表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/285

十九話

 ダンジョンの核と融合していようと、相手も命ある者。その生は刈り取れる。


 クゥア!


 高らかに鳴き、魔力に命じる。

 ――押し潰せ!


「ぐッ」


 かかった負荷に、エルダーゴブリンは膝を着く。


「迷宮創造・柱!」


 場の魔力そのものに重圧をかけられたマスターゴブリンは、迷宮の主としての力を使ってきた。俺の頭上――天井から、唐突に創造された柱が伸びてくる。


 羽ばたき、その場を移動して回避――した先に、また別の柱が作り出される。進行方向を妨げつつ、誘導して囲おうとしている。

 捕まったら終わりだ。岩か何かを創造されて、今度は俺が物理的に押し潰される。


 仕方なく、エルダーゴブリンに向けていた魔力の一部を目の前の障害物の破壊に使う。石柱を砕いたその先に、金属の光が存在を主張した。


「っ」


 慌てて旋回したすぐ横を、エルダーゴブリンの剣が薙ぐ。浅く掠っただけで、容易く肉を裂いてくれた。


 圧力を解いたわけではない。事実、その一突きで俺を仕留めそこなったエルダーゴブリンは、肩を下げて大きく息をつく。立ってはいるが辛そうだし、絶好の機会に追撃も仕掛けてこない。


 ……しかし、立っている。その事実に慄然とする。

 まずい。この様子だと――


「見切ったぞ、フォニア」


 決して愚かではないエルダーゴブリンは、億劫そうに大剣を構え直しつつ、ニィ、と勝機を掴んだ歓喜の笑みを浮かべた。


「時を経るごとに、俺にかかる圧は軽くなっている。何のことはない。つまり、この場の魔力を一時的にせよ使い果たしてしまえばいいのだろう」


 魔力そのものが生む力に限界はない。だが、場の魔力量は変化する。この地に神力が届かない様に。


「迷宮創造・部屋!」


 普通なら、どれだけ魔力を使おうと世界から枯渇するようなことはない。多少薄くはなっても、すぐにどこからでも流れ込んでくる。


 しかし、ここはダンジョン。限定された異空間が、自然界では起こり得ない事態を可能とする。


「部屋! 部屋! 部屋! ――これで限界か」


 見えている部分に変化はないが、周囲が異様にやかましかった。おそらくだが、ダンジョンの部屋を適当に造ったのだろう。


 どうやらダンジョンとは場の魔力を己の魔力を持って変質させ、造り出すものらしい。ダンジョン内限定の力なのだろうが、使い方としては俺たちにも近い。


 ……しかしこれは、どうする。


 場の力を減らすために行った迷宮創造で、エルダーゴブリン自身体内魔力を多く使った……はずだ。消費の度合いで行けば、おそらく俺より余程多い。


 だが、そんなことは問題ではない。


「さァて、と!」


 気合い一閃、エルダーゴブリンは先程大量に作った柱に剣を叩きつけた。大小様々に割れて石片と化したそれを、今度は俺に向かって剣の腹で叩き、打ち上げてくる。


「はっはっはっはァッ!」


 間断なく打ち込まれてくる瓦礫を、俺はひたすら移動することで避けた。一つ二つなら、叩き返せない訳じゃない。しかしこの数は無理だ。魔法を構築している間に間違いなくくらう。


 それに魔法を使って凌げば、俺自身の属性値に当たりを付けられることになる。今の俺に奴の肉体を傷付ける術がないことを知れば、エルダーゴブリンは防御を捨てて全力で留めを刺しに来るだろう。


