱いた相手に嫌われたいような、特異な性質はしていない。同じように返してもらいたいと思っていた。
その要求を、無意識にでも声に乗せていた可能性だってないとは言えない。
俺の言葉を聞いて、二人は一瞬絶句する。それから。
「酷い! それは酷いよ、ニア!」
「うん、酷い。凄く酷い」
揃って抗議してきた。




