表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/266

九話

「わたし、おばあちゃんの調合が好きだった。沢山のものがくるくると姿を変えて、そこには無限があるような気持ちにさえなった」

「……ああ」


 リージェが抱いたその想いは、当時の俺とまったく一緒だ。


「わたしもやりたいと思った。でも……無理なんだよね」


 自分の才覚がそれほどでもないのを、リージェはとっくに知っているのだろう。

 当然だ。彼女は同じ道を志す者たちが複数いる環境で学んできたのだから。


 リージェの判断は正しい。


 ――だが、腹が立った。


「その程度で諦めるな。お前の気持ちはそんなものか」


 向かないぐらいなんだ。こっちは手を生やすところから始めたんだぞ。


「な……っ」

「足りない力があると分かっているなら伸ばせばいい。幸いお前は人間だ。得手不得手はあれど、本当の意味で使えない属性は存在しない」


 魔物の中には一属性にしか適性を持たない種も珍しくない。かく言う俺もそうだった。進化を重ね、今は不得手な属性などないが。……というか、そうなれるよう調整してきた。すべては錬金術のために。


「幸い人間って……変な言い方」


 ……はっ。


 しまった。つい。

 背に冷や汗が流れるが、リージェはそれに言及することなく話を変える。


「わたしの力、伸びると思う?」


 そしてそれはリージェにとって、少し引っかかった言い回しなどよりも、ずっと重要なものだった。


「努力すれば伸びる」

「……努力のやり方が分からないわ」


 まあ、そうだろうな。人間の魔力操作、雑すぎるし。そして闇雲に行ってすぐに成果が現れるほど簡単なものじゃない。


 それでも自分で何とかしろと思う気持ちがないでもなかったが――


「……魔力操作のついでだ。教えてやる」

「本当!?」


 彼女の祖母には恩があるし、薄々感じ取っていたとはいえ最後の絶望を叩きつけた形になったのは俺だし、乗りかかった船でもある。


 だが気乗りはしないので、本当にいいのかと自問しつつの提案だったが――心の底から嬉しそうに顔を輝かせたリージェを見たら、まあいいかと思ってしまった。


 妙に胸の奥がくすぐったくて、温かい。何だ? これは。


「これも何かの縁だろう」

「――ありがとう」


 うなずいた俺に、リージェは深く頭を下げた。


「言っておくが、お前の知識を貰う交換条件も活きているからな」

「勿論! 貴方の力になれるなら嬉しいし! できることがあったら何でも言って」


 何でも……。


 言われた言葉に、面倒な人付き合いや買い出しのあれこれといった雑用が頭を掠める。

 いや、待て。落ち着け。どう考えても彼女はそういう意味で言っていない。


「い、言っておくけど! 錬金術に関してのことだけよ!?」


 やはり訂正が来た。そこはかとなく顔が赤いのは、無関係なことを考えた俺への怒りゆえだろうか。

 しかし研究時間を増やすための雑用依頼は、むしろ錬金術に関わることに入るのでは?


 リージェ自身の研究時間を奪うから駄目か……?


「ど、どうして無言なのよ!」

「どこまでが錬金術に関わるのかを考えていた」

「た、例えば?」

「研究する時間を増やすため、煩わしい対人交渉を代わってもらうのは対象として入れていいのかどうか」

「……」


 一縷の期待を込めて言ってみたが、もの凄く冷ややかな沈黙が返って来た。


「やってもいいけど、苦手だから任せたいなー、とか考えてるならお勧めしないわよ。どうせわたしが帰った後は自分でやらなきゃいけないんだし。苦手なら尚更、ブランクできるだけ辛くない?」


 う。一理ある。ようやく慣れてきたところだと言われればその通り。


「ふふーん。どうやらわたしが教えられることが一つ増えたみたいね!」


 正直、教えられてどうにかなる気はしないんだが。


 ……うん? この感覚、もしかしてリージェが魔力操作を諦めていたときのやつと同じなのでは……?

 ということは、努力いかんによっては俺の対人交渉力も伸びるのか……?


「でも今日はもういい時間ね。片付けして寝ましょ」

「そうだな」


 ろ過は相応に時間がかかるので、そちらは放置だ。明日起きてくる頃には終わっているだろう。

 ビーカーを洗い、火種の消化を間違いなく確認。問題ない。


「よし。じゃあ、また明日ね。今日はありがとう。――あ」

「どうした」

「貴方の名前、まだ聞いてなかった。というか、自己紹介さえしてないわね?」


 耳に入ってきたから知っているが、お互いに名乗ったわけではなかったな。


「わたしはリージェ・シェート。よろしく」

「ニアだ。よろしく頼む」


 家名がない、というのは人間社会において自由民の中の最底辺であるという証拠だ。己は家名持ちであるにも拘らず、リージェの笑みは変わらなかった。


 大抵の人間は俺が家名を持たないのを知ると蔑んだ目を向けてくるが、たまにこうしてまったく態度を変えない相手もいる。


「そっか。ありがとう、ニア。――おやすみなさい」

「……ああ」


 リージェが去ったアトリエに、俺は一人取り残される。その場で深く息をついた。

 ……疲れた。


 慣れない騒々しさに家に帰ってからもずっと晒されたのだ。無理もないだろう。


 けれど不思議なことに、それほど不快に思っているわけでもない。

 今まで味わったことのない感覚だ。正直言って、持て余している。


 ……俺もさっさと寝てしまうか。




 昨日は日常と違うことが色々あって、少し気疲れもしたのだろう。寝付きがあまりよくなかった。ようやくウトウトし出したところで――火の気配を感じて跳ね起きる。


 出所は正面、リージェに貸した部屋だ。何があった!?


