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四話

 グラージェスは四方に伸びる街道を持つ、中継地点の要所である。ゆえに、町そのものも交易地点として発展を続けている。


 ノーウィットがいまいち発展しないのは、『グラージェスまで行けばあるからいい』という、人々の意識によって素通りされる町なのも理由だろう。


 そんな町なので、当然魔物の侵入を阻む結界が設置されており、機能もしている。


「俺は確実に引っかかるぞ。通れるのか?」

「説明すれば大丈夫。王都でも、そうやって町で暮らしているハーフの人もいるよ。……あれ? でもノーウィットの結界には、ニアさん反応してないよね?」

「作ったのが俺だからな。例外処理を施させてもらった」

「……そうなんだ」


 イルミナはリージェと同じく、驚くのをやめたらしい。受け入れてうなずくに留まった。


 人間の町は、魔物などの害敵を防ぐために高い塀で囲まれている。そして犯罪者などが入り込まないよう、入り口で身分証明を求められるのだ。


 ノーウィットはその辺りも雑で、初めのとき、俺は検問を受けずに町に侵入した。


 ギルド登録した後は正規に出入りしているが、いつ入り込んだか知れない俺に門番は気付いていないというレベルだ。別の当番の奴の日に入ったんだろうぐらいの緩さがある。確認もしていないのにな。助かっているが。


「せっかくだから、錬金道具があったら買っていこうかなー。トリーシア様ももうしばらく滞在するみたいだし」

「家をどこか借りるのか?」


 うちにアトリエ二つは無理だと言ったぞ。まあ、貸している部屋に納まるだけの、大掛かりなものでなければ構わないが。


「そっちはまだ様子見かな。家って、借りるとやっぱり高いし。ニアと一緒にいた方が勉強になるし。……邪魔?」

「いや、別に。意見交換ができるのは俺も楽しい」


 自分がそんなことを楽しむ性質を持ち合わせているのも、リージェと話して初めて知った。


「本当? よかった。わたしも楽しいから」


 言って、リージェは満面の華やいだ笑顔になる。普通に可愛い。

 対して、イルミナは少し考えるような素振りを見せた。


「どうした?」

「ニアさんて基本、錬金術にしか興味ないよね?」

「そうだな」


 今更何を?


