十八話
「アー」
音を被せて、効果を打ち消す。だが蜂の方は駄目だな。きちんとクイーンビーの歌を聞き入れている。向こうの方が近いし、聞き取りやすい音の波長もあるだろう。
なので人間たちの頭上に陣取って、クイーンビーの歌を阻害することに注力することにした。
音で負けるのは面白くない。なので、ついでに強化魔法も乗せて歌う。
「よ、よく分からない戦いをしているが……。ともかく好機だ! あのフォニア種の気が変わらんうちに、蜂を殲滅する!」
「はッ!」
クイーンビーの助勢がなくなった今、暗殺蜂はすでに知見のある相手なので対抗手段は心得ている。残る問題は、女王が引き連れてきた騎士蜂の方だが……。
危なげなく、戦っている。
さすがに無傷と言うわけではないが、全体的に優勢だ。動きが一般の冒険者や兵士のそれじゃない。一流に分類される精鋭のそれだ。
「何なの、お前は!」
ふん。
音で俺と張り合うのは不利だとようやく察したか、クイーンビーは歌うのを止めた。耳障りな音がなくなったので、俺も歌うのを止める。
「どうして邪魔をするの!」
「迷惑だからだが。お前こそ、なぜわざわざ人間の王都なんて面倒なものを襲っている」
「神人様に、ご下命いただいたのよ。必要だって。お前、魔物でしょう。どうして人間なんかに与しているの」
「――神人?」
思ってもみなかった単語を、思わず訊き返す。
「今はどちらも派遣していなかったはずだが」
「いいえ。ご降臨なされたの。つまりこれからは、わたしたち魔物の時代よ!」
クイーンビーの言葉に嘘はない。少なくとも、彼女自身は神人の降臨を本気で信じている。
もし本当なら、厄介だぞ。
「邪魔をするなら、殺すわよ!」
クイーンビーは直接的な戦闘を得手としたデザインをしていない。それでも自分と俺の力量を計って、勝てると踏んだんだろう。
「仕方ないだろうな」
初めから邪魔をするつもりでここにきているし。
俺が退かないことを告げた瞬間、クイーンビーはこちらに向かって突進してきた。かなり早い。
騎士蜂であれば強靭な顎や鋭利な手足、おそらく使うだろう魔法にも注意が必要。しかしクイーンビーはその体のほとんどに攻撃性の部位を持ち合わせていない。
あるのは一つ、臀部に残った蜂の形。そこから放つ毒針だ。とは言え、だからそれ以外に強力な奥の手がないとは限らない。
針を避けるため、旋回しながら相手に狙いをつけさせないようにする。
あまり乱射はできない仕様なのか、威嚇や無駄撃ちはしてこない。速さで勝っていて、そのうち追いつめられると分かっているからだろう。
「フフ。フフフ」
余裕を取り戻して、笑みをこぼす。獲物を狩ることに喜びを見出した残虐な精神が、自然に唇を歪ませた。
俺がフォニアの進化先だということは分かるだろうし、フォニア種はそもそも強くない。その油断が彼女に遊びを選択させる。
追いかけっこは、そろそろ佳境。クイーンビーの表情の高揚が強くなる。
「さあ、さあ! 観念して、死になさい!」
「お前がな」
「――え」
クゥア!
一声高らかに鳴き、予め干渉しやすくしておいた周囲の魔力を一斉に変質させる。
予定通りの位置とタイミング。攻撃のために、必ず隙を生む。
そこを狙って操作した重力で、四方八方から押し潰す。ぐしゃりと嫌な音がしたが、潰れて圧縮されたので、最早目視は不可能。別に見たくもないが。
まあ、いずれ大地に帰ることだろう。
もしかしたら女王には奥の手やら最後の手段やら第二形態やらがあったかもしれないが、わざわざお披露目を促してやる理由もない。実戦で余裕ぶっている方が悪い。
そして女王の死を、群れの蜂たちは敏感に悟った。
一斉に動きを止め、右往左往し始める。だがしばらくして、半分ほどの蜂は統率を取り戻した。
残りのもう半分は、混乱したままフラフラと戦場を離脱しようとしている。向かっている方向は北。巣に帰るつもりかもしれない。
「魔導士隊、奴らに印を付けろ!」
蜂の動きに気付いた赤毛の騎士が、そう命令を飛ばす。魔導士たちもすぐに反応して、手の空いた者から一斉に同じ魔法を放った。
何匹かには当たった。そいつらが巣に帰ってくれれば、場所が判明するだろう。
しかしまずは場の収拾だ。統率を取り戻した暗殺蜂と騎士蜂の退治を徹底する。
優先順位は低いだろうが俺が魔物なのは間違いないので、人間たちが蜂退治に注力している間にこの場を離れることにする。
隠者の粉、持ってくればよかった。
初めに隠れていた低木付近よりも、さらに遠くまで移動してから着地。最早姿も見えないが、集中していれば音は拾える。
ややあって、戦闘音は途絶えた。
『フォルトルナー……?』
状況が落ち着いてすぐ、イルミナが発した呟きが届く。
『よし、状況終了。被害を報告しろ』
続いて、赤毛の騎士の声。
『総員、軽傷です。フレデリカ殿下』
フレデリカ?
