三話
「じゃあ、ニアは物の確認をしてほしい。シェルマは護衛をしてるから」
「ああ、頼む。あと……」
勝手に動き出さない物品の確認はもう少しだけ置いておくとして、先に決めておきたいことがある。
「こいつはどうするべきだ?」
先ほどからちらちらと扉を窺っているところから見て、逃げることを諦めてはいないようだ。なかなか往生際が悪い。
もちろん捕まえて罪を問いたいところだが、そうするべきかは悩ましい。
下手をすればこいつが散々口にしている伯爵家とやらから、俺も恨みを買いかねまい。
王宮錬金術士になる前から、貴族に敵は作りたくないところだ。
「待ってくれ。取引をしよう」
「取引?」
こいつに、俺たちに差し出せる有益なものがあるとは思えないが。
だが俺が言葉を拾ったことで脈ありと見たのか、男は薄くへつらう笑いを浮かべた。
「そうだ。俺をこのまま逃がしてくれ。仕事に、しかも犯罪に失敗したんだ。足も付いてしまった。どっちにしろもう伯爵家には戻れない。つまり俺が伯爵家に義理立てする理由はないってことさ」
都合が悪くなれば切り捨てられる間柄か。利のみで繋がっていたのなら、義理などないと言い切るのは分からなくはない。
少なくとも、嘘は言っていないな。
「ノーウィットであんたの周辺を探っていたのは俺だけだ。俺が姿をくらませば、あんたの情報はまた一から探り直しさ。その間に引っ越しでもすれば見つかりゃしない」
これは嘘だな。
こいつは俺の情報を売る気でいる。おそらく、次に派遣される人員――がいるかどうかは分からんが、少なくとも必要とする相手に格安で。
よし、決めた。嘘を言ってきた時点で、こいつとの会話は無意義だ。
「断る」
「な、何だと? 言っておくが、俺を捕まえでもしたら洗いざらい、知っているすべてを吐いてやる。優秀な錬金術士はいい金になるんだ。きっと物騒な毎日になるぞ。そんなことも分からないのか? これだから学のない奴は」
……おお。本当に『これだから~』が出た。
門衛から聞いた通りの言いように、思わず感嘆してしまった。乗っていた感情まで門衛が察していた通りだ。
「問題ない。ニア、姫様の教師になればいい。王族と関わりのある相手を襲うのは、国を敵にするのを恐れない本気の奴だけ。人数は凄く減る」
逆に、本気の奴から狙われる可能性が生まれるけどな。
「露払いの手段としては悪くないが、研究時間が減るのは望ましくない。そもそも、俺は別に襲われることをそこまで恐れているわけでもない」
来る可能性があると言うなら、より身の回りの防衛策を見直すべきだとは思っているが。
問題なのは、こいつの失敗が俺への悪感情にまで波及しないかということだ。
「むう」
シェルマは俺の答えに不満そうな声を出す。
さては都合の部分はかなりの範囲で言訳だな? カルティエラがまだ俺を教師にするのを諦めていないと見える。
王宮錬金術士としてある程度名を上げるのを目指す以上、これからは自分の研究にだけ時間を注ぐ、というのは難しくなるのかもしれないが。
できる限り確保もしたいものだ。
「それよりも、安全な方法がある」
「というと?」
「お前は少し下がって耳を塞いでいろ」
「シェルマに聞かれて都合の悪い話?」
「違う」
それは完全に誤解だ。
「多少強引に言い聞かせるだけだ。聞いていても構わないが、危険を感じたら耳を塞げ」
「わ、分かった」
先ほどと違って恐れを滲ませつつ、シェルマはうなずいて手を耳の側でスタンバイさせた。
それでも聞く姿勢は崩さない。真面目に職務を果たそうという確たる意思を感じる。
「な、何だ。何をする気だ」
そしてこちらは胆力の『た』の字もなく、すでに及び腰だ。
「安心しろ。危険はない」
言いながら、声の力を抑えていた魔力による戒めを緩める。
さて。どれぐらいの力で語るのが丁度いいか。
男の体に流れるマナは魔力や神力を扱ったこともなさそうな練度の低さ。俺が言った『危険はない』に早くも肩の力を抜いた。
「それより、よく考えてみたらどうだ。捕まって洗いざらいを吐くと言うお前を、最も厭わしく思うのが誰であるのか」
「そ、そりゃあ――」
「俺ではない」
短絡的に答えようとした男の言葉を遮り、やや強く、神力を乗せて言い聞かせる。
「伯爵家だ」
「!」
途端、男はびくりと震えた。
俗世の権力というものは、そこに所属する者にとっては甚大な威力を発揮するとよく分かる。
