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五話

「ニア、あれってさ……」

「そうだな」


 リージェは言葉を濁したが、言いたいことは分かる。

 俺が作った品だ。なぜグラージェスにある?


 ノーウィットで買った旅人か誰かが、不要になってグラージュスで売った……とかか? まあ、別にいいが。


 そうこうしているうちに、入ってきた客が『お』という顔をして棚から取っていった。自分の作った商品が売れる現場に居合わせるとは。中々の偶然だ。


「出来の良さがバレてるよ、ニア……。個人依頼が打診されるの遠くないと思う……」

「断れば問題ない」

「断り切れずに引き受けちゃう未来しか見えない」


 そんなことはない。……はず。


 とりあえず今起こった事は脇に置いて、棚へと目を戻す。やはりノーウィットにはない素材も多く取り扱われていて興味深い。


 品質は、まちまちだな。


 そうして店内を順繰りに回っていくと、一つの棚から微動だにしない客と行き当たった。横からでも見れるから問題はないが、大分悩んでいる様子は窺える。


「シェルマ、提案。やっぱり全部を買っていくべき?」

「駄目。もったいないし、姫様だって困る。リェフマ、拒否」

「でもシェルマにはどれが良いか分からない。望む効能のない素材だったら、姫様もっと困る」

「それは、そう」


 腕を組み、少女二人組は唸る。


 頭の側面に羊のような角のある、双子らしき少女だ。外見年齢は十四、五。あくまで人間基準だが。

 かなり癖のある巻き毛は短く切られており、色は緑と赤。瞳は二人ともに金。


 外見はかなり影響を受けているが、魔力は人寄り。ハーフか、もしくはクォーターか。

 ただ、彼女たちが道行く人々から迫害されることはないだろう。イルミナのものとよく似た騎士制服を着ている。


 デザインが若干違うので、所属は別だと思うが。


「ニア、ごめん。ちょっと待ってて」


 俺に向かって手を合わせると、リージェは双子の元へと近付いて行く。


「すみません。良ければ相談に乗りますけど」

「わ!」

「びっくり!」


 脇からそっと声を掛けたリージェへと、そっくりな反応が返ってくる。


「わたし錬金術士なので。探されている物に協力できるかもしれません」

「助かる!」

「感謝!」


 意地を張るタイプではないようで、双子はリージェの申し出をためらわず受けた。

 会話からするに、緑毛がシェルマで赤毛がリェフマだ。


「早速ですけど、何に迷っているんですか?」

「これ!」

「星咲の花!」


 二人は揃って棚の一角を指さした。


「用途は香水への加工。香りが高くなる品が欲しい」

「ええ……っ!?」


 胸の前で両拳を作って訴えてくるシェルマに、リージェは困ったような声を上げた。


「星咲の花って、むしろほとんど香りがないはずだけど。……嫌がらせとかじゃなくて?」

「嫌がらせ、違う。姫様、香る物は絶対にあるはずだと言ってた」

「昔、姉姫様と遊びに行った、秘密の花園思い出、再現する」

「それはまた、稀有な現象に出会ったな」


 シェルマとリェフマの勢いに押されて……というのもあるだろうが、リージェに二人の要望を叶えるのは難しいだろう。


「ニアー」


 言いたいことは分かるから、裾を掴むな。


「「稀有?」」


 こてり、とシェルマとリェフマは同じ角度で首を傾げる。


「雄花は魔力に反応して、雌花は神気に反応する。互いの条件を満たしたうえで一定度の距離に雄花と雌花が存在した場合、虫を誘って受粉するため甘い香りと蜜を生むらしい」


 純粋な魔力と純粋な神気という空間が、すでに稀。しかも花と花が認識できる近さだ。自然界ではありえない。人工的にも、人間の魔力操作の雑さでは難しいだろう。


 値段を見るに、それなりに貴重品。この受粉方法では無理もない。


 おそらく、他に花が無いような場所でしか野生では存在していないだろう。誘わなくても虫が来てくれるような状況下だ。


 ただ、人工的な栽培は可能。だから値段もそこそこなんだ。薬効も……そこそこ、だな。


「へー」

「そこで感心するな。特性をきちんと見れば分かっただろう」


 錬金術士として、できなくては話にならない技能だぞ。


「ま、まだそこまで詳しく一目で看破できないもん……」


 いじけるな。


「じゃあ、雄花と雌花を揃えれば、香りの高い香水が作れる?」

「どうだろうな……。相当難度は高いぞ」


 なにしろ、純粋な神気と魔力を混ぜずに加工する必要がある。魔力操作が雑な人間で、できる者がいるのだろうか。


 国が発行しているレベル十クラスを軽く超える難易度になると思うぞ。


「んんー……。分かった。後は姫様に相談!」

「お使い果たせる。ちゃんと説明できる。感謝! お礼、支払う?」

「必要ない。仕事で受けたわけじゃないからな」


 親切心で金を取ったら、親切でも何でもないだろう。まして彼女たちは、広義で言えばリージェの同僚。仲間への協力を申し出ただけだ。

 それを途中で割り込んだのも、俺の勝手。依頼じゃない。


「可能かどうかはともかく、香りの強い香水を造りたいなら、この辺りの素材がいいだろう」


 雌花と雄花それぞれから、予備も含めて五本ずつ渡す。


「重ね重ね、感謝」

「姫様にも、良くしてもらったと伝えておく。名前、聞いていい?」

「リージェだ。彼女の名前だけでいい」

「事実と違う感じになるから、遠慮するわね」


 例によってリージェに押しつけようとすると、断られた。どうしても功労者が必要な件じゃないので大丈夫か?


