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三話

 俺が今着ているのも、古着屋で見繕ったものである。外での行動を考え、コートは頑丈さを求めてある程度しっかりしたものを購入したが、下に着ている服は着れれば充分、というレベルの物でしかない。


「この前の仕事での報酬は?」

「一応、手元にあるが」


 そこまで浪費家じゃない。自分では手に入れにくい素材がどうしても欲しいときの資金にしようと考えていたためもある。


「それなら大丈夫ね。殿下も平民にそこまでの質を求めはしないわ。とは言えノーウィットで誂えるのは難しいでしょう。そうね、グラージェスなら店もあると思うわ」


 冗談だろう。たった一回着る服のために、大金を消費しろというのか。


 というより、無理に決まっている。そもそも俺の人化は不完全なんだ。王族が臨席するような式典に参加するなど、自殺行為と言える。


「わたくしが一緒に行ければいいのだけど。式典の準備にも関わっているから、町を離れるのが難しいの。代わりに貴方に便宜を図るように一筆したためておくわ」


 不慣れというか、経験のない俺のことを気にして、トリーシアは気遣う内容を口にする。


「後で家に封書を届けさせるから、それを持ってすぐにグラージェスへ行きなさい。仕立てが間に合わなくなるかもしれないわ」


 一から作れと……?


「ではこうしている場合ではないわね。ごきげんよう。貴方も出立の支度をしておくといいわ。その方が無駄がないでしょうから」


 言って、トリーシアは席を立つ。


「いいわね。必ず、正装よ。貴方を呼んだわたくしの恥になってしまうのだから、無様な装いは絶対に許さなくてよ」

「頼んでいないし、むしろ迷惑だ」

「……今更、変更できないもの。もう殿下にお伺いを立てて許可を頂いて、正式決定しているのだから」


 トリーシアの声は、少し後悔していた。


 普通に考えれば名誉なのだろう。色々彼女の常識外が重なって、気弱になっている感がある。

 若干同情が湧くが、ならどうにかするとは言えない案件だぞ。


「とにかく、お願いね!」


 そう締めくくって、トリーシアは出て言った。

 リージェのお茶は、ついぞ間に合わなかったな。意図的だろうが。


「……えーっと。ニア、お疲れ様」


 ひょこりとキッチンから顔を出し、バツが悪そうにリージェが言う。

 自分が苦手だからとトリーシアの相手を俺に押しつけたこと、悪いとは思っているんだな。俺が対人交渉を不得手にしているのを、リージェも知っているので。


 とはいえ俺にトリーシアへの苦手意識はない。こと彼女相手に限れば、リージェよりもマシだろう。

 それよりも。


「リージェ、聞きたいんだが」

「何?」

「頭を隠せる正装の形はあるか?」


 頭というか、主に耳の部分だけでも。


「ごめん、多分無い」

「だろうな……」

「いっそアクセサリーですみたいな顔してみる? 生物感強すぎて難しいかもだけど」


 事実、生物だからな。

 リージェも言っただけで本気ではない。唇に乾いた笑いが浮かんでいる。


「姿を変える薬とかはさすがにないし……。諦めるしかないんじゃないかなあ」

「簡単に言うな」


 諦めた途端、少なくとも魔物の血が入っていることは知れ渡るんだ。


 ……いや、いっそそれも有りか?


