十三話
「た、ただの香水……? ニアが? あ、もしかしてイルミナさんへの贈り物とか……?」
前半、盛大に驚いたリージェは後半で気落ちしたようになった。忙しい奴だ。
しかも外れている。
「別の人間へだ」
「そうなの? 女の人? ちょっと意味深すぎない?」
「意味深?」
リージェは俺がやろうとしていることにやや否定的なようだ。人に贈るのに問題があるのか?
「関係性にもよるけど。残る物とか身に着ける物とかって、受け取るのも重いって言うか」
「関係性は……知人だな」
友人とも呼べまい。それなりに好ましくは思っているが、関係と呼べるだけの親交がない。
「故郷でよく咲いていた思い出の花らしい。激励のつもりだが、望ましくない物になるのか?」
サラに、故郷で恩寵を授かったときの感情を思い起こさせやすいのではと考えたんだが。思い入れもありそうだったし。
「色々危険な気配がする! 狙ってない? ねえ、本当に狙ってないの?」
「意味が分からん。何をだ」
「もうやだ天然……」
両手で顔を覆い、リージェは嘆く。
だから何がだ。
しばらく挫けたように俯いていたが、ややあって意を決した様子で顔を上げる。
「助けてほしいときに手を差し伸べられたら、誰だって嬉しいもの! それがさらっとできちゃうニアは凄いと思うけどっ。しないでって言うのも違うと思うけど! せめてどうにか、こう……!」
「どうしろと」
人間として好ましくない行いだと言うのなら、リージェの意見を聞くつもりはある。俺よりは余程正しいはずだからだ。
「どうしよう。そんなつもりはありませんとかは、相手が抱く気持ちに対しては意味ないし。……あれ? つまりわたしが勝手なだけ?」
「そもそも、お前は何を心配しているんだ」
それが分かれば俺にも案が出せるかもしれない。
「その人がニアのことを好きにならないかを心配してるの!」
顔を赤くして、そんなことを言ってきた。
サラに対して有益なことをしようとしているので、嫌われはしないだろう。好感を得ることもあるかもしれない。
しかし、だ。
「問題があるのか?」
「ないけど! 一応ニアに固定の相手はいないものね!」
ん……? いや、どうなんだ?
イルミナとはほぼ関係を固めたと言ってもいい気がする。実質は俺の地位向上待ちだが、互いの意思は確認した。
考え込んだ俺に、リージェもぴたりと動きを止める。
「もしかして、まとまったの?」
「そうとも言う。可能かどうかは分からないが、イルミナに周囲との断絶が必要ない程度が望めるようなら、正式に関係を結ぶつもりだ」
「そ、そう、なんだ……」
勢いを失ったリージェは、気落ちした様子で二、三度唇を震わせた。口にする言葉に迷っているようだ。
それから一度堅く唇を引き結び、喉が嚥下の動きをする。
「おめでとうって言っておくけど、だったらますます、迂闊なことはするべきじゃないと思う! ニアにそのつもりがなくても、本気になって叶わない恋って辛いんだから……!」
「別に叶わないと決まってもいないだろう」
今のところ、サラが無理だと感じる要素はない。伴侶として求めてもいないが。
「はぅい!?」
やや裏返り気味に、奇妙な疑問の声を上げてきた。
「ど、ど、どういうこと。イルミナさんと将来の約束したんでしょ? いつ乗り換えるか分からないみたいな、そんな軽い気持ちで約束したの!?」
乗り換え……? ああ、そうか。失念していた。
「好ましく思う相手が複数いて、誰か一人を選ぶ意味が分からん」
「はいィィィ!?」
「強者の血を後世に残すのは、種の繁栄の上でも有益だろう?」
「え!? いや、え!?」
あまりに意識外かつ動揺が大きいらしく、言葉の内容そのものが呑み込めていなさそうだ。
話を続けるのは、リージェが理解しきる間を開けてからの方がいいかもしれない。
目を見開いて呆然と固まっていたリージェが動き出したのは、たっぷり一分経った後だった。
「た、確かに伴侶の人数って帝国法でも国法でも決められてるわけじゃないけど。常識的にどうなの。大体の女性は嫌がると思うけど。っていうか男性も嫌じゃない?」
人間社会に毒されたか、リージェの言う抵抗感が俺には理解できる。
だがフォニア種本来の在り方で言うなら、問題ない、と答えるぞ。
