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十五話

「そっか。大変だね」


 俺が本当に仕事でやっていると信じている様子で、サラは労いの言葉を掛けてきた。

 請け負っている仕事の実などサラが知るはずもないので、疑いようがないのもそうだが。


「お疲れ様。気を付けてね」

「お前もな。国の中枢に勤めているからと言って、全員が相応しい品格を備えているわけじゃない」

「知ってる。残念だけどね」


 肩を竦めて、期待していない声で言い切った。

 それはそうか。過去、サラはすでに王都の人間に幻滅している。


 二人で神殿の外に出て、扉を閉める。――これで次に風に触れたとき、風呼びの鈴が発動するだろう。


 寮の方向へと去っていくサラの背をしばし見送ってから、俺は城の外、外周区へと向かうことにする。

 夜中であっても――あるいは夜中だからこそなのか。しっかり周囲を見張っている門衛がいる。


 改めて隠者の粉を掛け直し、その間を無言で擦り抜けた。


 あっさりしすぎだ。大丈夫なのか? と不安を感じたが、この隠者の粉、国がつけた作成難度は八だったか。


 あまり多用されるような道具ではないのかもしれない。

 あくまで姿を隠すだけのものだから、探査能力に優れた者がいれば見付かるだろうし。


 ともあれ、門衛の目を誤魔化すのには問題なかった。


 貴族街を抜けて、真っ直ぐ外周区へ。そして先日訪れた入り口から、リーズロットのダンジョンへと侵入する。


 装飾性の高い大扉を潜って水晶の広間へ。さて。この前のハーピィはいるか? 面識がある分、一番話が早そうだが。


「アラ、久し振りね。人間の予定が決まったの?」


 いた。


「そんなところだ。リーズロットと話がしたい。通してくれ」

「いいわよ。貴方が来たら通すように言われているし」


 言いながらハーピィは座っている水晶柱に魔力を流す。魔法陣が輝き、発動しているのが分かった。


「どうぞ。もう行けるわ」

「助かる」


 水晶柱を通って、リーズロットの私室手前にまで一気に移動する。

 扉を開けて中へと入ると、リーズロットはすでにソファに座って待っていた。


「ようこそ~。どうぞ、まずはお掛けになって~」

「ああ」


 示された対面に座ると、飲み物が運ばれてくる。


「これも友人とやらからの贈り物か?」

「いいえ~。リズがダンジョンの機能を使って作っていますのよ~。ですので、味は洗練されているとは言えないですわね~」


 自ら先に一口含んでから、不満そうに言う。


「それで~、今日はどのようなご用かしら~」

「儀式の日程が調整できそうだ。そのために、お前のダンジョンの力を借りたい」

「リズにとっても有益ですから、無理のない範囲で協力しますけれど~。具体的には何をお求めですの~?」

「地上からもこの地に向けて魔物の軍勢が進軍してきているらしい。俺としては目的はこのダンジョンかと思っているんだが、どうだ?」


 ダンジョンデュエルで支配下に置ければよし、そうでなければ滅ぼすつもりではないだろうか。

 魔王軍そのものの地力は、リーズロットのダンジョン一つよりも大きいはずだ。滅ぼすだけなら容易いのでは。


「ずいぶん執着されているなとは思うが」

「あら~。そうでもありませんわよ~? 従わないで滅ぼされてしまったダンジョンが、すでにいくつかありますもの~。従うダンジョンマスターの方が多いですけど~」


 それは知らなかった。


 まあ普通、敵の目に付かないところから始めていくか。むしろ人間の王都が上にあるリーズロットのダンジョンにまで手を伸ばしてきたのは、他が粗方片付いたからだと考えた方がいいかもしれない。


「従わないお前の方が少数派か」

「だって~。リズに旨味がないんですもの~。先兵になって戦って、殺されるだけでしょう~? だってここは、王都の真下なんですもの~」

「相当、被害が出るだろうな」


 人にも、リーズロット側にも。


「魔人たちはダンジョンで生成した魔物を『物』としてしか見ていませんけれど~。実際に接しているリズには同意できませんし~。使い捨ての駒になど、断じてさせませんから~」