 ノーウィットでの生活は惜しいが、こうも騒々しくては研究が進まない。このアトリエを捨てて、逃亡するという選択肢はなくはないんだ。その場合、国を出るのが無難だろう。


 トリーシアの面目は潰れるんだろうが、己の命と秤にかけるほどには彼女への好意は大きくない。


「だ、大丈夫だって。魔物とのハーフの人、王都にもいない訳じゃないから」

「……本当だろうな」

「た、多分」


 しかしまあ、それこそ問題にされて排斥されてからでも、国を出るのは遅くないのか。


「駄目ならトリーシアあたりが適当に言訳を付けて、俺の参加を無かったことにするだろう」


 だったらいっそ、明かした方が良かったのか? 今更だが。

 仕方ない。まずは参加する方向で考えるか。


 リージェの言う通り、俺が魔物のハーフという話が広まって、疎ましがられつつ放っておいてもらえるなら、むしろ願ったり叶ったりとも言える。


 問題が起きたらまたその時に考えるとしよう。


「ところでお前も呼ばれているそうだが。お前は正装を持っているのか?」

「わたしは大丈夫よ。王宮錬金術士の制服を着ていくから。一応、持ってきてはいるし。……あ、でも小物はない。それだけは買いに行かないと失礼に当たるわね」


 可愛らしいが厳粛な場には相応しくなさそうな髪飾りに触れて、そんなことを言う。


「でもそれはそれとして、ニアの正装姿は楽しみかも。顔立ち悪くないし、ちょっと頼りないけどスタイルも悪くないし。ビシッと決めたら恰好いいと思うな」

「そう言われてもな……」


 容姿については、これまで人間社会に埋没できる以上を求めたことがない。


 しかし俺を男として少なからず意識しているリージェから言われれば、悪い気はしない。妙な重圧もあるが。


「努力はするが、期待するなよ」

「大丈夫。ニアなら翼だけでもいける」


 それはそれでどうなんだ。最早顔も何もかも関係ないだろ。鳥好き娘め。


 などとリージェと下らない話をしつつ旅支度を始めていると、再度扉が叩かれた。今日は来客が多いな。二人目だが。


「はーい」


 いつもと同じく、リージェが応対に向かう、と。


「こんにちは、リージェちゃん。トリーシアさんからお手紙預かって来たよ」


 イルミナだった。作業の手を止めて、俺も玄関へと向かう。


「イルミナ。なぜお前が?」

「ニアさんが服を仕立てることになったけど、不慣れそうだったから手伝ってほしいって、トリーシアさんに頼まれたの」


 確かに不慣れだ。それどころか初めてだ。


 ありがたいと言えばそうかもしれないが。どちらかというとトリーシアは自分のために手配した感じだな。自分の面目を立てることに関しては気の利くことだ。


 ついでに、イルミナが少し楽しそうなのがまた気まずい。

 まあ、丁度いいとも言えるか。王族、貴族に詳しいのは、イルミナも同じだろう。


 無駄金は使いたくないので、魔物の特徴を肉体に残す俺が参列できるかどうか、先に訊ける相手が来てくれたのは幸いだ。


 だが……イルミナに翼を見せても大丈夫か? こいつはすでに、俺とフォルトルナーを『似ている』と思ったことがある。連想しかねない。


 そうするとハーフどころか、純粋に魔物であることが芋蔓式にバレる危険があるが……。イルミナも式典には参加する。どちらにしろ同じか。


「……迷惑、かな」

「ではないが。先に少し相談したい」

「うん、何?」


 穏やかに微笑んで先を促すイルミナに、俺はフードを取って分かりやすく翼を広げて見せる。


「!」


 さすがにびっくりした様子で、息を飲んだ。


「こういう姿が限界だが、それでも式典とやらに参加させられるものか?」

「白と、青のグラデーション……」

「イルミナ」

「あ」


 羽の色に意識を全部持っていかれていたイルミナに呼びかけ、現実に呼び戻す。


「あ、ええと……。大丈夫だよ」

「大丈夫なのか……」


 駄目であってほしかった。

 明らかに喜んでいない俺の言い方に、イルミナは苦笑する。


「うん。今の国王陛下は、ハーフの人もなるべく人間として扱おうっていう方針だから。性質が魔物寄りの人を受け入れるのは難しいけど、優秀な人材が多いのも皆知っているからね」