「お前が相手の勘気を恐れてその部分だけ口を噤んだとして、相手はお前を信じるだろうか? あるいはもっと有益な情報を隠しているのではと疑って、ありもしない情報を吐かせようとするかもしれない」
しかし知らないものは語れない。俺が今囁いている恐怖が現実になったとき、こいつは逃れる術がないわけだ。
「な、ならどうすれば――」
「簡単だ。本当の意味で、洗いざらい喋れ。お前を襲う理由を白日の下に晒せば、逆に相手は手を出せない」
理由のある奴から疑われるからな。
「お前はグラージェスで捕まり、良心を思い出した。そして罪を明らかにすることを選んだのだ。そうだな?」
「ああ……。そう、そうだな」
俺の言葉の正しさを疑わない表情で、男はうなずく。
「そして罪を償うのに、余計な情報はいらない」
主に俺の所在とかな。
「そうだな。必要ない」
「それと、お前が盗んだこれらの品々の中身を見た奴は他にいるか?」
「いない。無事に帰るまでは誰とも接触しない手はずだった」
――よし。
思考を放棄した茫洋とした眼差しで虚ろにうなずく男から、俺は視線を外してシェルマを見た。
いつの間にか距離を取り、忠告した通りに耳を塞いでいる。
ということは、影響を感じたんだな。
無理もない。体感だが、余程上手く隠していない限りはシェルマよりも俺の魔力、神力の方が高い。
「大丈夫か」
「大丈夫……。だと思う。でもニアの声は怖い」
「だろうな」
本来、これがフォニアの武器なのだし。
「いつも力を抑えて喋ってる? 大変?」
「それなりには」
だから以前はなるべく喋らないで済ませようとしていたのだ。いや、気持ちだけで言うなら今だって変わってはいない。面倒だ。
ただイルミナやリージェたちと関わるうちに避けられなくなってきたので、諦めはついている。大分慣れもした。
「やっぱり。でも、大変でも隠した方が良さそう。下手な人に知られたら、きっともっと大変」
「人と大きく違うことは、隠した方が生きやすいだろうしな」
「本当にそう」
実感のこもった言い方だ。実際、そうなんだろうが。
「カルティエラはどんな主だ?」
「姫様、良い子。姫様の所に行って、シェルマとリェフマはやっと安心して仕事ができるようになった。感謝」
「そもそも、そんなお前たちがどうして王宮騎士になったんだ」
難しいのはもちろんだし、志した理由も分からん。
「あんまり楽しい話じゃない」
「そうか、ならいい。興味本位で不躾なことを聞いた」
今の俺とシェルマたちとの関係において、必要のない情報でもある。
「ううん、嫌なわけじゃない。ニアはシェルマたちともちゃんと付き合ってくれてるから。それに、ニアもきっとシェルマたちと一緒」
シェルマは俺の異形を知っているので、自分たちと同じだと思い込んでいるようだ。
仲間意識も持っているかもしれないが……。残念ながら分かってやれない。俺は人間社会に受け入れてもらおうと考えたことがないからな。
これからは認めさせる必要があると考えてはいるが、それだけだ。
異種族である自覚のある俺と、事実人間でもあるシェルマたちとでは感覚が違うだろう。
「始まりは、ご飯のため。シェルマとリェフマは周りの人より強かったから、兵士になった。鼻も良かったから色々手柄も立てて、騎士になった。貴族に盛られそうになってた毒に気付いて、王宮騎士になった」
自分たちの身を護る力があると気付いて、側に置くことにしたわけか。
魔物の血を引く人間を登用しようとしているのも、そうして実利を得たからなんだな。
「お給料はよくなったけど、むしろちょっと辛くなった」
「だろうな」
周りは貴族だらけになったわけだ。力を重用されても人間関係が円滑になるわけじゃない。
己を拒む相手しかいない場所で過ごすのは億劫だろう。ぞっとする。
その環境に飛び込もうとしている俺が言うのもどうかという話だが、想像して、分かったうえでやろうとしている分だけ当時のシェルマたちよりは受ける衝撃は少ない。
「持て余されていたシェルマたちを、姫様が誘ってくれて、こうなった」
「じゃあ今はより気楽でいいな」
「そう! 正直、もうノーウィットから出たくない」
「無理だな」
「分かってる……」
王都へ帰るときが近付いているの感じ取ってか、シェルマは声に元気をなくして項垂れた。
帰ってもいないうちからそんな状態で大丈夫か?
