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一話

 王都の地下に何かがある――という推測を口にしておいてなんだが。俺は今、リージェと共にノーウィットにある自分のアトリエに戻ってきていた。


 リージェはそこそこ長く一緒に暮らすうちに増えた私物を引き取りに来ただけだが、俺は拠点をこちらに戻すことになる。


「ニア。本当に一緒に王都に戻れないの?」

「仕方ない。蜂の件が片付いた以上、俺が王宮に居座れる理由はないからな」


 となると、王都に新たにアトリエを構える必要がある。それが懐の問題で難しかったのだ。王都の地価は高い。同じ大地にあるものなのに。なぜだ。


 イルミナやトリーシアは援助を申し出てくれたが、遠慮した。借金をして後々返済に奔走する羽目になるのは御免だ。研究時間がまた失われる。


 地下にあるものの正体が判明すれば、協力者として工業区画には入れるかもしれない。というか、必要そうならそうするとトリーシアは明言してくれた。


 必要がなさそうなら行かなくても構わない訳だし。


「事態が判明して、国の判断がどうでも俺の手が必要そうだと思ったら声を掛けろ」

「うん。分かった」


 こくりとうなずき、リージェは入り口でもう一度深く、丁寧に頭を下げて謝意を伝えてくる。


「お世話になりました。――またね」

「ああ」


 別れの挨拶が再会を含んだものなのは、リージェらしいと言うべきか。

 もしかすれば本当に、地下の件が片付いたらまた戻ってくるつもりなのかもしれないが。


 去っていくリージェの背を最後まで見送ってから、家に戻って扉を閉める。


 ……急に静かになった気がする。


 いや、俺の日常としてはこちらが通常のはずなんだが。ここしばらく人の気配が絶えない場所にいたから、妙な気分だ。


 さて。これからどうするか。


 クイーンビーの話が妄想かどうかは、神々の元へ行き訊ねればすぐに分かる。その意図も。

 だがそれをすると数十日、悪ければ年単位で地上に戻って来られなくなる。あまりやりたくない。


 地上の生き物は地上の生き物なりに、自身の力で最善を尽くすのが本来の在り方というものだ。まずは地下を探るべきだろう。


 真実であるなら、いずれ分かることであるし。


 部屋に戻って、拠点を移動するにあたって動かしたあれこれを片付けていく。その途中で気が付いた。

 食糧がない。一切。


 一食――というか翌朝分含めて二食抜いたとしても然程問題はないが……。

 まだ店が開いている時間に気付いたのだし、ギルドの状況も気にかかる。ついでだ。町を回って仕入れてこよう。


 今回、作った星咲の花の香水が蜂の誘引作戦に大きく貢献したとのことで、国から褒賞を貰っている。

 なので当面の生活費には困窮しないが、世話になっている以上、俺の都合だけを優先するのは不義理というもの。


 回復薬がなくて致命的な事が起こった、などと言う話を聞いたら寝覚めも悪い。

 そういった事態を回避できるように事前に話はしているから、大丈夫だとは思うんだが。


 久し振りに戻った家を出て、まずは商業ギルドへと向かう。

 人と擦れ違うことさえ稀な、この閑散とした空気。実に落ち着く。


 そしてこちらも久し振りとなる、商業ギルドの扉を開いた。


「ですから、連絡が取れるようになりましたらお伝えしますと言ってるじゃないですか……!」

「だから、その連絡先を教えろと言っているんだ! 交渉は私がするから、貴様の仲介など必要ない!」

「ご本人の許可なく、連絡先をお教えすることはありませんッ」


 ……揉め事か?