俺たちフォニア種は弱い上に数が少ないので、種の繁栄には積極的だ。雄雌関わらず、パートナー以外の相手とも交尾をする。
雄は種を残すために。雌はパートナーである雄が死んだときに、一緒に子育てをする相手を確保しておくために。
今の俺はそこまで死にやすくはないので、イルミナが他を確保する必要はないと思うが、心配だと言うなら妥協するつもりではいる。
「い、いや今は一般論よりも、イルミナさんはニアがそう言う考えの人だって知ってるの?」
……あ。
「話していない」
俺の中で、群れの中で優秀な者が複数の伴侶を持って血を残すのはむしろ普通だったせいだ。
だが人間の常識が違うのは、リージェの反応からして明らか。イルミナとも話し合う必要がある。
価値観のすり合わせは重要だ。むしろ一番初めに確認しておくべきだろう。
求めているものが違う相手との恋愛など、俺やイルミナの年になったら無意味だ。さっさと見切りをつけて別の相手を探した方がいい。
ただ、もし己の価値観、常識を超えてでも相手との関係を求めるなら別かもしれないが……。あまり選ぶべき選択ではないと思っている。
なぜならそれは、無理をしているということだ。
無理をしてまで相手に合わせて、本当に幸福か? いや、たとえ当人が良いと言っても俺は嫌だ。好ましく思う相手だからこそ、俺のための無理はさせたくない。
相手の不幸の原因が俺自身というのも耐え難い。
「話した方がいいと思う!」
「そうだな」
強い口調で言ってきたリージェに同意する。
ああ、そうだ。せっかくだから聞いておくか。
「お前はどうだ」
「へ!?」
「イルミナが許せば、俺はいずれ彼女を伴侶として迎えたいと思っている。その状態でも、お前は俺の妻の一人になりたいと思うか?」
「っ!」
他人ごとではなく、リージェ自身の話だ。
びくりとして肩を跳ね上げ、リージェは息を詰めた。
「そ、れは。ニアはそれでもいいって思ってるってこと?」
「お前のことは可愛いと思っている。傷付けさせたくないとも。以前お前は男としての俺への興味を認めたが、俺も意外とお前に反応できる」
「意外とは酷いッ!」
いや、意外とで正しいぞ? そもそも種族が違いすぎるのだし。
「って、いや、その。反応って、そういう意味で!?」
「他にあるのか」
この話の流れで。
「――っ」
自分が俺にも性的な意味合いを含めて見られているのを急速に意識した様子で、リージェは一気に顔を赤くした。顔というか、むしろおそらく全身。
「ただ――イルミナには話したが、お前にも言っておく。俺はハーフではなく、純粋に魔物だ」
「へ!?」
さっきから驚かせ続けなのは悪いが、全部関連しているので仕方ない。
イルミナは俺の正体に半ばあたりを付けていたが、多分リージェは予想だにしていなかったはず。受ける衝撃も大きいだろう。
俺がハーフだとか、勝手な思い込みだけどな。都合がいいから否定しなかっただけで。
「そうなの!?」
「そうだ。後で本性も見せてやる……が、王都にいる間は無理だ」
「うん。止めた方がいいと思う」
誰かに見つかったら面倒だ。種族上、討伐はされないっぽいが。
「その上で選べ。知らないまま決めることはできないだろう」
公正でもない。
「ちょ……、ちょっと、考える。色々……」
「ああ」
俺も自分の意思を決めるのに、結構迷った。リージェが心と理性で相談をするのにも時間は必要だろう。
「頭冷やしてくるから……。ごめん、今日は帰る……」
「それがいいだろうな」
隣に俺が居る状態で、リージェが冷静に考えられる気はしない。
ぼんやりとした足取りで出ていこうとするリージェを見て、言っておくべきことに気が付いた。
「リージェ」
「な、何!?」
「戻ってから調合しようとかするなよ」
気持ちを落ち着かせようとして、普段やっていることをなぞろうとする可能性がある。先に止めておいた方が無難だ。
他のことならともなく、調合は悪手。特にリージェは。
「どうして?」
不思議そうな返事からして、やろうとは思っていなかったようだ。
「お前はただでさえそそっかしい。集中力を欠いた状態じゃあ尚更だろう。心配になるから、今日は手を付けない約束をして行け」
