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二十話

「……あのね、フォルトルナー。ありがとう。でも、どうして助けてくれたの?」

「何となくだ」


 そうしたいと思った。それ以上の動機は……よく分からん。


「そんなことより、お前はここから町に戻るんだろう?」

「うん」


 おそらく、魔物大氾濫第二波の只中にあるノーウィットに。


 魔力ばかり使っていたから、神力は有り余っている。完全な魔力支配下のダンジョン内でやるには効率が悪いが……。少しだけなら、何とかなるだろう。


 目を閉じ、首を天へと向け、唄う。加護を願うのは守護闘神でもある光神ディスハラーク。彼の神の加護があれば、生半可な魔物は近寄ってこない。


 さすがに届くのに少し時を要したが、聞いてもらえた。


「あ……」

「きちんと、生きて戻れよ」

「……え?」


 茫洋とした瞳で意識をどこかに飛ばしていたイルミナは、俺が声をかけると焦点の合っていない目を向けてきた。それから二、三度瞬きをして。


「あ、ぁ……。そっか。今のがフォルトルナーの、神も愛してやまない歌声なんだね。貴方たちを手に入れるために人が躍起になったの、よく分かったよ」

「らしいな。今そんな真似を俺にしてくる奴がいたら、返り討ちにしてやるが」

「ふふ。そうだね。貴方は無力なフォニアと違って、強い。本当に良かった」

「光神の加護が与えられているうちに、さっさと戻れよ」


 できればイルミナより先に戻っていた方がよさそうな気がする俺は、翼を広げて飛び立つ姿勢を取る。


「分かった。貴方は? これからどうするの?」

「決めていないが、ここに留まるつもりもない。結界も完成したようだしな」

「そっか。なら……どこかでまた、会えるといいね」

「さぁな」


 会いたくはないぞ。いつバレるか分かったものじゃない。

 そこで会話を打ち切って飛び立ち、俺はイルミナに先立ちダンジョンの出口へと向かう。


 核を失ったダンジョンは、やがて形を失って消える。残った魔物は外に出る奴もいるだろうし、ダンジョンと運命を共にする奴もいるだろう。どちらにしろ急いで決めないと、冒険者に狩られて死ぬだけになってしまうが。


 何にしても、これで片はついた。


 大氾濫で町に集っている魔物の駆逐が残っているが、そいつらは結界の内側から、安全に削って行けばいいだけのこと。消化作業だ。


 上空から見下ろした町はそれなりに混乱していそうだが、イルミナが戻ってくれば統率してくれるだろう。


 目的を達した満足感と疲労と共に、俺はノーウィットの町へ向けて降下した。




 個人的にはうっかり隠者の粉を使い忘れて、人に発見されかける――という間抜けな顛末が加わるものの、無事、ノーウィットは今も健在である。


 ほとんど丸々二日かけ、冒険者有志はノーウィット周辺から魔物を減らした。未だ一掃はできていない。二日程度でどうにかなるなら大氾濫とか呼ばれん。


 それでも商隊を送り出す隙間は作れたので、ノーウィットは助かるだろう。おいおい――いつもよりハイペースで討伐して行けば、平常を取り戻す日も遠くない。


「ちょっと、ニア。まだだらだらしてるの? そろそろ研究始めようよー」

「好きにやればいいだろう」


 俺はまだそんな気分になれん。


 ダンジョンができたせいで、俺の日常は大きく崩れた。リージェは俺を魔物とのハーフだと思っているし、イルミナに好意を持たれて気を引いてしまっている。トリーシアも何かしら感付いたことがあるのか、状況が少し落ち着いた頃に姿を見せた。


 原初の魔物は倒れ、あとは内部の魔力濃度が一程度減退すれば消失するのだから、さっさと王都へ戻れと思わずにいられない。


「今のわたしじゃろくに研究できないのがもう分かってるもの。あ、見て見て。ちょっとずつ頑張ってはいるの」


 嬉しそうに手の平を見せてくるリージェは――なるほど、魔力経路を整えるコツを掴んだらしい。前よりもまた少し、マシになっている。


「自分でできるようになったのなら、もう俺が教えることはないな」

「どうして今更、絶対に通じないような嘘を言うかな!?」


 面倒だからだ。


「ニーアー」


 ああ、騒がしい。


 肩を掴んで揺さぶってくるリージェを放置していると、扉がノックされた。無視しようか、と考えているうちにリージェが動く。


「お客さんかな? はーい。開いてますよー」


 とりあえず離れたので、好機ということにしておくか。しかし、誰だ?


「こんにちは、リージェちゃん。ニアさんいるかな?」

「いるけど、だらだらしてますよ」


 事実だが遠慮がない。

 リージェに連れられてリビングに上がってきたイルミナは、俺を見て柔らかく微笑む。


「お邪魔します。だらだらって……大丈夫? 色々あったから疲れが出てるのかな」

「……体の調子が悪いわけじゃない」


 イルミナの声には、本気で俺を心配する気持ちが乗っている。それを雑に扱うのも心苦しくて、心配は不要だと否定しておく。


「ただ、しばらくは平坦な日々を満喫したいだけだ」

「そっか。じゃあ丁度いいかな」

「?」

「お仕事の依頼に来ました。個人依頼、引き受けてもらえないかな」


 確かに錬金術士としての仕事は、俺が求めている日常そのものではあるが。

 俺が個人依頼を頼まれる日がこようとは。


「駄目?」

「……別に、構わないが」


 しかも受けてもいいという気持ちになろうとは。


「ニア、イルミナさんには甘くない? というか、わたしの扱いが雑じゃない?」

「お前は図々しいから丁度いい。イルミナは断ると勝手に一人で苦労を背負う面倒な奴だ」

「酷い!」

「えっと、ちょっとみっともない所を多く見られたけど、基本的には大丈夫なことしかしないからね?」

「そういうところだ」


 それぞれの反応を指して言うと、リージェとイルミナは黙って顔を見合わせる。


「それで、注文は?」

「この流れで話進めるんだね……。はい、注文書」


 差し出された紙を見れば、遠慮なくランク九や十の品がある。


「……無茶を言っていると思わないのか?」

「思わないよ?」

「……」


 しばし、イルミナと見つめ合い――諦めた。


「……契約書の文言に、他言無用を付け加えろ」

「うん。了解」


 イルミナは優しげな微笑みを浮かべ、明るく断言。俺の日常は、最早戻ってこないのかもしれない。


 だが、まあ、いいか。

 これが今の俺の日常で――それなりに望んだとおりにはなっているのだから。

短編&SSを加えた加筆修正版を、BOOKWALKER様の同人誌カテゴリで電子書籍配信をしています。

一巻の内容はここまでで、プラス、ニアがノーウィットに来たばかりの頃&ギルド受付係エミリアの初恋模様を描いたエミリア視点での短編、『商業ギルド納品部、受付担当者の決意』とイルミナとリージェとニアでピクニックに出かけるイルミナ視点のSS『ささやかで贅沢な祝勝会』が書き加えられています。

ご興味がありましたら是非! よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで完結!してたんですね 各キャラ魅力あるなぁ ここからニアがどのように人間社会に溶け込んで、台頭していくのか。 マジでここから盛り上がっていきそうで、引き続き追いかけます(^^)
[一言] 完結してしまったのか… 続編に期待しています。長編化しないかなぁ…
[一言] 完結…だと…!? ・・・・・・お疲れさまです、とても面白い作品でした
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