十一話
ルーが俺とシェルマを案内したのは、町の北西。外壁が崩れていた方角だ。
厄介なことに、位置もわりと近い。全力で走って一時間ほどの距離にある。
これは、接近される前に対策を取るのが難しい距離だぞ。町の外とはいえ、よくこちらに気付かせずに作り上げたな……。
「さあ、見て分かるだろうけど、ここだ」
「かなり無理をして場を作っているようだな」
本来……というか数日前まで、ここにこんなに強い闇の魔力はなかった。人の住処に近いので、どちらかと言えば聖神寄り。それもノーウィットに唯一ある、水の神殿の影響力が強かったはず。
突貫で作り上げたと思われる、小動物の巣のような穴が地下へと続いている。ただし通る生物の前提は人間大の大きさだと思われるし、深さも未知数。
「俺たちが自力で出てこれなくなってノーウィットが無事だったら、適当な頃合いで助けに来てくれ」
「分かってる分かってる。じゃあ、気を付けて。幸運を祈る」
実に軽い口調で送り出された。
雰囲気が重々しくても軽くても、実に変化があるわけじゃないんだが……。気分は違うものだ。
ともかく気を取り直してシェルマとうなずきあい、地下へと続く巣の中へと足を踏み入れる。
巣穴は真下ではなく緩やかな下り坂になっていて、這って進む必要があった。襲われたら魔法での撃退一択だ。
今のところ怪しい物音はしない。だからと言って油断のできない相手っぽいが。
少しずつ這って進んでいくが、何も起きない。深さだけは結構ある。
十数分経って、ようやく変化が表れ始めた。周辺の壁が広くなってきたのだ。
「ニア。土以外の匂いがある。注意した方がいい」
「待ち伏せか」
戦術として王道であり、効果的だな。
ややあって、終着点へと辿り着いた。小さいながらも部屋と呼んで差し支えない空間だ。ただし、用途は不明。
というか、この場所自体に意味はないのかもな。誰かをこうして誘い出す、以上の役割が。
「ニア、魔力の匂い!」
「!」
叫んだシェルマは背後、俺たちが来た方向に対して身構えていた。
匂いの元はどうやらノーウィットに入り込んだのと同じ、ゴーレムスケルトン。始めから埋め込まれていたらしい土壁から一斉に、そして大量に這い出てきた。
……中々凄惨な光景だ。
出入り口を塞いで襲ってくるのは定石ではあるから、然程驚きはない。シェルマの警告からそう来るのではと予測もできた。
雪崩を打って襲ってこられると厄介だが、接近前に片付ければそれで済む。
距離を詰められる前にと急ぎ迎撃の魔法を構築している途中で、スケルトン軍団は予想外の動きをした。
全員、一斉に出口へと駆け上がって行ったのである。
「な、何……? ひっ」
始めはただ戸惑い、次に響いてきた地鳴りにシェルマは怯えた声を上げた。
――穴が崩れる。
「ちッ」
目的はこっちか!
紡ぎかけていた魔法を止め、周囲のマナに直接干渉をして土を固めていく。どうにか確保できたのは半径二メートル程の、歪んだ円形の空間のみ。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫」
自然、お互いを庇うように身を寄せ合っていたシェルマと確認。声が少し震えているが、怪我などはしていないようだ。
どうやらスケルトンたちを支柱にして潜ませ、一斉に動かすことで崩落させたらしい。
「ほう? これは、これは。生き埋めにしてさっさと始末するつもりだったのだが、奇妙な技を使う」
「ひっ!?」
すい、と土で埋まった壁を素通りして現れたのは、生身で着ていたら動き難そうな盛装を身にまとった四十程の男だった。
貴族や王族辺りしか着なさそうな、飾りの多い儀礼用の服装だ。
ただし土の壁を平然とすり抜けて来て、この場にあっても土埃一つ影響を受けないこいつは実体ではない。
生身の肉体を持たないタイプの精霊種だ。現れ方が不気味でどちらかというと不死系を連想するが、おそらく当人に意図はあるまい。
「さすがは神人が協力者として見込んだだけのことはある、と言おうか」
「それで、お前は何者だ」
「我が名を求めるか。ふむ、よかろう。生き残った実力に敬意を表し、名乗るとしようか。我が名はラーフラーム・ロートグーラ。我が君より四揮軍王に任じられし北の統括者よ」
どうやらアストライトは魔王軍の侵略予定地的に北に位置していることが判明した。