 ……少し意外だ。


 ダンジョンマスターにしたところで、生成した魔物なんか替えの利く道具なのかと思っていた。


 だがリズが自分たちを命とみているのが伝わっているから、ここのダンジョンに所属している魔物たちは彼女に敬意を持ち、慕ってさえいるんだな。


「ならば尚更、お前にも利があるはずだ。王都の結界が強化されれば、地下にあるお前のダンジョンにも侵入できない」

「そうですわね~。次にダンジョンデュエルが解禁になる三年後までは安泰、ということになりますわ~」


 そういう制約があるのか。


「けれど~。人間はどうでしょう~? 今度は人間たちがリズを討伐しようとしてくる気がしていますの~。はなはだ不本意ですけれど~、生き残るために、リズはどちらを選ぶべきかしら~」


 魔王軍に付いた方が、被害が出ても生き残れる。そちらに傾く心境も道理だ。

 だが、それでは困る。


「お前にとっての最良のために、魔物の足止めに協力しろと言っている」


 人間に対して敵対的ではなく、存在を許容すれば利がある。その実績を作るんだ。


「幸いにして、ここ――アストライトは国としてそこまで強くはないらしい。原初の魔物であるお前との共闘を、秘密裏になら受け入れる可能性がある」


 他所の国の冒険者を招くとか、体面的に嬉しくないはずだからだ。


「なるほど~? よろしいですわ~。そういうことなら改めて、可能な限り全力を尽くして迎撃しましょう~」


 少しだけ考えたあと、リーズロットは提案を受け入れた。

 ただ、楽観的に期待してと言う感じではない。


「駄目なら、敵対するだけですものね~」

「……そうなる」


 できれば避けたいところだが。


「戦うのなら、相手の戦力を知りたいですわね~」

「俺も正確には知らん」


 なにせ軍勢が来たとしか聞いていない。耳にできる立場でもないし。


「では、少しばかり見てきていただけるかしら~?」

「俺がか?」


 偵察そのものは構わないが……。今から行って、朝までに帰って来られるか?