聞き覚えがある。カルティエラの姉が同名ではなかったか?
同名の他人か? 王女がこんな戦地に出向くわけが……。いや、今彼女は『殿下』と呼ばれた。
そこれこそ、同名の王女が同時代にいるわけもないだろう。ややこしいだけだ。
『では、追撃を開始する』
王女が下した判断は、勇ましかった。
しかしそれがいいだろう。クイーンビーが死んだ直後、蜂は混乱した。それから半数ほどが統率を取り戻している。
つまり、女王を継いだ新女王がいる。
だがおそらく、まだ幼い。群れ全体を統率する能力を備えきっていないのだ。ならば今のうちに討伐しておいた方が安全だろう。
『――イルミナ? どうした、移動するぞ。何か気がかりでもあるのか?』
『い、いいえ。失礼しました』
慌てたようなイルミナの返事と共に、集団が移動する音が聞こえてくる。
距離は保ったまま、俺も一行の後を付いて行く。
平原を進み川を超えると、少しずつ植物の密度が濃い地帯へと入っていく。街道からも外れているし、人の往来もなさそうだ。
深い森を切り開くには人手も時間も金もかかり、危険も多い。すでに他の何者かのテリトリーになっていて、共生が成せないことがほとんどだ。用がなければ手を付けないのは道理。
騎士たちは数人間隔で明かりの魔法を使い、周囲を警戒しながら進んでいく。帰る道を迷わないよう、印をつけていくのも忘れない。
……クイーンビーは、神人の命令だと言っていたが……。
近くに神人がいるような気配はない。ただの思い込みか? むしろそうであってほしいが。
森に分け入って二時間ほど。時折襲いかかってくる魔物を迎撃しながら進み、ようやく目的の場所に辿り着く。
「――この奥です」
魔導士が示したのは、先が見通せない程度には深い洞窟。あの蜂が巣を作ろうと思えば、このぐらいの土地は必要か。
「よし、焼け」
「はッ」
フレデリカ王女は中々容赦がない。
魔導士たちはたっぷり時間をかけて魔力を練り上げ、最大威力の火球を作り上げる。
「撃て!」
そして号令のもと、一斉に放った。
洞窟の奥で、幾重にも重なった爆発が起こる。火の粉が森に類を及ぼさないよう、入り口に結界が必要だったほどだ。
ややあって炎が収まるが――反応はない。
「確認する。警戒を怠るな」
「はッ」
三分の一程の騎士が洞窟内へと足を進めた。その中にはフレデリカ王女とイルミナの姿もあった。本気か。
ここしばらく地位の高い人間は責任を負いたがらない連中ばかりを見てきたので、意外だ。
とはいえイルミナが行くなら放置はできない。待機組の騎士たちの頭上を飛び越え、俺も洞窟の中へと進入する。
「あ!」
「さっきのフォニア種! 付いてきてたのか!?」
「おい、待て。中はまだ危ないかもしれないぞ! 戻ってこーい!!」
蜂退治に協力したからか、それとも元々フォニア種に敵対的ではないのか。身を案じる声まで掛けられてしまった。
爆発の余波が届くことからも、洞窟はもの凄く深いわけでもない。百メートルほど進んだところで最奥に辿り着く。
そこでは多くの蜂が折り重なって倒れ、巣の残骸が燻っていた。
少なくとも、この群れは壊滅したと見ていいだろう。
蜂の死骸をどかしながら、生き残った個体がいないかを入念に確認していく。最中、女王蜂の幼生らしきものも見付けた。
脆くなった巣の残骸が自重に負けて崩れていく音に混ざって、丁度フレデリカ王女がいるあたりの瓦礫が妙な動きをした気がした。
フレデリカの視線は他所を向いている。代わりに、側にいたイルミナが異変に気付いた。
「殿下!」