「さて。儂は才有る者が嫌いではない。ゆえに、機会をやろう。我が軍門に降らば助命してやる。如何とする?」
答えは決まっている。が、一応シェルマと目を合わせて意思を確認。それから答えた。
「断る」
「シェルマも行かない」
「結構。己が信念に準じるのも、また良し。この地で緩やかに果てるがよい」
どうしても引き抜きたいわけではないので、ラーフラームはあっさりと諦めてくれた。そして現れたとき同様、土の壁をものともせずに去って行く。
まあ、あいつにとっては物質だけの壁などないも同然だろうからな。
「断ったの、後悔してない。……けど、どうしよう。掘る?」
「勿論掘る」
でないと近く窒息してしまう。
「ただし、錬金術を使ってな」
この罠の規模からみて、無力化できる人数は極僅か。ラーフラームの言い方からして、狙いはどうやら俺だ。
ルーの協力者であり、町の結界強化の指揮を執っている者として警戒されたか。
罠を見付けるのは高確率で町の外に出かけているルーかユーリだ。自然、俺にも話は回ってきて、領主館にまで伝わる。
誰がどういう立ち位置で動いているかは、数日観察すれば把握できるだろう。王宮騎士であるシェルマを巻き添えにできたのは、相手にとってこそ幸運だったと思われる。
おそらくだが、すぐに町が襲撃されるぞ。急いで戻らなくては。
「錬金術、穴掘れる?」
「正確には掘るというより、土を別の物質に変えて空間を作る。現状ならマナに分解してしまえば充分だ」
周囲のマナ濃度が高くなりすぎると、それはそれで危険なんだが。危なくなったらまた考えよう。
一番隙間が多いだろう、崩落で崩れた部分に手を当てて魔法を構築し、干渉を行う。
「分解」
土だったマナを、土属性を持つだけのマナへと変換する。せっかく開けた空間がまた土砂で埋まっては意味がないので、作ったばかりのマナを一部再変換。粘土質の土へと再構成して、壁となる部分を補強する。
「わあ。確かに、掘るより早い」
「そうだろう」
俺たちを埋めるためだけなら、最奥の小部屋付近を崩落させるだけで事足りる。
そう大量に掘り進む必要はないはずだ……という予想通り、二、三回分解と再構成を繰り返した辺りで元の道に出た。
崩落の影響を受けてやや崩れ気味ではあるが、どうにか進める。
それでも時々邪魔になる土塊を変換して行きつつ這い上がって、ようやく地上に辿り着いた。
同時に耳に飛び込んできたのは、耳障りな騒乱の音。
「ニア、火! 町から上がってる! 落ちた!?」
「いや。ノーウィットにある結界は、魔力で魔力を弾く仕組みだ。結界以上の力の持ち主、または一定以下の力しかない魔物なら入れてしまう。そういう奴らに工作されてるんだ」
ラーフラームなら力尽くで押し通れるだろうし、ゴーレムスケルトンなら与える力を調節すれば素通りさせられる。結界を作った俺が言うんだから間違いない。
だが、マリーエルザが襲われた数日前とはまた状況が違うはず。多少なりとキッフェルの柵が神力を集め、魔物の力を阻害しているはずなんだが……?
「ともかく、戻るぞ」
「異議なし」
そうしてシェルマとノーウィットに戻ったときには、多少状況も把握できて来た。
四方の壁に集って防衛線を打ち破ろうとしているのは、黒光りする金属質な骨組みのゴーレムスケルトン軍団。これは見るからに特別製で、事実素体に使われている魔力量は結構なものだ。
おかげでしっかり結界が阻んで、壁の上からの防戦でどうにか持っている。
キッフェルの柵……にはまだなっていないので進行を防ぐ役割は果たせていないが、立てた分はきちんと機能していることも確認した。
というか、機能して黒スケルトンの魔力を抑えていなかったら、防衛できていなかったと思われる。
外の防衛線にも余裕はなさそうだが、まずは町中だ。上がり続ける火を鎮静させなければ、防衛に当たっている兵たちも集中できないだろう。
こう騒音が酷いと、音で何かを探すのは非効率的。むしろ、匂いに頼った方が早いはず。
「シェルマ。町中にいるゴーレムスケルトンを探せるか」
「いつも町にはなくて、さっきの穴にあったのと似た匂いがあるから、分かりそう」
「よし。片っ端から片付けていくぞ。案内を頼む」
「分かった!」
すでに門は閉ざされていて、外から入れるような状況ではない。シェルマの身体能力なら壁を飛び越えるか上りきるかしそうだが、生憎俺にはできない芸当だ。
