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五話

 信仰心は神々にとって己の力と密接に関わるので、気持ちのない絢爛な品よりもいっそ喜ぶかもしれん。


 形だけを整えた俺の虹の氷樹に見向きもしないだろうと言うのは、そういうことだ。それでも物自体が好みであれば価値を見出されるが。


「ふふ。ありがと」


 俺の肯定を、サラは素直に喜んだ。


「そんなわけで、奇跡を賜ったのは一回だけなわけ。あれはアタシだから助けてくださったんじゃないわ。アタシの願いが叶えるのに値するものだと思って、慈悲をくださっただけなのよ」


 そうだろうな。


「だがそれでも、神がお前の声に耳を傾けたのも事実だ」

「必死だったから耳に留めてもらえたのはそうかも」

「なら、同じ必死さがあれば再び目を向けられる可能性はあるな」


 一度手を貸したことのある人間だと気付けば、初見の人間よりさらに耳を傾けてくれる可能性は高い。

サラを呼んだ誰かの判断は間違っていないと言える。


「無理よ。だってアタシ、何のために神に願うの?」


 サラの中には、ディスハラークに祈る必要のある事象がない。

 あったとしても届くかどうか分からないのに、目的さえ不明ではサラが諦めるのも無理はない。


「さすがに王都に行けば教えられると思うが」

「そうだとしても。きっと子どもの頃と同じ気持ちでは歌えないわ」


 確かに。


 当時のサラは自分自身も含めて、必死になるべき理由が実感として近くにあった。対して今回の問題は王都。繋がりが薄い。


 彼女の必死さ、献身は過去の想いに届かないだろう。


「アタシ、どうすればいいのかな……」

「――……」


 サラの声はとても不安がっている。それは分かる。

 しかしそれに対して、俺は答える言葉を持たなかった。


 黙った俺にサラははっとした顔をして、笑って見せた。ただし、表情筋だけで。


「ごめんごめん。そんなこと言われたって困るわよね。気にしないで」


 困っている者を見捨てた――そんな無力さへの罪悪感を俺が抱かないようにと、サラは明るく言って話を終えようとする。


「……サラ」

「何? アタシたちは本当に、大丈夫だから――」

「俺はお前の、歌に関しての手助けはできない」


 正確に言うと、技術の部分では多少教えられる部分もあるかもしれない。


 俺も習ったわけではなくただの自己流だから、絶対とは言わないが。少なくとも神々に嫌われてはいない。今回の目的には添うはずだ。


 だが人間であるサラにフォニアと同じことはできないし、神々がかつて認めた部分は到底俺には表現できない。


「う、うん。だからね」

「しかし他のことでなら、少しは力になれるかもしれない。俺も今、国から仕事を請け負っているが、おそらく目的はお前と同じだ」

「え!?」


 思ってもみなかったことを聞いた様子で、サラは驚きの声を上げた。


「ニアも王都に呼ばれてるの?」

「仕事の目途が付き次第、行くことになるだろう」


 虹の氷樹は脆いし、長期間の保管に向かない。


 低温での長期保存も可能だが、普通に飾っていれば劣化は免れない。むしろその儚さこそがディスハラークの好みであると考えれば、余計な細工はしないだろう。


 なので奉納品は直前、王都で作ることになるはずだ。


「仕事って……?」

「錬金術士をやっている」

「錬金術士!?」


 人間の適正割合的に、サラの村に錬金術士はいなかったのだと思われる。声が初めて直面したものへの驚きと好奇心に満ちている。


「ニアって凄い人だったんだ?」

「どうだろうな」


 面倒なのであまり認めたくないが、人間の基準で行くと俺はすでに『凄い』錬金術士に入るのだろう。

 少なくとも、王宮錬金術士の称号を冠しているリージェやトリーシアよりも、俺の技術は優れている。


「凄いわよ! 錬金術士って、そもそも稀な才能を持ってないとできないって聞くし」


 そこからか。


 比率として才を持っている者が少なめなのは間違いない。サラの『凄い』発言がそのラインであれば、まあそうだと認めてもいいレベルだ。


「仕事って、何をするの?」

「虹の氷樹――と言っても分からないだろうが、ディスハラークへの奉納品を作っている」

「えっ。そんな大切な仕事を任されてるの!」


 再び驚かれた。


 俺が神々に奉納を行うこと自体はそれほど珍しいことじゃなかったので、失念していた。


 神に遠い人々が捧げる品だ。可能な限り優れた品を用意しようとする。それを任されているとなれば、サラの中の『凄い』の中でも更にだろう。


「……まあ、そうなるのか」

「ニアって、何者?」

「一般の錬金術士だ。ともかく、方法は違うが俺とお前は目的を共有している」