「!?」
叫んだイルミナが身を盾にしてフレデリカを庇ったのと、残骸の下から飛び出してきた満身創痍の蜂が渾身の力で毒針を放ったのは同時。
「くっ」
フレデリカを押し倒す様にして、自らも毒針から逃れようと足掻いたイルミナだが、一歩遅かった。蜂の毒針は彼女の騎士服を裂き、腕を掠めている。
「イルミナ!」
跳ね起きたフレデリカが、すぐにイルミナの状態を確認する。蜂は駆けつけた騎士の一人によって即座に斬られた。
そして俺は、シャーレクアレに癒しを請う。
「うおっ」
「何て神気だ――って、け、怪我がない!?」
「あ、安心しろ。毛はあるぞ!」
神の気配に慣れていない人間たちの動揺は激しく、よく分からないことを口走っている。が、それらはまあどうでもいい。
傷はそんなに深くなかったはずだし、イルミナの抵抗力はかなり高かった。致命的なことにはならないはずだ。
はずだが――。
「……無事か?」
「フォルトルナー。やっぱり貴方だったんだね」
側に下りて訊ねると、むしろイルミナの方がほっとした様子でそう言って来た。
「イルミナ。そのフォニア種の魔鳥を知っているのか」
「はい。先日のダンジョン討伐の折りに面識を得ました」
「そうか」
フレデリカ王女は少し、俺をどう扱うか迷ったような間を空けた。しかしすぐにうなずいて。
「貴殿のおかげで我が隊は助かった。礼を言う」
種としてではなく、個としての行いを優先することにしたらしい。
「俺にも利があってやったことだ。礼は必要ない」
「利? 蜂と因縁でもあったのか?」
「そんな所だ」
事実は違うが、フレデリカ王女の誤解は俺にも都合がいいので乗っかることにした。
「それから、イルミナ。お前にも礼を言う。おかげで助かった。私の迂闊さのせいで、危険な目に合わせてしまったな」
「殿下をお護りするのは、王宮騎士の本懐です。それに、然程危険とも思っていませんでした」
「自分の抵抗力に自信を持つのはいいが、持ち過ぎは危険だぞ」
「いえ。自分のではなく。――信頼できる男性から貰ったものがありましたから」
公的にはまだ抵抗薬は完成していないから、イルミナは答えを誤魔化した。
フレデリカ王女は、お前にとって主なのだろうに。俺を庇う方を優先するのか。……そうか。
蜂が片付いた今些細なことと言えばそうだろうが、それでも役目よりも優先されたのは後ろめたいような、嬉しいような。
複雑な気分だ。
「そうか。何にしても、無事でよかった。――ふっ。いっそ外で警戒中の者たちに申し訳ないぐらいだな」
傷が完治した腕をばしりと叩き、フレデリカ王女は快活に笑う。
「よし! 蜂は打ち滅ぼした。皆、凱旋だ!」
「おおー!!」
シャールクアレの癒しに活力の充填は含まっていないはずだが、朝からここまで動き続け、戦い続けで、元気なことだ。
まあ、消沈されているよりは気分がいい。
そういうことなのかもな。
「ねえ、フォルトルナー。貴方、これからどうする? もし疲れているなら、一日王都で休んでいくのはどう?」
「ああ、それはいい! きっとみんな喜ぶ」
イルミナの提案を聞きつけたフレデリカ王女からも、そんな後押しをされる。しかし。
「行ったとしても、歌わないぞ」
「それは残念。しかしそうでなくとも、魔物と協力して魔物退治などちょっとした英雄譚だ。主役がいればより盛り上がるだろう」
フレデリカ王女の物言いには、裏も表もない。本気だ。
純粋に歓迎しようという気持ちに悪い気はしなかったが、さすがに無理だ。そんなに長時間留守にしていたら怪しまれるだろう。