若干気にはなるが、それはシェルマが自分で選んでいる道だし、俺にはどうにもできん。
「適当に頑張れ」
「そうする」
さて。こっちもさっさと確認をしてしまうか。
自分の持ち物とはいえ、実は全部を覚えているわけではない。一つ二つ無くなっていてもおそらく気付けまい。
それでも記憶にある分だけは確認しておくべきだ。
盗人男は嘘は言っていないはずだしな。意図的に誰かに売ったり渡したりはしていない。
何にどれだけの価値が付くか、こいつには分からなかったのだとも思う。
そうこうしているうちにリェフマが警備兵と共に戻ってきて、男は捕縛された。俺の身元は随行してきた商業ギルドの職員にギルドカードを見せて確認してもらえれば解決。
ここにある品々を引き取りたいとか、直接取引したいとかの商談が始まった以外は問題なく済んだ。
……他の問題があとで発生しそうな気がするが……起こっていないことを気にするのは止めよう。
全部持って帰って整理するのもまた骨なので、先方も希望していることだしと、安全そうないくつかはグラージェスの商業ギルドに卸した。
残りはノーウィットに送ってもらう。高くはなるが、秘匿性を考えて直接自宅に頼んだ。
商談にいくらか応じたからと、今後のために俺からの印象を良いものにしておきたかったからだろう。
商業ギルド職員は快く引き受け、ついでに少し割り引いてくれた。
そして、俺たち自身も帰路に着く。
これでその、何とかという伯爵家との悪縁が切れればいいんだが。
荷物に先んじてノーウィットに戻った俺は、早速商業ギルドに顔を出すことにした。
「あ! お久しぶりです、ニアさん。今回は本当に、お疲れさまでした……」
職員であるエミリアも、事の経緯は知っているようだ。
「通知を放置することになって、悪かった」
「いえ、お気になさらず。別の町に行っていたら連絡を取るのに時間がかかるのは当然です。グラージェスの商業ギルドからは連絡をもらっていましたし」
そうか。気を揉ませ続けていなかったのなら何よりだ。
「ところで、今日は相談があって来た」
「はい、なんでしょう」
「王宮錬金術士になるために推薦状が欲しい。どういった功績を積めばいい?」
「えっ!」
エミリアは驚いた声を上げると、そのまま固まった。
一秒、二秒……と待ってみたが、彼女は固まったまま。
「おい?」
なので十秒待ってから、再度声を掛けてみた。
「――はっ!」
どうやら声は届いたらしく、息を吐き出して現実に戻ってきた。
「す、すみません。動揺してしまって……」
もの凄く動揺したのは見ればわかる。が。
「問題があるのか?」
「い、いえ。ないです……」
やや気落ちしたように眉を下げつつ、否定する。
「ええと、推薦状……。推薦状ですね。一応目安がありまして、ランク八相当の品物を不足なく作れたら、ということになっています」
「それでいいのか」
だったらすぐにも貰えそうだ。
「はい。購入された顧客の満足値が九割方高ければ、ギルドから推薦状を出させていただきます。そうですね、お値段も高くなりますので、百人ぐらいの方から評価いただければ充分かと」