「わたしがニアさんに楽しんでもらう話をするのって、今のままだと難しいなって。でも付け焼刃の知識じゃあ、やっぱり楽しくはないだろうし……」


 俺と話を合わせるために、錬金術を学ぶかどうかを迷っているらしい。


 話すべき内容がないのなら、無理に話す必要はない。

 だがイルミナが言っているのは、必要、不必要の話じゃないんだろう。


「別にいい」

「ニアさんはそうだと思うけど」

「ではなくて。お前の話なら、別に錬金術でなくてもいい」

「え」


 素直に驚いた声を出された。言った俺自身も似た心境だ。さすがに自分で口にした言葉に驚きはしないが。


「お前が、俺と理解を深めるために会話をしようというのは分かるからな。人の勉強にもなるし」


 だからだろう。興味がなくても不快ではない。


「――そ、そう、かな」

「ああ。大体、片手間にできることでもない」


 騎士も錬金術士も。いや、どんなものでもそれを職として手に付けようと思えば、余計なことに割く時間は限られる。


 それこそ、一を聞けば十を理解する、稀有な天才以外は。


「それは確かにそう」


 現実的ではないのをイルミナも分かっていた。だから悩んだのだ。


 実現が難しい発想を、それでも考えるぐらいにはイルミナにとっては真剣な悩み。俺と楽しく会話をする、というそれだけが。


「……」


 視界の端でリージェが少し拗ねた表情をしている。お前こそ問題ないだろうに、なぜだ。


「じゃあとりあえず、今日は宿を取って、一晩休もうか」

「いいのか?」


 大分急かされてここまで来たので、着いたらすぐに服を作るのに取りかかるかと思っていた。幸い、日もまだ高い。


「採寸とかを考えるとやっぱり、ね?」


 イルミナは言葉を濁したが、納得した。こちらは十日強、馬車に揺られて疲れている。人様と密になるのなら、気を遣うべき部分が色々おざなりになってもいる。


 まして向かうのは、そこそこの品質を提供できる店。入店時から身形を整えてある必要があるんだろう。


 本来の俺の身分では、利用さえ断られる――とまではいかないだろうが、怪訝な顔はされることだろう。

 ただ今回はイルミナが付いているし、トリーシアからの紹介状もある。問題ない。むしろ店側が慄くことが予想される。


 何にしろ、礼儀は必要だ。社会において。


「分かった」

「うん。行こうか」


 自然とイルミナが先導する形になる。


 俺は言わずもがな、リージェも旅慣れているとは言い難い。イルミナも慣れている、とまでは言えなさそうだ。


 しかしもっと初心者の俺たちを不安にさせまいと、意識して堂々としている感がある。

 まあそれでも、問題はなかった。グラージェスの宿の人間の方が、旅慣れない相手にもなれている経験の豊富さ。


 技能はやはり、研鑽と経験で身に付くものだな。




 風呂に入って衣服も洗濯済みの一程度清潔な物に取り換えて、翌日目的地へと出発した。

 と言っても町中の話。すぐに着く。


「店構えがすでに立派だあ……」


 すでに入り難そうな声を上げるリージェ。


「お前も慣れてないのか」

「慣れてるわけない。だって必要なかったもの。王宮錬金術士として、等級が上がったときに入ったぐらいかな……」


 五級から始まって、リージェは今二級。四回か。


「二人とも、取って食べられるわけじゃないから」


 雰囲気を和ませようと柔らかな笑顔で大丈夫と請け負うイルミナは、言葉通り緊張無し。旅よりこちらの方が慣れている気配さえある。


「じゃあ、入るね」

「はいっ」


 気合いを入れてリージェが返事。俺も軽くうなずいた。

 それにイルミナも応じて、扉を開く。


 中は――整然としている。狭いスペースを最大限活用し、空いている空間にこれでもかと服を詰め込む古着屋とは違うな。


 意外と既製品らしき服も多い。別に作らなくてもこれでいいんじゃないか?


「思うんだが、一から作らなくてもいいのでは」

「え? うん、勿論。既製品を体に合わせて整えてもらう感じかな」


 そうか、それでよかったのか。少しほっとする。

 勿論それでも、俺が普段使いしている物とは天と地ほどの開きがある金額が要求されるだろうが。


 奥へ進み、イルミナが適当な従業員に声を掛ける。それから従業員の案内でさらに店の奥へ。

 出てきたのは職人の気配のある従業員。彼に俺を示して、イルミナは下がる。そして壮年の男が歩み寄って来た。


「お話は伺いました。早速採寸をさせていただいてもよろしいですか?」

「頼む」

「ニアさん、わたし、リージェちゃんと店内を見てるから」

「分かった」


 リージェも小物を用意する必要があると言っていた。ここで揃えてしまうつもりなんだな。


 奥の作業室に案内され、採寸開始。さすがにコートは脱ぐように指示をされたが、それだけだ。耳の部位についている翼を見ても、一瞬目線が向いただけで触れられなかった。以降は何事もなかったかのように進められる。