 面倒そうな応対に駆り出されているのは、顔見知りのギルド受付職員、エミリアだ。


「いい加減にしろ! 私を誰だと思っている。ティドラ伯爵家の者だぞ!」


 また貴族か。


「貴族だからといって、国が定めた規則を破るような権限はないはずだが」


 商業ギルドは国営なので、規則も国が定めている。


「あっ、ニアさん!」

「何だ、貴様は。部外者は引っ込んでいろ!」


 エミリアの声には強い喜びと安堵が感じ取れた。同時に同じぐらいの恐れの感情。

 間近で他人から恫喝されれば、力の劣る者が怯えるのは当然。

 分かっていてこの男も声を荒げているのだ。性質が悪い。


 そして今ので、相手にこちらと会話をする意思がないのも分かった。言葉を尽くすだけ時間の無駄だ。

 俺を睨む貴族の元まで歩み寄り、声に神気を乗せて告げる。


「今すぐ去れ。お前の行いは不快だ」

「!」


 びくりと男は硬直し、せわしなく眼球を動かして周囲を見る。まるで目に見えない上位者からの監視を思い出したかのように。


 まあ、神域で拒絶されたときのような気分にはなっているだろう。


「こ、このことは伯爵様に報告するからな! 覚えていろ!」


 そう捨て台詞を吐き出すと、男はそそくさとギルドを去っていった。


 伯爵本人じゃないのか。あの言いよう、関係性も遠そうだが……。伯爵家の人間、なんだよな? そこに嘘はなかった。


 ……よく分からん。


「あ、ありがとうございます。けど、すみません。もしこの一件でニアさんに不利益が起こったら……」

「問題ない」


 そろそろ国を変えようとさえ考えているところだ。貴族一人の不興を買ったところで気にする必要もない。


「しかし、貴族と名乗る奴がノーウィットに来るとは珍しいな。王女目当てか?」


 カルティエラは蜂から避難して、ずっとノーウィットに留まっていたはずだ。


「いえ、その……。ニアさん目当てです」


 誰かに聞かれるのを憚るように、エミリアは声を潜めてそう言った。


「俺?」

「はい。えっと、説明すると長くなるので簡単にまとめますと、ニアさんが作っている品の評価が凄く高くなっていまして。先程の方は、ニアさんが作っている品をお求めに来られたんです」

「そう言えば、グラージェスで売られているのも見たな」


 意図的に俺の作ったポーションを選んで買っていた客も見た。評価の話は事実、出てきているんだろう。


 不要な特性が混ざらないのが、それほどまでに稀有であったこと……。知った今でも複雑な気持ちになる。


「はい。先日のダンジョン討伐のとき、冒険者の方々が沢山参加されたでしょう? グラージェスを拠点に活動している方もいて、そういう方からこちらにも融通してほしいと頼まれまして……」


 ギルドとしては、断る理由のない話だ。俺にも不都合はない。本来は。


「とても品質の高い薬を作る錬金術士がいるということで、ああいった方がちらほらと……」


 ちらほらと。


 その一言に驚愕する。

 あんなのが複数来ているのか。


「あっ。もちろん、先程のように強引な方は少数です」


 だが、いることはいるんだな。


「ご、ご安心ください。本人の許可なく、個人情報は漏洩しませんっ。これは貴重な錬金術士を護るために施行された帝国法ですから、貴族であろうとも簡単には侵せません」


 帝国法?


 アストライトは王国だと言っていなかったか?