なので周辺の黒スケルトンを片付けてから、錬金術で外壁に穴を空けさせてもらう。中に入ってすぐに塞ぐ。
同じ材質を構成する手間を省いたので、そこだけ異質な石材になっていて不格好だ。後で直す。
「近い所から回る。こっち」
「ああ、そうしてくれ」
シェルマの足に迷いはない。しっかり嗅ぎ取れているようだ。
「ニア、ここ」
ほどなくしてシェルマが足を止めてしゃがみこんだのは、民家の花壇の傍ら。土を掘り返し始めてすぐ、十に満たない子どもぐらいの骨格を持ったゴーレムスケルトンが飛び出してきた。
なるほど。火をつけて回るだけなら、この大きさで充分だな。見た目がかなり残酷だから、人間の意気を無意識に挫く効果も見込める。
もっとも俺にとっては魔力で構成されただけの物体でしかない。ゆえに、壊すことに呵責もためらいも存在しない。
「氷結散華!」
見つかると同時にこちらに飛び掛かってきたゴーレムスケルトンを凍結、四散させる。
「こいつら、入られてる? 壁に穴? 土の中から?」
「いや。先日の騒動のときに入り込んで、そのまま潜伏していただけだろう。入り込んだ奴を始末すれば、被害は増えないはずだ」
「分かった。急ぐ」
点けられた火の消火は、非戦闘員である町の住人が主力となっているようだ。
だが指揮を執るためだろう。ただでさえ少ない本職の騎士や兵士もこちらに割かれている。
仕方ないが、この状態では一人一人の負担が重い。シェルマの言う通り、急ぎ状況を打破しなくては。
「シェルマ、どれぐらい残っているか嗅ぎ取れるか」
「二十とちょっと」
「多いな……」
全部を一緒に回るのは手間だ。何とか手分けはできないか。
「こっちはシェルマだけで大丈夫そう。ニアは外の防衛をお願い」
向こうはそれこそルーとユーリがいるから、早々落ちないとは思うが……。
ラーフラームはどうも周到なようだから、もう一手ぐらい打ってる気もする。中を護っても外が落ちれば同じこと。そう考えれば、シェルマは正しい。
今の状態なら、一兵でも増えるのは価値があるはず。
「分かった。任せる。だが無理はするなよ」
正直、見知らぬ住民よりも俺はシェルマに無事でいてほしい。
王宮騎士という彼女の職業上許されないし、非道な考えだとも思う。
だから口には出さないが、当人の無事を願うぐらいはいいだろう。
「出来ればしない。でも姫様の名誉を傷付けることもしない。シェルマは姫様付きの護衛として、求められる役割を果たす」
……だろうな。
「リェフマも多分、外壁にいる。リェフマのこと、よろしく」
「努力する」
うなずき、シェルマと別れて一番交戦の激しい場所、門のある西へと向かう。
ここはノーウィットが小さな町で幸いした。町への入り口となる門は西に設置されているのみなので、下手に戦力を均等に分散せずに済む。
リェフマの魔力を探って位置に当たりを付け、最寄りの階段を上って外壁の上に出る。――いた。
本来ならカルティエラの護衛として王女の側を離れてはまずい気もするが、地位的にはノーウィット在中の誰より位の高い軍人。能力も高い。奥に引っ込んでいるのも批判を受けそうではある。
彼女が前線にいると士気も上がるだろうから、間違ってはいないと思うが。
「リェフマ」
「あれっ、ニア。もう調査終わった?」
目を見開き、素直に驚いた顔をしてからすぐに投石を再開する。
攻城戦において、常なら最も戦果を挙げる弓兵隊は、ここには一兵たりともいない。相手が生物ではなく物体なので、弓では効果が薄いのだ。
代わりに大活躍しているのが投石である。
弓は扱うのに高い技術が必要になるので、いっそよかったのかもしれん。数はかなり少ないが、魔法で迎撃している者もいるようだ。
「調査は終わった。ただの罠だった」
調べた手間はかかったが、余計な警戒を割かなくて済むし、被害も最小で抑えたと言えよう。なにせ、俺とシェルマが少々の足止めを食っただけだ。
「そう。無事でよかった。でも今はこっちが無事じゃない」
「みたいだな」
遅ればせながら、俺も参戦するとしよう。積まれている石を抱え、壁に群がり超えようとしてくる黒スケルトンへと投げつける。
手足の一本二本が欠けたぐらいでは奴らの進軍は止まらないので、こちらは数以上に労力を使わされてしまう。