 不在がばれたらまた面倒そうだ。さすがに追及されるだろうし。


「だって~。リズたちでは町に出た途端に大騒ぎでしょう~? 神力依存の子も、姿は目立ってしまうと思いますし~」


「……それはそうか」


 ダンジョンにも神力依存の魔物……というか、力で分けるなら聖獣か? がいる場合もあると、人間たちも知っている。


 地下にダンジョンがあると知っている以上、見覚えのない聖獣が唐突に町中に現れたら連想が行きつくのは想像に難くない。


 そもそもたとえ神力依存でも、魔物と人では波長が違う。受け入れられない可能性が高い。


「けれど幸い魔力依存の子なら~、小さくて目立たない子もいるのですわ~。貴方が連れ出してくれれば、気付かれずに外に出られると思いますの~」

「魔物だと難しいぞ。出た瞬間に結界が反応する」


 純粋に神力だからこそ、例外がない。


「いいえ、きっと大丈夫ですわ~。少々お待ちくださいね~」


 言ってリーズロットは空中に魔法陣を展開させた。ダンジョン機能を操作している気がする。

 そして次の瞬間、ぽてん、ぽてん、とテーブルの上に半透明の物体が二つ落ちてきた。仄かに黒みがかっている。


「メタモルスライムですわ~。姿はもちろん、魔力質まで対象とそっくりに変化できる、スライムの上位種ですの~」


 サイズはせいぜい二十センチ強。だが宿している魔力はかなり強い。


「さあ、お持ちになって~」


 魔力質を同じように変化させる――ということは、情報を読み取られるのだと考えていい。抵抗を感じなくもないが……。


 まあ、いいか。俺の肉体情報は戦闘に置いて然程有益なものじゃない。


 フォルトルナーの特性と培ってきた能力がなければ、進化度合いに比べて低めの能力でしかないのだから。


 テーブルの上で時折体を震わせる以外は、実に大人しいメタモルスライムを拾い上げる。


 数秒後、変化を始めた。ただでさえ多くはない体積を圧縮して減らし、平たくなって俺の手首辺りにぐるりと巻き付く。


 そしてすぐに、肌の質感、色合いと、見分けがつかないほどに同化する。

 恐ろしいことに、異物が張り付いている感触さえ消えたぞ。


「確かに、これなら気付かれないかもしれない」

「実はその子は双子なので~、その子が見たものはこちらの子で映し出せるのですわ~」


 もう一匹残っていたメタモルスライムは、平たく広がって板状になる。部屋の風景が映し出された。

 丁度腕から見えそうな角度だ。リーズロットの言葉は事実なんだろう。


「便利だな」

「そうでしょう~?」


 自慢げにリーズロットは笑った。本人も自信があると見える。


「結界に俺と同じものだと判断されれば抜けられるだろう。試す価値はある」

「では、よろしくお願いしますわ~。見えるところまで近付いたら、その子は置いてきていいですから~」


 様子を見続けるためにも、当面はそれでいいだろう。しかし。


「回収はどうするんだ」

「適当な人に同化して戻らせますわ~」


 そうか。結界対象外になっている魔物がいないからダンジョンから出られなかっただけで、外に出てしまえば見繕い放題か。


 ましてここは外周区。魔物とのハーフであり、純粋に魔力しか持たない人間も少なくない。


「分かった。あと、交戦予定の場所は決まっているか? 設置しておきたいものがある。ああ、それと使いやすいだろう薬品類も納めておく」


 コスト制限の調整はリーズロット本人に任せる。


 人員コストとは別だと言っていたから、全部を使用登録しても平気そうだけどな。なにせ、武防具を付けてる者さえ少ない気配だ。


 慣れない物を使うのに戸惑わないよう、効能を描いたラベルを各容器に貼っておいた。


 忘れても性質を読み取れば効能が分かる作り手の俺には不要だが、そうでない相手に渡すなら必要だなと今回思い至った。


 成分を視れる奴もいるだろうが、一々やるのは手間だ。


「ありがとうございます~」


 テーブルの上に乗せたアイテムを、リーズロットは礼と共に受け取った。そしてほんの少し、寂しそうな顔をする。


「人のためにこうまでする貴方ですもの~。もしリズと人が敵対したら、きっと人間側に付くのですよね~?」

「お前が積極的に人と戦うなら、そうなる」


 防衛に専念するというなら、リーズロットに協力すると思うが。それは難しいだろう。ダンジョン内でも不満が高まるだろうし。


 どちらに付くかは決めているが、現実になったら後味が悪い。できれば回避したい結末だ。


「だから、そうならないように最善を尽くす。お前も全力で協力しろ。人類の敵となって地上を闊歩するより、友として溶け込む方が望みを叶えやすいだろう?」

「ええ、もちろん。避けるための努力はしますわ~」


 まずはその言葉をもらえたことで充分、ということにしておこう。

 勝機を、作らなくては。




 リーズロットの案内の元、ダンジョンデュエルで敵の進軍ルートになる場所に呪境の香炉を設置してきた。


 初めに話し合った通り、地上に近い辺り……らしい? ダンジョンは別空間に広がっているはずだから、どういう繋がりでそう影響するのか分からんが。


 マスターであるリーズロットが言うならそうなんだろう。ともあれ結界拡張が無事に成功すれば、確実に効果範囲に組み込まれる位置とのこと。


 ここまでのルールから見て、ダンジョンデュエルは防衛側に有利になるよう設定されているようだ。侵略する側は見知らぬ敵地での行動を余儀なくされる。


 これが地上の町とかであれば想定される被害に顔色を失うところだろうが、ここはダンジョン。戦闘で荒れたところで大した痛手にはならない。マスターの力が回復次第修復されていくだけだ。


 どうもダンジョンデュエルとは本来、本当に才覚のない者が支配下に置かれるという感じがある。


 無論、敵に有利な条件であろうとも、侵略を成功させる才を持つ奴が相手ならばまた変わるだろうが。

 魔王に選ばれるような人材が出現したのなら、ないとは言えない。


 来たるダンジョンデュエルへと若干不安を増幅させられつつ、リーズロットのダンジョンを後にする。


 外に出るときはさすがに緊張したが、何も起こらなかった。メタモルスライムの能力に感嘆するしかない。


 よし、さっさと向かうか。


 外周区を抜けて大通りに出て、門へと向かう。が、近付いてすぐに想定外に直面する。

 門が閉まっていた。


 いや、それはそうか。夜は魔物の時間。自然夜の道を歩いて訪れる人間も少数だろうし、開けておくだけ危険だ。


 仕方がない。外壁に上って外に降りるか。


 隠者の粉を使っているとはいえ、フォルトルナーの姿に戻るのは止めておいた方が無難だろう。誰かに看破されたら騒ぎになる。


 見張りの上り下りのために点在している階段を使って、壁の上に出る。数人の見張りと行き交ったが、気付かれた様子はなかった。


 しかし当然外側には階段などないので、普通に飛び降りる。風を操作して減速し、無事に地面に足を着けた。

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