「おい、リージェ!」


 扉を叩きつつ名前を呼ぶ、と。


「え、何。何かあった!?」


 向こう側からあっさり、そんな間抜けな問いがあって扉が開いた。


「それはこっちの台詞だ。火の気配がしたぞ。一体何をして――」


 問い詰めている途中で、俺の言葉は尻すぼみに消える。リージェの後ろに野宿用の簡易調理道具が広げられているのを見つけてしまったからだ。

 床にはきちんと安全対策の防護布が敷いてある。


「お世話になるお礼に、ちょっと簡単なお菓子でも……と思ったんだけど、こんな小さな魔力で気付くの? 凄い感度ね。……というかニア。貴方のその翼って……」

「!」


 己が何をしていたかを説明しつつのリージェの視線が、ある一点で留まる。俺の側頭部――すなわち、人間であれば耳が存在している部位に生えた鳥類の翼に。


 さすがに寝るときぐらいはローブも脱ぐ。寝辛い。焦り過ぎたことを後悔したが、もう遅い。


「……見たな?」

「……うん。見た」


 声を低くした俺の言葉に、リージェはうなずく。この距離だ。返事がどうだろうと見たのは確定なので、やることは変わらないが。


 ノーウィットには、中々上手く潜り込めたと思っている。今の生活に満足しているし、だからこそ、壊されるのは御免だ。


 ならば取るべき行動は決まっている。リージェを殺し、口を封じるしかない。

 幸い今は近くにダンジョンがあり、地上にも多く魔物が湧き出している。事故としての処理は難しくない。


「まったく、不幸なことだ」


 俺はリージェに安全な一夜の宿を提供するつもりで声をかけた。リージェはその礼をしようとした。どちらにも悪意などなかったのに、結果はこれだ。


「死んでもらう」

「誰にも言わない……って言っても、駄目?」


 一歩足を引いたリージェの手は、すでにポシェットにかかっている。荒事への備えはしてきたと言っていたから、油断はできない。


「お前が俺を見逃す理由がない」

「貴方はわたしを心配してくれた。この町で人として普通に暮らしてきたのも知ってる。騒ぎ立てる必要はないと思ってるわ」


 リージェの声に……嘘は、ない。


「俺を捕らえたり殺したりする気はない、と?」

「ないわ」


 はっきりとした言葉で問いかけてみたが、リージェの答えも変わらず。


「確かに、魔物の血が入った人はそちらの傾向に引き摺られることが多い。有用な遺伝子を選択して生まれてくるから、普通の人間より――何なら親の魔物より強くなる場合が多いわよね。危険視されるのはそれが理由。……だから、普通に人間社会で暮らせてる貴方には、当てはまらないでしょう?」

「――?」


 魔物の血が入った、『人』?

 ……もしかして、リージェはまだ勘違いをしているのか?


「でも鳥系の魔物とのハーフって珍しいわね。人と子どもを残せるんだもの。相当な力の持ち主だったんでしょう」


 やはり、誤解している!


 俺はハーフではなく、ダンジョン生まれの純粋な魔物である。

 だがリージェの思い込みは俺にとって都合がいい。解く必要はない。


「……その、貴方のご両親ってどうしてるの?」

「死んだ」


 俺が生まれたダンジョンはとっくに討伐されている。つまり俺を創造した主が倒されたということだ。


「そ、そう、なのね」


 うろたえた声を出し、リージェは申し訳なさそうに目を伏せた。まあ、リージェが想像しているような生まれなら、間違いなく幸福な人生は歩んでいない。気まずくなるのもうなずける。俺には関係ないが。


 そんなことより。


「お前が黙っているのなら、俺にもお前を殺す理由はない」

「信じてくれるの?」

「ああ」


 俺が言葉に滲む感情を読み間違えることなどない。自分の能力への絶対の自信と共に、きっぱりとうなずく。


「ありがたい……けど、貴方、少し信じすぎじゃない? 嘘だったらどうするの?」

「妙なことを言う。お前は嘘などついていないだろう?」

「そうだけど、そうじゃなくて……! ああもう、なんか心配になってきた!」


 …………。


 なん……だと……?

 俺からすれば、俺より遥かに危なっかしいリージェが、俺の心配だと……!?


 彼女の目に、俺は一体どう映っている……!?


「いいわ。その辺りのこともきっちり教えてあげる。どうやらわたしが貴方に教えるべきは、人間社会への適応の仕方ね!」


 教えてくれる人間なんかいなかったので、もちろんそちらもありがたい。しかし。


「そんなことより、俺は錬金術を学びたい」

「同時進行!」


 一応希望を言ってみたが、通らなかった。


 なぜだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