「えっと、じゃあ、ニアが作る品だけでも上手くいく、みたいな……。俺に任せろとか言ってくれたりする?」

「だったらいいが。生憎まったく自信がない」


 一瞬期待に輝いたサラの瞳は、俺の答えですぐにがっかりした。声じゃなくても分かりやすい。


「駄目じゃんんんーっ」

「今のままだと駄目だ。だから、歌を聞かせてほしい」

「う、歌?」

「ディスハラークの心を震わせるための傾向を知りたい」


 俺の要求に、サラはうろたえた。


「む、無理無理っ」

「なぜだ、さっき歌っていただろう。別にディスハラークにまま届く歌を歌えと言ってるわけじゃない」


 雰囲気だけでも掴めればそれでいい。まったく思いつかないよりは大分マシになると思っている。


「聞いてたの!?」

「ああ」


 聞こえたから探しに来た、とまで伝えるのは余計だろう。おそらく、人間の耳はそこまで良くない。

 サラは羞恥にか顔を赤くして、口をはくはくと開閉させる。


「そんなに恥ずかしがることか? 本番はもっと大勢の前で歌うのだろうに」

「練習を聞かれるのとは違うわよ、もう!」

「じゃあ、本番の練習だと思って頼む」

「……」


 サラはしばし迷っていたが、ややあってうなずいた。


「いいわ。知らない人の前で歌うのも、確かに練習よね。……でも、奉納品の助けになるような響きかあ。どんな気持ちで歌えばいいのかな」

「前と同じでいいんじゃないのか」


 それで届いたんだから。


「いや無理だって。十年前よ? アタシだって感性変わってるし、必死にならなきゃならないほど切羽詰まってる状況でもない。きっと色々足りないわ」

「足りなくてもいい」


 傾向を知りたいと言うだけだ。それに、サラの本気の歌を聞いてみたいという興味もある。


「今の気持ちで歌えばいいだろう。お前が嫌がりつつも、王都へ行くことは受け入れている、その気持ちで」


 根っ子はきっと同じだ。


「……今の気持ち、か。うん」


 胸に手を当てて目を閉じ、己の内側で確認するような間を開けてからサラはうなずく。


「分かった、聴いて。ディスハラーク神には届かないだろうけど、今のアタシの本心を歌うよ」


 座っていた瓦礫の上から立ち上がって、サラは大きく息を吸う。そして、歌った。

 成程。練習だから聞かれたくなかったと言っていたさっきよりは、確かに整っている。


 だが奉納の楽として見れば、練習と大差ないレベルと言わざるを得ない。やはり歌だけでディスハラークの心を動かすのは難しいと思う。


 ……けれど、綺麗だ。


 親しい人を瞼に描いているのだろう。サラの表情はとても優しい。相手の幸福を願う想いが、旋律を柔らかに奏でていく。


 ああ、そうか。これでいいのか。


 その気持ちなら、俺にも分かる。ディスハラークにただ伝えればいいのだ。俺の想いを。虹の氷樹はその器に過ぎない。


 ややあって歌い終えたサラに、俺は拍手を送る。


「ありがと」

「一人分の拍手で悪いな」


 聴衆がもっといれば、その分拍手も増えただろう。


「褒めてくれたのもそうだけど、思い切り歌って、ちょっと吹っ切れた気がするから。うーん。やっぱりアタシ、こねこね考えるのって性に合わないんだわ、きっと」


 言った通り清々しい笑顔を見せて、サラは大きく伸びをする。


「うん、決めた。アタシはアタシの精一杯で歌うよ。アタシの大切な人たちのこと。そしてこの世界を見守ってくださっていることに感謝を捧げる」

「そうか」


 俺はディスハラークではないから、彼の神にサラの想いがどう響くかは分からない。

 だがこれだけは言える。


「俺は、お前の歌が好きだったぞ」

「そ、そうかな」

「ああ」


 忙しなく指を組み替えながら聞き返してくるサラに、俺ははっきりと肯定した。


「ありがと。アタシ、頑張ってみる」

「そうしてくれ。さて、もう充分だろう? 宿に戻れ。一応、送っていくから」

「一応とか付け加えなくてもいいんじゃない!?」


 言葉には噛みつきつつ、サラは素直に歩き出した俺に付いてきた。


「ところでさ、どう? アタシの歌、貴方の助けになった?」

「ああ。俺も吹っ切れた」


 もし俺の気持ちでは認められなかったら――と考えかけて、やめた。

 認めさせてやるのだ。フォニアという天性のものではなく、俺が培ってきた錬金術という力で。


「そっか。じゃあアタシたちの吹っ切れ記念日だね」

「何だそれは」

「いいからいいから」


 くすくすと笑うサラはとても楽しそうだ。まあいいか、と見ているこっちが思ってしまうぐらい。

 前向きな気持ちで言われた言葉には間違いないしな。


「――あ」

「どうした?」

「何か、いい香りがしない?」

「ん……?」


 香り?


