三話
普段は処分に困る試作品だが、ダンジョンができているなら丁度いい。
このダンジョンというもの、有機物や魔力は取り込み、無機物や神力の混ざった物は一旦取り込んでから適当な場所に吐き出し放置する、という性質を持つ。
つまり俺の試作品もダンジョンに捨てておけば、純魔力で構成されている物は吸収されて消えるし、神力交じりの物は討伐隊が見付けて鹵獲なり処分なりしてくれる、という寸法だ。
町から明かりの消えた深夜。俺はダンジョンを求めて外に出る。
これでも魔物だ。自らにとって快い、魔力の濃い場所を探すぐらい容易い。
城門は閉まっているが問題ない。夜陰に紛れて人化を解き、本来の姿で袋を足にひっかけ、飛び上がる。
下級種であった頃とは違って、今の俺の体はそこそこ大きい。人と同程度はある。音を立てないように慎重に羽ばたき、空へと昇った。
翼で柔らかく空気を打ちながら、町の周囲を旋回することしばし。
――見つけた。
普通の人間が歩いたら、徒歩半日といったところか。小さめの森に立ち並ぶ木の一つに、魔法陣が浮かび上がっている。
夜の闇は魔物の領域だから、滅多に人はいない。悠々と魔法陣に突っ込み、ダンジョン内部へと転移する。
人がこの魔法陣に気付くのはいつだろうか。まあ、俺には大して関係ないことだが。
念のため、明日明後日では人間が到達しないだろう奥に捨てていくことにした。吸収までの時間は稼がなくては面倒になりそうだから。
いくつかのフロアを抜け、階段を下り、試作品を廃棄する。――これでよし。
進化した中級種が表に出てくるだけあって、このダンジョンはすでにそこそこの大きさまで育っていそうだ。ノーウィット常駐の戦力だけでは討伐は不可能だな。
とはいえ、人間はダンジョン討伐に慣れている。そうと分かれば手練れの冒険者や騎士を増やして対応するだろう。
……そう考えると、落ち着くまでどこかに退避していた方がいいかもしれない。実力者に姿を見られたら、俺が魔物だと見破られる可能性が高まる。
そんなことを考えつつ来た道を戻っていくと、剣戟の音が聞こえた。
魔物同士の食い合いだろうか。
進化するには経験を積み、肉体を鍛え、魔力を高める必要がある。己が生き残るため、魔物同士での殺し合いも珍しくない。
かく言う俺も数多くの魔物を屠ってきた。進化して人間の手を手に入れるためだったから仕方ない。
巻き込まれるのは御免だが、出口はその先。陽が昇ると町に戻るのが難しくなるから、あまり時を待ってもいられない。
幸い、争い合う音は地上部分からだ。上空を確保しながら様子を見よう。
しかし様子を見る間もなく、現場に辿り着くのとほぼ同時に静かになった。決着がついたのか。
下を覗いてみればゴブリンの群れが倒れ伏し、見覚えのある人間――イルミナが佇んでいるところだった。
俺が認識すると同時に、イルミナも俺に気が付いた。体の向きを変えつつ、問答無用で剣を振るってくる。神力を帯びた剣閃が、軌道に沿って衝撃波を生む。
「!」
様子を盗み見るつもりでしかなかった俺は、とっさに木から飛び降りるしかできなかった。その際に掠った剣閃が翼を裂く。
そして落下先では、イルミナが万全の構えで俺を狩ろうと待ち受けていて――
「フォニア!?」
しかし俺の姿を目視で確認すると驚きの声を上げ、剣を放って落下地点に駆けつける。そのまま手を伸ばし、人と大して変わらない俺の巨体を受け止めた。
「くっ」
落下の衝撃にイルミナが苦痛の声を上げる。俺の方に衝撃はこなかったが、人の腕に捕らえられたことに激しい拒絶感が噴き出す。
「放せッ!」
「わ、わっ。お、大人しくして。大丈夫だから。怪我してるから!」
「やったのは貴様だろう!」
「ごめんなさい、謝るわ。あんなに強い魔力がフォニアのものだと思わなかったから」
言いながらもイルミナは治癒魔法を使っていた。神力の刃に斬られた傷があっという間に塞がる。
害する気は、ない、のか?