「……じゃあ、親切にしてくれた人がいたことだけ、伝える」

「そうね。それぐらいぼんやりさせてくれるといいかも」


 協力者の存在を口にできないと、シェルマとリェフマは独力でお使いを果たしたことになる。事実以上の功績を得るのを嫌がる、リージェと同じタイプだ。


 うなずいたリージェに、二人は深々と頭を下げて花をカウンターへと持っていく。


「ところで、ニア。あの子たち『姫様』って言ってたんだけど」

「無関係を貫け」

「……分かった。なるべく」


 リージェに言いつつも、あの素直な双子のことを考えると、あまり叶う気はしない。

 まったく。どうしてこうなる。




 双子が『姫様』にするであろう報告も気がかりではあるが、悩んでいても仕方ない。


 せっかくなのでノーウィットでは入手しにくい素材を、俺もいくつか購入した。星咲の花もその中に入っている。


 その後イルミナと合流し、予定通り本屋に寄って図鑑を購入。錬金術関連の本は、残念だがあまり参考になりそうなものはなかった。


 買った図鑑も錬金術にも応用できるという点では、関連書物に含めるべきなのかもしれないが。おそらく作成者にその意図はないので迷うところだ。


 そうしてノーウィットに帰って来て、数日後。王女一行がついに到着するということで、町の人間の多くが門の前へと詰めかけている。


 国民が無関心なのは王族として虚しいだろうから、良かったのではないだろうか。

 しかし到着しただけでこれとは。直接言葉が聞けるとなれば、どうなる事か。


「そういえばさ。花もいいけど、果物とかもいい香りしそうじゃない?」


 最近凝って作っている安らぎのアロマの在庫整理を手伝ってくれているリージェから、そんな提案がされる。


 報酬……という程ではないが、作った品の幾つかをリージェにも提供している。扱いに困る在庫も減って、俺としてもありがたい。


「果物か。確かに」


 香りのバリエーションとして、あったらまた楽しめるかもしれない。


 ただ、果物は安くない。更に素材としての面白みは然程ないので、正直、食用にした方が有意義な気がする。


「オレンジでしょ。ピーチでしょ。ラズベリーでしょ。レモンなんかもいいわよね、爽やかで」


 リージェが並べた果物類を好んでいるのはよく分かった。言いながら頬が緩んでいる。


「お前の場合、香りが部屋を一日中漂っていたら食欲が刺激されて辛そうだな」

「そうかも! 危険な予感がする」


 行き過ぎると気分も悪くなるだろうし。


 雑貨としてなら追及も楽しそうだが、効能はあまり、という部分で、個人的に惹かれる研究題材ではないな。


「い、言っておくけど他意はないわよ? ただほら、香りの種類があったらいいなって相談されてたのよね?」

「できれば、というレベルでだ」

「まあ、それで出来ちゃうところがニアなんだけど」


 グラージェスから仕入れた幾つかも、すでに安らぎのアロマの材料として使ってみた。こちらは元々錬金術の素材なので、効能にも若干の差がある。


「星咲の花はどう?」

「手を付けていない。言っただろう。あれの香りを引き出して有効属性化するのは難度が高い」


 しかし出来ると分かっているのならやってみたい。成功率を上げるために、専用の器具が必要だ。今はそれの構想段階である。


「ニアでもなんだ」

「普通にやったら確実に別属性が混ざる。納得のいく出来にはならないだろう」

「じゃあ普通の人は絶対無理な奴だ」


 そう思うぞ。


 もしノーウィット滞在中に『姫様』が星咲の花の香水を作るつもりなら、役目を振られるのはおそらくトリーシアだ。