 まあ、いいか。


「助かるのは間違いないな。ああいった輩に押しかけられたら鬱陶しくてかなわない」

「優れた才の持ち主は希少ゆえに、危険が降りかかることもあります。ニアさんも気を付けてくださいね」

「ふざけた話だ」


 持ち得た力がどうだろうが、一個の存在であることに変わりはない。なぜ才覚などで権利が侵害されなくてはならないのか。

 才があっても、なくてもだ。


「それはともかく――お帰りなさい、ニアさん」


 一つ咳払いをして不快な出来事をわきに追いやると、エミリアはにっこりと笑って迎える言葉を贈ってくれた。


「ただいま。ただ、少ししたらまた王都に行くかもしれないが」

「ええっ!?」


 先程の様子では商品以上の迷惑をかけかねないので、予め言っておく。

 と、盛大に驚かれた。


「何か不都合でもあるのか?」

「ふ、不都合と言うわけではないんですけど」


 答えるエミリアの声は、確かに困ってはいない。ただ、妙な焦りと寂しさが含まっている。


 仕事での不都合はないようなので、焦りがどこに起因するかは分からない。しかしもう一方、寂しさに関しては共感できなくはない。


 悪く思っていない顔見知りが遠くに行くのは、大小の差はあれ空白を覚えるものだ。それが寂しいという気持ちなのだろう。


「王都は、その、どうでしたか? やっぱりノーウィットみたいに、娯楽どころか商業施設まで乏しい田舎より、魅力的なんでしょうか……」

「いや、正直よく分からなかった」


 何分、城の中でずっと作業をしていただけだ。町を歩いたのは行きと帰りだけで、寄り道もなし。

 比較できるような経験がない。


「そうなんですか?」

「ずっと城のアトリエにいたからな」

「ああ……」


 納得した様子でエミリアはうなずく。そこには微笑ましいような気配があった。


「どこに行っても、ニアさんはニアさんですね」

「当たり前だろう?」


 どこに行こうが、自分が変わるわけじゃない。


「いえいえ。意外と当たり前でもなかったりしますよ? 人って環境で変わりますから。もちろん、悪いことばかりじゃないですけど」

「……」


 それは、否定できん。


 ならばいつか、俺にとって錬金術が一番でなくなることさえあり得るのか? 今はとても想像できない。


 ただ、あり得ないとまでは言えない。事実俺は人と知り合って変わったと思う。

 正確には、好きで、大切なものが増えた。


「じゃあ、王都に移り住むことを考えているわけではないんですね」

「できれば、移りたくはないものだ。貴族という奴はとにかく鬱陶しい」


 王都に住めば関わりが増えるのは明らかだ。嫌だ。


 だが、イルミナとのことを考えると……。拒絶ばかりもしていられん。

 何しろイルミナは貴族だ。始めから切り離せない問題だったと言える。


 国を出るか、国に残って王宮錬金術士を目指すか。まだ気持ちは定まっていない。どちらかというとアストライト自体には辟易しつつあるし。


 しかしそこに暮らす人々の中には好ましい者も少なくなく……。くそう。面倒な。


「考えてはいる、んですね……?」

「とりあえずは保留だ。どの道を選ぶにしろ、今はそれどころではないし」

「何かあったんですか? 出来ることならお力になりますけど」

「今は大丈夫だ」


 だがもしかしたら、いずれ協力を頼むかもしれない。主に素材確保の面で。

 とはいえ地下にあるものの正体が分からなければどうにもできない。連絡待ちだ。


「それより、ギルドの方は大丈夫か? 俺が納品していたような薬はどこででも流通しているから、さほど影響は出ないと思うが」

「代品については問題ないです。でも可能であればぜひ納品を……。本っ当に問い合わせが多いんですよぅー」


 後半、かなり情けない声音でエミリアは訴えてきた。


 正直、先程見たような奴の手にはいっそ渡したくない気持ちさえ湧くが。それで別の客にまで迷惑をかけるのは本意ではない。


「分かった。急ごう」

「よろしくお願いします!」


 心の底からの本気だった。

 ……急ぐか。


 エミリアにうなずきギルドを出た後は、予定通り食糧の買い出しに向かう。

 市場に並ぶ店や人通りもいつも通り――よりも、少し活気があるか? カルティエラ効果だろうか。


「らっしゃいらっしゃー……。おおぅ!? ニアじゃねーか! ここんところ見かけなかったが、帰ってたのか」


 客へ呼び込みを掛けていた店主が、俺を見付けてそう声を掛けてくる。

 こくりとうなずいて返すと、豪快に笑って広くなった額をぺしりと叩く。


「ここにいるんだから、帰ってきたに決まってるわな。今日もウチは新鮮採れたて野菜から、売れ残り良心価格までバッチリの品揃えだぜ。さあ、買った買った!」

「ちょっとお父さん、余計なことまで言わないでよ」


 店主の文句を聞きつけたらしい娘が、奥の方から苦言を呈する。


 売れ残った前日の品を値下げするのは、店としては利益の減少。嬉しくあるまい。

 とはいえ俺のように懐が心許ない者にとっては、助かる面があるのも事実。


 今日明日調理して消費する分は値下げ品を、その先の予定分は通常価格の方を購入。特に棍野菜は問題ない。


 ちなみにこの店主、嘘はつかない。


 中にはやや日が経った物を平気で新鮮だと偽って売る、悪辣な奴もいるにはいる。俺は近寄らないが。

 そういえば、今日は店を出していないのか。見当たらないな。


「ほいよ。いつもご贔屓にありがとな。こいつはオマケだ」


 会計を済ませた俺のカゴに、店主が林檎を乗せてくる。

 オマケ? なぜ。


 戸惑っていると、先程声を上げた娘が奥から出てきて苦笑しつつ答えてくれる。


「お帰りなさいってことで。ニアさんのおかげで景気も少しいいしね」

「あんたが目利きだって知らない奴は、この市場使ってる中にゃいねえからな!」


 望む品質があるかどうかは、見れば分かる。目利きができなければ錬金術士などやっていられない……と言いたいところだが、そうでもなかったのをもう知っている。


 くれると言うなら貰っておくか。軽く頭を下げ、買い物に戻る。

 次に回ったのは来た当初から世話になっている肉屋。少量、鶏肉を購入。


「また来い」


 あまり口数の多いタイプではない店主からまで、業務外の言葉を貰ってしまった。


 かけられる声はどれも俺の存在を歓迎したものだった。利益以上に、隣人への好意だ。言葉に温度はないはずなのに、温かさを感じる。彼らは人が好いのだ。

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[良い点] 一難去ってまた一難とは、忙しないw
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