「他には? 怪我していない?」
「……していない」
「そう」
ほっとした息をつき、イルミナはすぐに俺から手を離した。飛び退き間合いを取る俺に、残念そうな顔をする。
「フォニア種……だけどフォニアじゃないよね? 進化してるよね? 大きいし、喋ってるし。フォニアって本当に進化するんだ……」
確かに、フォニア種は弱い。俺も進化を重ねるまでに何度死にかけたか分からない。夢を叶えるために諦めなかったが。
ほとんどのフォニア種は進化まで行きつかないだろうし、辿り着いたとしても多くが亜種を選ぶだろう。
俺は人化の術適性が少しでも高い純進化先にしか興味なかったが、せっかくそこまで生き延びたのなら、戦闘能力の向上を求める気持ちは理解できる。
だから、人や魔物とここまで至近距離で対峙してしまったら覚悟を決めるしかない、と思っていたのだが。
「……俺を殺さないのか?」
イルミナに敵意を感じない。
「殺したりしないわ。どうしてそんなこと……。ああ、そうか。密猟か……」
後半苦い表情をしてイルミナは納得の声を出す。
しかし俺にとって意外だったのは、殺さない、と断言されたことだ。
「俺は魔物だが……?」
人間は魔物を見ると襲ってくる。俺たち弱小種はその限りではないが、魔物も人間を見ると襲う。これは仕方ない。種族的に相容れないのだ。世界創造の瞬間からの理である。
「うーん、そうなんだけど、フォニアって基本無害だし、声が綺麗で癒されるし、可愛いし……。進化すると可愛いより美しいって感じになるのね」
……そういえば、襲ってきた人間たちも殺そうとはしていなかったか? 捕らえようとはしてきたから同じだが。
「貴方だって、今こうしていてもわたしのこと襲ってこないじゃない?」
「人間を襲う理由がない」
多分多くのフォニアが人間に牙を剥かないのは自分が勝てないと分かっているからだが、俺の場合は本当に理由がない。
「ほら」
……フォニア種そのものには当てはまらない理由だが、まあ、いいか。下級種のときに狩られたら本当にフォニア種は生きていけない。そういうことにしておこう。
「でも、どうしよう……。ねえ、貴方このダンジョンに住んでるの?」
「違う」
「そうだよね、傾向違うもんね。――だったら王都に来る気はない?」
「王都?」
「そう。これは人間の勝手な区分だけど、フォニア種って希少で保護対象なの」
「ひ、人が、魔物を保護するのか?」
初めて知った。魔物使い系の人間が支配するのは見たことがあるが、保護なんて聞いたこともない。
いや、よく考えれば人間社会で暮らしてはいても、生活に関係のない情報を耳にするような生活はしていなかった。人間の町で暮らすのを目的にしていたから、魔物にも知り合い少ないしな……。
「それぐらい人気あるんだよ、フォニア種は」
「……」
王都、か。
行けるなら、行きたい。イルミナの言うことが本当なら、殺されたりはしないだろう。ただしそれは俺の目的には適わない気がする。
「どうせそこで飼い殺しにされて、死ぬまで歌わされ続けるんだろう」
「そこまで過酷な扱いはされないわ。歌ってもらうことになるのは間違いないけど」
「断る」
種族の習性か、俺も歌うのは好きだ。楽器を見れば爪弾きたくなる。本能的に。しかし、強制されるのは御免だ。
「まあ、そうよね」
交渉は決裂だ。しかしイルミナは座ったまま動かない。力尽くで捕らえよう、という気配は見えなかった。
俺がそれでも身構えてると、イルミナは大丈夫、というように首を振った。
「フォニアってほら、繊細でしょう。無理やり捕まえて連れ帰っても、ストレスで死んじゃうから……」
なるほど。そうやって殺してきて、希少種になるまで減らしたんだな。あまり多く生まれる種でもないし、あっという間だっただろう。
「ダンジョンじゃなくても、住んでるのはこの辺り?」
「監視でもする気か」
「外れてないけど、言い方に容赦ないね……。でも、それじゃあストレスでしょう?」
「そうだな」
「だから護りの魔法をかけてもいい?」
「断る。術者との繋がりが残るんだろう?」