 体の各所の数字を測りながら、手早く記録していく。かなりの作業速度なのに、結構時間がかかった。それぐらい測った個所が多かった。


「結構です。お疲れ様でした。お連れの女性より、華美に過ぎない品をと承りましたので、こちらの品などいかがでしょう」


 採寸の間に、分かりやすいよう個別にかけ直された正装一式が、五着並んで紹介された。

 細部は違う。それは分かる。だが印象は同じ。……正直、どれを選んでも差があるように思えない。


 まあ、候補を絞って上げてきたわけだから、どれでもいいんだろう。


「では、中央の物で頼む」

「かしこまりました」


 選ぶだけで済むのは楽でいいな。

 ともあれこれで、やるべきことは終わった。預けていたコートを着直して、販売フロアの方へと戻る。


「あ、お帰り、ニア。どうだった?」

「肩が凝った」


 動いてはならない気がして、それを意識して余計に体に力が入るという悪循環。


「分かる!」


 くすくすと笑ってリージェは同意。イルミナは微笑を湛えているだけ。


「ではお客様。お見積もりの確認と清算をお願いいたします」

「ああ」


 カウンター席に着くと、細かく数字の入った紙を渡される。当然の顔をしてイルミナが俺の隣に座り、一緒に用紙を確認した。


「配送先だけ、追加で失礼しますね」


 上から順に紙面を追って行ったイルミナは最後の部分に至るとそう言って、サラサラと住所を書きつける。


 俺の家の住所、なんだろうが。断言できん。何しろ自宅の住所を書く必要性が生じたことがない。


「……よく知っているな?」

「もう結構な回数伺ってるからね」


 住んでいても把握してないけどな。


 助かったと思っておこう。もしイルミナがいなかったら、配送先は商業ギルドだ。取りに来る選択肢はない。


 大型の荷物などを預かってくれるサービスがあるので、そちらを使えば大丈夫だ。有料だが。


「他に気になる点はございますか?」

「大丈夫です。問題ありません」

「お支払方法はいかがいたしましょう」

「カードで頼む」


 言って俺が商業ギルドのカードを出すと、相手も店名の入ったカードで受け取った。支払い終了。


「お買い上げありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」


 よし。これで面倒が一つ片付いた。


「お疲れ様、ニア、イルミナさん」

「お前の方は大丈夫なのか? 小物を買うと言ってただろう」

「うん、済ませた」


 清々しく笑って、リージェはポシェットをぽんと叩く。

 なら、もう店に留まる理由もない。用を済ませた人間が居続けたら店も迷惑だろうし。


 三人連れ立って外に出て、広い道をゆっくり歩く。


「これからどうします? 国営馬車に乗ろうと思えば乗れそうですけど」

「そうなんだよね。どうしようか」


 行きと違って、帰りはそこまで急がなくていい。だったら。


「せっかくだから、書店や商業ギルドを覗いてみたい」


 俺一人では、二度と入れない町だからな。ここは、というかこの規模の町は。


「わたしも実はちょっとのんびりしたい! 賛成!」

「じゃあ、そうしよっか。わたしは宿を確保してくるから、二人は先に行ってて。書店か商業ギルドだよね?」

「え、一緒に行きますよ」

「大丈夫。またあとでね」


 顔の横あたりまで手を上げて小さく振ると、イルミナは宿への道を戻り始めた。

 気を遣わせた感がある。俺が町を見て回る時間を、最大限作ろうとした結果だ。


 そこまで献身的にならなくてもいいだろうに。イルミナも、リージェとは別の意味で心配になるタイプだ。


 どうやら向こうも俺のことをそう思っているようだが。納得はしていない。


「せっかくイルミナさんが気を遣ってくれたから、行こうか」

「そうだな」


 リージェにうなずき、道を歩き始める。が、すぐに気付いた。場所が分からない。

 数秒リージェとうろたえた後、彼女は道行く人を捕まえて場所と道順を聞き出した。さすがだ。


 この辺りはどうやら平民の中流層が使う商店が集まっているらしい。道も化粧石で舗装されているし、すれ違う人々の表情も明るい。


 少なくとも、生きることだけで精一杯、という悲壮感はなかった。


 商業ギルドが建てられるのも、正にそれぐらいの土地だ。ノーウィットでも同じである。規模は違うが。


 国営で目立つ建物で、多くの人が日常的に使ってもいる、という関係上、商業ギルドの方が先に場所が判明したので、そちらへ向かう。

 幸い、遠くもなかった。


 ついでにもう一つの目的地である書店も、通りすがりに見つかったら幸運……だったんだが。残念ながら見当たらない。


 ややあって辿り着いた商業ギルド販売部は、建物や内装は若干違えど設備は同じ。そう迷わずに済む。

 国営による一本化のメリットだな。


 リージェと揃って商品棚へと向かう、と。別の意味で気になる物が。


「これは……」


 もの凄く見覚えのあるヒールポーション。俺と同様に思ったのか、リージェもじっとヒールポーションを見詰める。品の鑑定をしているんだろう。

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