十四話
「どう、勇者の目覚めは。自然だっただろう?」
「ああ、無難だったと思うぞ」
力なき者を護るために神の加護を得たというのは、聞こえもいいだろう。
実際、ユーリは立ち向かったわけだからな。演出はそこに乗っかっただけ。行動がなければどうにもできないのだから。
一通り見て回って安心したのか、ユーリがこちらに戻ってきた。
「ちょっといいか」
「構わない。どうした?」
「――あんたたちや、スティレシア様が正しかった。俺、このまま皆と離れるよ。キャンプには戻らない」
薬が効きすぎたか。ユーリの口調からは焦りと覚悟が窺える。このままだと町にすら近寄らなくなるな。
「少し落ち着け。真実だと分かったのなら、無暗に己を危険に晒すべきじゃないのも理解できるだろう。お前の代わりはいないんだ。下手を討って野垂れ死んだら、世の人々はもっと困ることになるぞ」
これは事実だ。
神子――魔王に対抗できるのは勇者のみ。
いや、生き物だから他の奴でも絶対に戦えないとは言わないが、力の溝は深い。余計な犠牲が増えることだけは確実だ。
まして向こうは充分に時間をかけ、おそらく神子として成熟している。今のままでは同じく神子であるユーリでも瞬殺だろう。
「けど、俺を狙って殺そうとしてくるんだろ。つまり俺がいるところは、魔物に襲われるんだ。人に迷惑はかけたくない」
「聞こえなかったか。お前が死ぬ方が迷惑なんだ。それこそ一万二万、十万二十万の人間が喪われようと、お前は生きて魔王を討つべきだ。でなければ世界は魔神のものとなり、魔の眷属による支配が始まる」
人間はその社会でも生き延びられる種だとは思うが、生態系の位は下がる。人間と同等以上の数がいる魔物の方が強くなるからだ。
気に入らなかったから、悪ふざけで、ぐらいの理由でなぶり殺される者が増えることになる。
「じゃあ、行く所行く所で人が傷付くと分かっていて、厚顔に振舞えっていうのか。そんなのは嫌だ。俺のせいに変わりもない。もしそれで本当は殺される理由なんかなかった人が殺されたら、町が滅びたら。どう詫びろっていうんだ」
「その場合、加害者は魔王軍であってお前じゃないから気にするな。……と言って気にしない奴に、勇者が務まらないのも分かっている」
因果が想像できるような状況で巻き込んでいるなら、まったく責任がないとは俺も思わないしな。
となると……これしか思い付かん。
「ノーウィットに来い。ノーウィットの領主であるカルティエラは、俺の話を信じてくれるだろう。他の町よりは防衛しやすい。そうして息を潜めて、まずは魔王軍から存在を隠せ。動くのは奴らがお前の所在を見失ってからでいい」
「どうやって隠れればいいんだ? 地下とかにいればいいのか?」
「神の権能を使わなければ問題ない」
逆に言うなら、使うと一発でバレる。
「神の権能……?」
「さっき剣に銀光を宿しただろう。あれもその一つだ。魔法として使うために簡略化された術式が、お前の中にはもう刻まれているはず。それが地上種に許された領域にないものであることも分かるはず……だ?」
言いながら不安になった。練度によっては分からないかもしれない、と。
事実ユーリは前半ではっと納得したような顔をしたが、後半は首を捻った。差が分からなかったか。
「そもそも俺、魔法の才能があったんだな」
「そこからか」
これは手が掛かりそうな勇者だ。
「よし、分かった。じゃあその、ノーウィットってところで世話になる。見たところあんたは俺よりずっと魔法に長けてて、事情が分かってて、賢そうだ。俺が魔王と戦うために必要なものを教えてくれ」
「……そうするべきだろうな。俺も、魔王軍の侵略を止めたい者として」
すぐに国からの支援が受けられない以上、誰かがユーリを補助しなくてはならない。
乗り掛かった舟だし、現状俺が適任なのも事実。ならばできる協力をするべきだろう。
「決まりだな。これからよろしく頼むよ、えーっと、ニア」
「ああ」
ユーリに対して思うところはない。が、隣でニヤリと笑ったルーにはしてやられた感があって腹立たしい。
……神人であっても、小突くぐらいは許されるだろうか。