純粋に困る。ノーウィットの錬金術士として暮らせなくなってしまう。
「それも嫌なのね……。なら、普段は繋がりを切っておいて、護りの魔法が発動されたときにわたしに分かるぐらいなら、どう? 貴方に危ういことがあったら、すぐに助けに行けるようにしておきたいの」
その提案には、少し迷った。
種族的に、俺はあまり強くない。危機に陥ったとき助けが来るというのはありがたい話ではある。
イルミナが俺を無理に捕まえようとしていないのは本当だ。言葉に――音に嘘が混じれば分かるから、そこは間違いない。
今までの話からするに、イルミナが俺に期待しているのは、保護をしつつフォニアを繁殖させることだろう。希少じゃなくならないと手荒に扱えないだろうから。
フォニア種の雌が見つかったら紹介されるかもしれないが……まあ、別にいいか。
「それならいい」
「ありがとう!」
ぱっと顔を輝かせ、いそいそと地面に魔方陣を描き始める。
かなり複雑で精密なものだ。こんなものを何も見ずに描き上げるには、相当の努力が必要となる。王宮騎士の実力を垣間見た。
門外なので詳しくはないが、式や記号単体は読み解ける。危ないものはなさそうだ。
「これでよし。じゃあ、中心に立ってくれる?」
「こうか?」
「そうそう。始めるよ」
イルミナは地面に手をつき、魔法陣に魔力を流し始める。見たところイルミナは魔力よりも神力適性の方が高いようだが、これは魔物の俺に合わせたんだな。
俺は勿論魔力適性が高いが、神力も使える。これもあってフォニアはあまり人間から敵対視されないのかもしれない。紛うことなく魔物だが。
魔力が満ちた魔法陣は淡い金の光を放ち、術式が俺の体に刻まれていく。
光が収まり、術式がすっかり定着すると、腹の当たりが妙に温かいことに気付く。嘴で毛を避けて肌を確認すると、守護の紋章が浮かび上がっていた。
そうだ。これが出る場所を確認するのを忘れていた。人化しても服で隠れる所だったのは幸いである。
「これでよし、と。――そういえば貴方、名前はあるの?」
「一応あるが、教える気はない」
錬金術士である自分とフォニアの自分に繋がりを持たせる気は一切ない。
「呼ぶならフォルトルナーでいいだろう。少なくともこの近辺では俺だけを指す種族名だ」
「味気ない……。でも、分かった。フォルトルナーって種族なのね」
正式名は違うが、どうでもいいだろう。
「なら、俺はもう行く。――あ」
そろそろ本格的に外の時間が気になってきたので、話を切り上げようとする。――が、その前にふと疑問が頭を過ったので、解消していくことにしよう。
「そういえば、なぜお前はこんな時間にこんな場所にいるんだ?」
討伐『隊』が派遣されることが示す通り、ダンジョン討伐は複数人で行うものだ。
ダンジョンの構成上、度を超えた大人数で密集するのは得策ではないので、少数精鋭で討伐隊を組むことが多い。大体六人程のパーティーを二つか三つ、というところか。
稀に一人で挑む猛者がいるが、あれは一体何を考えてそうしているのだろうか。今のところ、俺には明確な理由が理解できない。今のイルミナとか。
「中級種が表に出てきてたから、下見に。もしこのダンジョンの危険度が高いようなら、討伐隊に加わる人をもっと絞る必要があるかなって」
「そんなことのためにか?」
討伐隊には探索に優れた力を持つ者も加わるだろう。その人物の到着を待てばいいだろうに。その方が安全だし、確実だ。
「修正するなら早い方がいいでしょう? できる所まではやろうと思って」
効率的ではある。だが少しばかり不思議だ。
なぜならそれは、イルミナ自身が余計に危険に晒されることだからだ。
押しつけられたならともかく、自ら危険を買って出るとは。それも、己の住処ではない場所のために。
「そういうものか」
とりあえずイルミナの思考は理解できたので、翼を広げる。察したイルミナが一歩引き、俺はそのまま飛び上がった。
見送る視線を受けながら、ダンジョンの出口に向けて飛んでいく。
人間の心理はたまに、教わって尚不可解なことがある。どうでもいいが。