「う……っ。分かった。やらない。約束する……」
リージェは素直に受け入れてくれた。
約束をしたらリージェは破らないだろう。言葉にしてもらえれば安心できる。
こくんと小さくうなずいてから、リージェはそそくさと出て行った。
これで安心して、俺も作業に集中できると言うものだ。
「ニア。結果が出たわよ」
トリーシアがそう言って俺のアトリエを訪れたのは、虹の氷樹を提出した翌日。なかなか早い。
「それで、結果は?」
「問題ないわ。早速取り掛かってちょうだい」
「分かった」
すんなり通った。いや、本当にすんなりかどうかは分からんが。
ほっとしたような、本当にいいのかという不安があるような、不思議な感覚だ。
「……ただ、フレデリカ殿下がとても楽しそうに笑っていらっしゃったわよ。『いちいち意外性を突いてくれる』って」
意外か。そうだろうな。俺だってついこの間までは考えもしなかったのだから。
「あの虹の氷樹、ディスハラーク神へ捧げる物よね? どのような意図が込めてあるの」
自己申告した通り、トリーシアに芸術方面での感性は薄いらしい。理解できない『何か』が気になっているようだ。
そして逆に、フレデリカ王女は聡い。妹であるカルティエラの言う通り、繊細な感受性の持ち主なのかもしれない。
姉をよく見ている、と言うべきか。
「力を希う理由を込めただけだ」
「具体的に」
「イルミナやリージェ、ノーウィットの町の人々への情だな」
「……は?」
珍しく、トリーシアは呆然とした声を出した。そして次の瞬間には表情を怒りのものへと変える。
「何をやっているの! 奉納品だと言っているでしょう!? 込めるべきは神への感謝よ!」
「今回ディスハラークに伝えるべきは感謝じゃない」
感謝もあるべきだが、それは大前提と言える。
それほど信心深い訳じゃないが、この世界に生じた者として、神々への畏敬と感謝の念は持っているつもりだ。
昔――ダンジョンで暮らしていた頃は考えたこともなかった。だが今は、そう、正に『楽しい』のだ。俺は。だから、この世界を生じさせ、正常に維持してくれている神々に感謝している。
錬金術と出会ったこと。興味を持ったものの技能を高める術を得られたこと。得た力で好ましく思った相手を支え、護れること。
すべてが幸福で、充実している。
選択と出会いは奇跡だ。どんなものでも。
「なぜ力を貸して欲しいのか。理由を伝える方が重要だ。手を貸すに値すると思えば、こちらの想いを汲んでくれるだろう」
己への称賛が中心じゃないと耳を貸さないとか、そんな狭量な存在ではないぞ、彼らは。
「集めた歌い手たちから話を聞いてみろ。きっと何人かは俺と同じような理由で神から恩寵を授かっている」
少なくともサラという一人はいる。
「まるで知っているかのように言うのね」
実際、神々を直接知ってもいるが。
「わたくしは、神の存在を感じたことがない。だから貴方が正しいかどうかも分からないわ。けれどわたくしの考え方が神々に対して失礼であったことは間違いないわね」
「的外れだったわけでもないぞ? 称えられるのを喜ぶのも確かなのだから」
信仰心の大きさは、そのまま力に直結するからな。神々にとっても重要なんだ。
だから厚い信仰心の持ち主には加護を与える。認められて、報酬があった方がやる気が出るのは道理。
「……分かったわ。そもそも、わたくしよりずっと地位の高い方々が認めていらっしゃるのだから、ここで文句を付けるのも無礼と言うものね」
明らかに間違っているなら指摘してやるのが親切だとは思うが。基本、生き物は自分の正しさを疑わない。難しいだろうな。
他者の意見を自分の意見と同じように受け入れて考えるには、度量がいる。身に付けられている者は少ない。なにせ、日常を生きているだけだとほとんどの存在には用のない才覚だからだ。
「……ねえ」
「どうした」
「ディスハラーク神の加護は得られるかしら」
トリーシアからこの件に関して弱気な発言を聞いたのは、初めてかもしれない。
いや、違うな。弱気など見せられないんだ。トリーシアは貴族であり、国家の大事に仕事を任されるほどの人物。
その彼女が自信がなさそうにしていたら、下の人間はもっと不安だ。