 トリーシアでは無理だろう。あいつも神気と魔力を純粋に分けての操作はできないはず。


 これがイルミナだったら面倒なことになるかもしれないが、トリーシアは自分が作れなくても俺の所に持ち込みはすまい。国として必要ではない限りは。


 ……早々そんなことは起こらない、はず。


「姫様は、姉姫との思い出の香りを再現しようとしている、というような話だったよな?」


 ただのプレゼントならば大丈夫だ。諦めて別の品にすればいいだけの話。不可能な物に固執はしないだろう。何しろ期日が決まっている。


「第一王女のフレデリカ様のお誕生日が近かった気がするけど」


 よし、安全な話の気配だ。


「誕生日プレゼントかあ……。いくつになっても、貰えるとやっぱり嬉しいよね」

「そういうものか?」

「わたしはね。ニアは違……っていうか、ごめん。もしかして無神経だった?」

「いや? 確かに誕生を祝われたことはないが、気にしたこともない」


 俺が生まれたときのダンジョンマスターの反応は、がっかりする、というものだった。

 戦闘能力など皆無なフォニアだからな。無理もない。


「やっぱり無神経なやつだった!」


 気にしていないと言っているのに、リージェは頭を抱えて仰け反った。そしてすぐに姿勢を戻す。


「ニアの誕生日っていつ?」

「正確には覚えていない」

「だよね! じゃあ、なんとなくでも」

「……夏の半ばぐらいだったと思う」


 葉の緑が鮮やかな季節だ。あまり物を考えなくても食糧になる虫が豊富で、困らなかった記憶がある。秋は木の実を中心に突いていた。反撃を受けなくて安全だからな。


 ……その後の冬は地獄だった。なぜ当時の俺は貯蔵という発想をしなかったのだろう。


「じゃあ、八月一日ってことにしよう」

「わざわざ決めるのか? なくても不自由していないが」


 ギルド登録にも必須ではなかったので、考えもしなかった。空欄で通じたということは、人間社会でも一定数、誕生日が不明な者がいるんだろう。


「だって決めないとお祝いしにくいじゃない。駄目?」

「拘りはない。さっきも言ったが、俺は別に気にしていないぞ?」


 ダンジョンで生まれた、多くの同胞も同じである。マスターが興味を示して寵愛したのは、強かったり強くなる可能性の高い種や個体だ。

 後はまあ、頭数みたいなものだったな。


「ニアが本当に気にしてないなら、辛かったよりはマシかなって思うけど。それはそれとしてわたしはお祝いしたいし。だからできれば、ニア公認の誕生日が欲しいなって」

「まあ、初めて設定するもので他に齟齬もないから構わないが」

「よし、決定ね。八月一日、楽しみにしててね」

「分かった」


 拒む理由もない。リージェ曰く、嬉しいものらしいし。


「ちなみに、わたしの誕生日は三月二十二日です」

「来年になるな」

「そうなの。っていうか、お祝いしてくれるんだ?」

「そのために申告したんだろう」


 幸い、手本は先に見れるだろうし。


「てへ」


 照れくささと自ら要求したことへの気まずさからか、リージェはおどけた口調とともに僅かに舌をのぞかせる。


 桃色の舌は、柔らかそうで可愛らしい。一瞬、啄みたい衝動に駆られる。

 男だ女だと気にしている割に、無防備すぎないか。


「それは止めておけ」


 呆れて息をつきつつ言うと、リージェは呻いてよろめいた。

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