「その路線だと、むしろニアって打ってつけですよね」

「そうだね。ニアさんは町で人として普通に暮らしている実績があるし、正に今回、功績を立ててくれたわけだし。むしろ逃げられないかな」

「勘弁しろ」


 政策の象徴として良いように使われるとか、絶対に御免だ。


「でも、そっか。だからあんまり目立たないようにしてたんだ」

「はい。えっと、すみません」


 なぜかリージェがバツが悪そうに謝った。同時に少しほっとした様子見も見られる。

 嘘をつくのに良心の呵責を感じていたようだからな。リージェにとっては良かったんだろう。

 俺にはまったく良くないが。


「けど、国の方針がそうなってるのとか、知りませんでした。魔物の血が入ってると、やっぱり風当たりが強くなるのは変わってない気がしますし」


 王都で暮らしていたリージェが知らないんだ。大々的な政策じゃない。もしくは、急に方針を定めたかのどちらかだ。


「うん、どうしてもね。魔物って基本的に、人間の敵だから」


 イルミナもリージェの一般論を否定しない。


「だから今のところは、積極的に登用とか、そういう訳じゃなくて。徐々に意識改革を目指そうっていう感じかな」


 大分遠大な計画だ。


 まあ、長く続いていた常識を切り替えようというんだから、それぐらいの心持ちで時間をかけた方が無理なく進むかもしれん。国としては。


 ただしその場合、矢面に立つ者には支援がない、と言われているも同然。

 もともと人間ではないから人扱いされなくても俺は気にしないが、人間側に寄り添いたい奴は大変だろうな。


「そういう訳だから、参列は大丈夫なんだけど……」


 イルミナの目線が俺の顔から順に、下へと滑り降りていく。止まったのは腹の辺り。


「変な意味じゃなくて、体を見せてほしいって言ったら……。やっぱり何でもない」


 途中で想像をしてしまったか、イルミナは頬を染めて言っている途中で自分の言葉を覆した。


 イルミナの目的は分かる。自分がフォルトルナーに付けた守護の魔法が、俺にかかっているのかどうかを確かめたかったんだろう。


 ただ何も知らないリージェからすると、言葉そのままにしか受け取れない内容でもある。


「イルミナさん、さすがにそれは早いっていうか、駄目だと思います!」

「わ、分かってる。今のは凄く非常識だった。ごめんなさい、ニアさん」

「別に気にはしていないが」


 イルミナの意図は分かっているので。


 と言うより、そうでなくても裸に然程の羞恥はない。本来の姿のときには事実服など着ていないのだし。


 ただ人間として町に溶け込むには必要だから着ている、というのが大きな理由だ。

 ……そのはずなんだが。


 おかしい。イルミナやリージェの前で脱ぐ、となると妙に抵抗感がある気がする。ずっと服を着ている生活が続いているから、なくなるのに違和感があるのか?


「そう? 良かった……」


 心から安堵した様子で、イルミナは息をつく。まだ顔が赤い。


「えっと、服を仕立てるって話だったよね。そこまで細かい装飾は要らない……というか、やってしまうといい顔をしない人がいると思うから、適度がいいと思うの。時間も限られているし」

「ドレスとかだと、数ヶ月かかるって聞いたことあります。分かるけど」

「そうなのか」

「レースとか、刺繍とかね。時間かかるのばっかりだから」


 納得した。

 そして確かに、俺が誂えるべき服はそこまでの手間はかからないだろう。


「それでも十数日はかかるから、どうかな。もう行ける?」

「俺は問題ない。リージェ、お前は……」

「うん、大丈夫。行ける」

「じゃあ、早速行こうか。今なら国営の馬車に間に合うから」

「分かった」


 改めてフードを被り直して、外出の準備も終わりだ。


「えっと……?」


 俺は一見手ぶらだし、リージェも腰にベルトで止めたポシェットだけ。旅――という程でもないが、数日間家を離れるには軽装すぎる、とイルミナに見えるのも無理はない。


「大丈夫です。わたしのこれ、空間拡張の神呪がかかってるポシェットですから。おばあちゃんのお下がりで。ニアもそうでしょ?」

「ああ。俺はこれだな」


 左腕を伸ばして、やや幅広の腕輪を見せる。主な材質は木。浅く掘った溝に加工した神銀(ミスリル)を流し込んであるが、属性が変質しているので見た目は鈍い黒色。目立ちはしない。


「もはや入れ物の形さえしてないもんね……」


 何かを諦めた気配でリージェは息をつき、イルミナは早いペースで瞬きを繰り返す。


 これが一般的に流通しようもない類のアイテムなのはもう分かっているが、便利さを優先して作った。もちろん、採集に行くときは普通の籠も持っていく。もしくは背負っていく。


「というわけで、いきましょうか」

「その前にギルドに寄る時間はあるか? しばらく留守にすることは伝えておきたい」


 他の町から仕入れる商品も少なくないが、俺が定期的に納品している品物はすでに町の流通に浸透している。


 急に品薄になるような物ではないが、万が一需要が上回ったときは迷惑をかけるかもしれない。あらかじめ伝えておけば、仕入れ量を増やすなどして対応できるだろう。


「少しなら大丈夫。まあ、間に合わなくてもそっちが優先だね」


 時計を取り出して時間を確認したイルミナは、うなずきつつもそう言った。今後のことを考えれば、そうだな。


 鍵をかけて家を後にして、ギルドに向かう。

 そう焦っているわけではないが、余計なことで錬金術を研究する時間を奪われるのは、やはり勿体なく感じる。


 どうか今以上の厄介事は、降りかかって来ないでほしいものだ。

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