 言われて少し意識して空気を嗅いでみる。確かに、少し強めに香りがあるな。花の類のような……。

 ああ、思い出した。俺が作った香水だ。


 少し前の蜂騒ぎで、星咲の花の香りが奴らを誘うことが周知された。それを知った人々が、万が一にも蜂に目を付けられないようにと、明確に別の香りを求めたのだ。


 おかげで安らぎのアロマがよく売れた。

 蜂退治の報は届いているだろうが、せっかく購入した品だ。使い切ろうと思っても不思議はない。


「これはアカネユリの香りだな」


 黄みがかった橙色の花だ。香りもやや主張が強めで、素材としては分かりやすいだろう。


「あ、どうりで。アタシの村の近くの山にも、よく咲いてたよ」

「故郷の香りというわけか」


 だから敏感に感じ取ったんだな。


「あはは。そんな大層なものでもないと思うけど。でも、落ち着くのはそうだね」

「そうか」


 落ち着く香り、か。ふむ。


 安らぎのアロマには初めからその効能が付いているが、個人によっては香りで効果が強化されるのかもしれない。


「ごめんね、足止めちゃって。帰ろっか」

「それがいいだろう。きっと神官も心配している」

「まっさかー。そのために寝静まったあとを選んだんだし。気付かれるわけ……ないよね?」


 言っていて不安になってきたのか、最後は問いかけの形だ。


「俺が知るか」


 ディラン神官がどれだけ周囲の気配に敏感なのか、俺が知るはずもない。人間の感覚だから余計に予測が難しい。


「ただ、寝ていても意外に分かるぞ。自分の側にある熱が冷めていくというものは」


 外で放浪していた頃の話だが。それで何度か命拾いもした。


「……うん。急いで帰ろう」

「いい心掛けだ」


 サラが宿から出てから結構時間も経っているし、少しばかり足を速めたところで事態における影響は僅かだ。


 それでも意味はある。サラの気持ちの表れだし、ディランの心労は一分一秒短くなるかもしれないのだから。


 戻った宿の手前で――やはりディランは起きて、待っていた。サラを見つけてほっとした顔をして駆け寄ってくる。


「サラ! お前はまったく、こんな夜中に! 何を考えているんだ!」


 時間を考えてか声量は絞っているが、語気は強い。そこに宿る想いは心配だ。心配したから、サラの軽率さ、楽観すぎる行動を怒っている。


「ごめんなさい」

「……」


 サラが素直に謝ると、ディランは無言で口を開閉させた。


「……無事でよかった」

「うん」


 本気の反省を誤らずに読み取ったディランは、結局、それ以上叱ることもなくサラを受け入れる。

 続いて俺の方に向き直って、頭を下げた。


「重ね重ね、ありがとうございます」

「ただの偶然だ。気にしなくていい」


 俺の方にも益があったことだし。むしろありがたかったのは俺か?


「それでも、助けていただいたことに変わりはありません」

「なら、分かったと言っておこう。――早く建物の中に戻るといい。俺も帰る」

「うん。またね、ニア」


 サラの挨拶は再会を含んだもの。

 同じ目的で王都に向かう訳だから、機会があれば会うこともあるだろう。


 俺に対して急に親しげになっているサラにディランは少し戸惑った様子を見せた。しかしこの場で問いただすことはせず、もう一度頭を下げてサラを宿へと促した。


 二人の背中が宿の中に消えてから、俺も踵を返す。

 帰ったら、思いついた虹の氷樹を試してみよう。それから旅の準備だ。


 サラとの会話で見出した俺の答えで、トリーシアをはじめ国の偉い連中が納得するかは分からない。ディスハラークも勿論。


 だがそれ以上のものは、俺からは出てこないだろう。


 ついでに、ギルド受付職員であるエミリアが嘆くので、俺が普段納品している品は余分に作って売っておくことにする。


 サラやディランからは三、四日遅れて出発することになるだろうな。

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