天を仰いでそんなことを考えてみるが、当然答えは返ってこない。
やれやれだ。
それから休憩もそこそこに、一行は足を速めた。
疲労が蓄積しているのは間違いないが、一刻も早く安全な場所に辿り着きたい気持ちが人々の背を押しているのだと思われる。
殲滅させたのがよかったのか、それからは三回程偵察に見付かっただけで済んだ。
最後の一グループのときは余裕があったので、暗示をかけてこちらの方向に神子はいない、という誤報を持ち帰らせた。
これで時間が稼げるといいが。
そして予定より半日遅く、ケセラ村に到着。
人家の密集地に入ったところで、人々に安堵の空気が生まれた。
人手がある分戦力が増すのはそうだが、ここには結界と呼ぶべきものはない。危険度は道端とさして変わらん。
神殿がある分、本当に多少の違いはあるが。
とはいえ誤報が上手く働けば相手は俺たちを見失っているはずなので、下手に近付くと反撃を食らう人里は避けてくれると期待したい。
騎士と、この村の住人になる人々が村長の元へと挨拶へ行く。残りは神殿で休憩だ。
……ここが、ケセラ村か。確かにディスハラークとダグラヴィア、シャーレクアレの神力でマナが染まっている。そう強くはないが、魔物が多少近付きたくない気持ちにはなりそうだ。
この神殿に勤めているのは、神官のディランと見習いのサラだけ。人が来ると分かっていたから、さすがに今日は手伝いに来ているらしい村人もいるな。
対応に追われて走り回っていたサラと、ばちりと目が合った。
「――ニア!?」
「久し振りだな」
「え、え!? なんで!? あ、久し振り」
ひとしきり驚いてから、サラははっとして挨拶を返してきた。それから改めて問いかけてくる。
「でも本当に、何で?」
「個人的な用事で難民の一人と会う必要があったから行って、一緒に戻ってきただけだ。一晩世話になる」
「目的は果たせたの?」
「ああ、無事に」
「そっか、よかったわね。じゃ、アタシ仕事中だから、またねっ」
早々に話を切り上げ、サラは手伝いに戻っていく。状況を見るにその方がいいだろう。
「驚いた。魔物なのに、人間の知り合いが多いんだな」
「魔物にも知り合いはいるぞ、一応。それと、人間の町で暮らしていたら自然にこうなる」
「それもそうか。――で、これからどうする?」
なぜ俺に聞くのか。それはむしろ、ユーリと話して決めるべきじゃないのか?
……と、放り出したいのは心の底からの本心だが、ルーと今の精神状態のユーリでまともな結論が出るとは思えん。
世界を望みの均衡で保つためには、干渉し続ける必要がある気がする。
「……仮面魔獣と配下の魔物は倒したが、奴を運んできた魔鳥にはおそらくユーリが認識されている」
戦闘能力に乏しいのか戦場からは離脱したが、あれも魔王軍の命令で動いていた魔物。監視をしていなかったとは思わない。そうでなくとも、情報を伝える方法を持っていたかもしれない。侮るべきではないだろう。
魔王軍としては、探すべき相手が定まったと言えるはず。しかし場所は変わらず不明。今はそういう状態だ。
大人しくしておけば、やり過ごすことはできる。向こうも居場所が割れた地にいつまでも潜伏するとは考えまい。
だがそれだと、相手が諦めるまで周辺地域に被害が出続けるのが避けられない。
「行方を上手くくらませないと、この一帯が執拗に攻撃されかねない。ここにはいない、行先も分からなくなった、という状況を作らねばならない」
「もしくは、ここにいるぞと喧伝して集中的にちゃんと狙ってもらうかだね」
「それはお前がやりたいだけだろ」
この戦闘狂が。
「そうとも言う。でもきっとユーリも賛成してくれるよ」
「……かもしれないな」
知らないところが自分のせいで被害を生むよりも、自らが前線に出ることを選ぶだろう。
「……まあ、仕方ないか」
ユーリを匿うと決めた以上、生じる選択肢の一つではあった。
手と口を出した以上、俺もまた、今後生じる被害に無関係ではない。ならばいっそ腹を括った方がやりやすい。
「じゃあ改めて、始めようか。聖と魔の聖戦を」




