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一話

 侯爵家が持つ情報網とは、恐ろしいものらしい。

 ノーウィットへ帰り支度をしていた俺の元に、にっこにこの笑顔でウォルターがやって来た。


「ニア殿! これ、このポーション。これも貴方が作っているんですね。いや素晴らしい」


 先日の防衛線の最中、置いてきたものの使われなかったらしいポーションをずいと突き出しつつ、そんなことを言って来る。


「間違いありませんが、よく分かりましたね」

「魔道具で調べてみたところ、グラージェス付近で話題になっている品と品質がほぼ一致しまして。それらはノーウィットの商業ギルドから融通されているとのこと。となれば、もう答えは明らかですよね」


 ノーウィットの錬金術士である俺がここにいて、流通していない品が唐突に出現したらまあ……。そうなるよな。


 別に隠そうと思っていたわけではないから、知られても不都合はない。戦闘中に混乱を起こしたくなかったから、声だけ掛けて置いてきただけだ。


「貴方のポーションで、多くの兵や騎士が命を繋ぎました。国の貴族としても感謝します」

「それは、何よりでした」

「貴方が有能なのは、本当に素晴らしい。……ですが少々、危険でもあります」

「危険、ですか」


 部屋の中だというのに誰かに聞き咎められることを警戒する様子で、ウォルターは声を潜める。

 こちらにも同様の関心を促すための間を入れるため、一旦言葉を切ってから続けた。


「貴方の才は突出し過ぎている。フォースマテリアの時に侯爵も仰いましたが、無防備に市井で暮らすには危う過ぎるのです。貴方が作る物には、周囲を巻き込んでも、あるいは貴方自身を傷付けてでも得る価値がある」

「……」


 以前、俺が気に食わないからと強引な手に出てきた伯爵がいた。


 あれは俺だけに向かう害意だったから、他に波及せずに済んだ。だがもし、目的が俺を得る事だった場合は別の手段になっていただろう。


 そういった輩の人数が増えるかもしれない、という事か。

 直接俺に向かってくるものなら、どうとでもする。今すぐできなかったとしても、いずれは。


 だが周囲に手を出されるのは困る。俺一人では、おそらく護り切れないだろう。


「今回受けていただいた諸々の品で、商業ギルドから推薦を得るには十分な評価点となっているでしょう。ノーウィットに戻ったら、急ぎ資格試験の申請を行うようにしてください」

「分かりました」


 侯爵や、多分貴族でもある副官からの高評価があれば、人数以上に評価点が加算される気がする。ウォルターも確信がある様子だ。


「帰りの道中は、イルミナ様たちが護衛してくださいます。対外的には王都への帰り道のついで、という形になりますが」


 派遣されていた理由である魔王軍を、フラッセンから追い払った。当然、帰還の命令が出るよな。本来の仕事に戻るだけだ。


 ……長く共に居られる、上手い言い訳があるといいんだが。


「貴方が王宮錬金術士になって、かつ我らの派閥に入ってもらえれば、もっと色々手を貸せますよ」

「その話は、いずれまた」


 もっと名声を得てからな。


「そうでしたね。では、出発の直前に失礼しました。どうぞ、お気を付けて」

「ありがとうございます」


 ウォルターに見送られつつ、領主館を後にする。と、庭でイルミナが待っていた。


「おはよう、ニアさん」

「おはよう。もう出発でいいのか?」

「うん。ニアさんが良ければいつでも出られるよ」


 俺待ちか?


「何だか妙な気分だ」

「たとえば、どんなところが?」

「俺の都合が一番に来る辺りが」


 これまでは、俺が周囲の都合に合わせるのが常だった。

 いや、文句はない。社会とはそういうものだろう。


 皆が少しずつ相手に合わせて、足を揃える。その繰り返しだ。前後左右の相手と衝突しないように。


 個人であったためもあるが、俺が集団の中で行動の要因になることはなかったように思う。

 何とも居心地が悪い。


「これからはきっと、ニアさんの都合が中心になる事も多くなるよ。慣れてしまわないと、ね?」

「努力しよう」


 地位を得ようというのだから、一つ一つの仕事に関わる人員も多くなるはず。

 居心地が悪いだとか言ってられないか。


「うん。じゃあ、帰ろうか」

「ああ」


 領主館の庭で待機していた馬車に、イルミナと共に乗り込む。続いて副官も。

 周囲を十数人の騎士に囲まれて、隊は進み出した。


 雰囲気が仰々しい……。


 派遣された理由である町の防衛を成功させたわけだから、騎士たちにとってこれは凱旋だ。そのためか、空気感そのものは重くない。


 異常な降雪は止んだものの、温度は冬なりに冷たい。町の外の湖の氷もまだ溶けていなかった。

 ただ、乗って歩けそうな頑丈さはなさそうだ。少なくとも、軍勢と呼ぶような人数で乗ったら絶対に砕ける。


 傷の付いた外壁を早速修理し始めている作業を見ながら、フラッセンを後にする。

 周辺の魔物も少し大人しくなって、降雪も止んだ。待っていたとばかりに行き交う馬車も、馬車に乗れずに徒歩を選んだ旅人も多い。


 このまま正常に戻ってくれるといいな。


「……ところで、ニアさん。神殿の件なのだけど」

「ああ、どんな話になっている?」


 聖神属性のマナを広げたこと。特に歌について多くの人がどう判断したかは気になっている。


「讃美歌によって属性値が変化したような実例は、これまで存在してないの。だから、これまでと何が違って効果が生まれたのかって言うのは気にされてる」

「聖神属性の呪境の香炉を置いてやってみろと伝えてくれ」


 多分、それで実感できるぐらいの効果は出るから。

 ただ今回ほど顕著にするには、呪境の香炉に高い品質が求められるが。


「……本当に、大丈夫?」


 上手く行かなかったら『俺だったから』あるいは『レビアだったから』という事になってしまう。

 そしてどちらが与えた影響が大きいかはすぐに分かる。実際にやってみればいいのだから。


 イルミナは『歌』から俺の正体がフォルトルナーに繋がる事を心配しているのだ。

 歌を使った事は、俺も少し危ういのではと思っている。イルミナがした心配は俺も考えた。


 なので。


「本当に大丈夫だ」


 自信を持って断言する。この言い訳でまあまあ上手く行くだろう確信があるところまでしかやっていない。

短編&SSを加えた加筆修正版を、BOOK☆WALKER様の同人誌カテゴリで電子書籍配信をしています。

ご興味がありましたら是非! よろしくお願いします!

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