 だが逃げ続けていても結果は同じだ。反撃しないことそのものが答えになる。

 焦って考えごとをしていたせいか、小さめの瓦礫を一つ見逃した。


「くっ」


 高速で打ち付けられた瓦礫の弾丸は、俺の翼を容易く貫通する。速さが落ちたその一瞬で間合いを詰めたエルダーゴブリンに、ついに尾羽を掴まれた。


「捕まえたぞ!」


 力の限り、容赦なく振り回されて視界が揺れる。遠心力の勢いを加え、床に叩きつけられた。


「か、は」


 硬い床材に衝撃を和らげる要素などなく、跳ね返ってきた勢いに全身を強打される。零れた呻き声と共に空気を吐き出すだけで、肺に響く。


 視界の明滅が収まるのを待ってくれるはずもなく、俺の体によってできた窪みから引きずり出される。


 再度振り上げられ、また叩きつけるつもりかと、必死に羽と足をばたつかせるが――俺の力でどうにかなるほど、エルダーゴブリンの腕力は弱くない。


「そぉらァ!」

「――ッ!」


 衝撃を覚悟して息を詰める。だが痛みの代わりに俺を受け止めたのは、記憶にある柔らかさだった。

 続いてガン、と重く腹に響く金属の衝突音。


「大丈夫?」


 エルダーゴブリンが振り下ろした大剣を盾で防いだイルミナが、片手で支えた俺を心配そうに見ながらそう訊ねてきた。


「お前、何で」

「貴方が危ない目にあったら分かるようにするって言ったでしょう?」


 言われてようやく、腹に刻まれた魔法陣が発動しているのに気が付く。そうか、この繋がりがあったから、迷わず俺の魔力を追って来れたのか。


「貴方だけで原初の魔物を倒すのとか、無茶だと思うよ?」

「……」


 勝算はあったんだ。でなければ俺だってやらない。しかし現実がこの体たらくなので、反論は出来なかった。


「ふっ!」


 イルミナが僅かに腕の角度を変えると、それだけでエルダーゴブリンの大剣から支点が狂う。そこを逃さず、微かに引いて隙間を空けたあと、今度は力を込めて強打。剣の切っ先を完全に逸らす。同時に右手の剣を突き出すが、こちらはエルダーゴブリンの薄皮を裂いたに過ぎなかった。


 肉にすら届いていない。やはりイルミナは物の硬度を上げるのは得意だが、鋭く研ぎ澄ませるのは苦手らしい。


 だがその瞳に諦めの色はない。雨水が月日をかけて石を砕くことがあるように、加えられた力は必ず影響を与えていく。そして少なくとも、イルミナの刃は水滴よりも力がある。


 援軍が来ないと理解した時に覚悟をしていたのだろう、持久戦の構えだ。


 同じ展望を見たのか、エルダーゴブリンは舌打ちをする。苛立ちは認められるが、余裕も窺えた。己の敗北を考えていない。


 俺が見たところ、エルダーゴブリンはイルミナの剣で倒しきるのは難しいが、奴がイルミナを倒すのも同様だろう。膠着状態の中、奴が持っている余裕の正体は何だ?


 時間が解決するもの――……ああ、あったな、一つだけ。今エルダーゴブリンが待ち望むものが。


 奴はきっと、大氾濫を待っている。


 原初の魔物は、その迷宮で生み出した魔物が他者を喰らって力を得るとき、その一部が己に流れ込むという性質を持つ。大氾濫で魔物が町一つを滅せば、エルダーゴブリンは確実に力を増すだろう。拮抗が崩れるほどに。


 だが生憎、すでに結界は完成している。エルダーゴブリンが見込んだだけの力が手に入ることはない。


 これは、好機だ。ここはダンジョンができるような――魔力が元々多い土地。エルダーゴブリンが外の成果に気を散らせているのなら、場の魔力の回復具合を計り損ねるかもしれない。


「イルミナ、奴の気を引け。時間を稼げば何とかできそうだ」

「それは得意だから構わないけど、向こうも企んでる目をしてる。狙いが気になるところだね」

「奴の目論見が叶うことはない。それに不信を抱いた瞬間が好機になる」

「分かった」


 イルミナは詳しく問うことをしなかった。代わりに俺から手を離し、盾を構えつつ立ち上がる。そして剣を持つ腕を引き、駆けた。


「ふん」


 イルミナの剣に己が致命傷を負うことなどないと、高を括ったエルダーゴブリンは迎え撃つべく大剣を両手で握りしめる。鋭さを補うためか、イルミナは大きく右手を振りかぶり、勢いを稼ごうとした。


 待て。盾があるとはいえ、それは隙が――


「はッ!」


 できなかった。エルダーゴブリンの視線を嘲笑と共に引き付けた右手は、寸前まで振り抜く構えを見せておきながら、実際にイルミナが力を込めて突き出したのは盾の方。硬いもの同士がぶつかる、重い音がした。


「っ……」


 ダメージそのものは大したことはなさそうだが、結構な衝撃ではあったらしい。頭を振って一歩後退したところを、今度は本当にイルミナの剣が薙ぐ。だが、やはり浅い。深くは斬り込めないのだ。


 あまり効くとは思えないが、俺もエルダーゴブリンへと上空から魔法を放つ。攻撃の体を取っていれば、いい目晦ましにもなるだろう。


 火を放ち、氷を降らせ、風刃で斬る。が、どれも効果的という訳ではなさそうだ。得意な属性も不得手な属性もないタイプらしい。


 魔法を放ちながら、余剰魔力を振りまく。体内魔力をあえて、白い――源素魔力へと変換して。俺とイルミナでこいつの肉体を貫こうと思ったら、これしかない。


 エルダーゴブリンは鬱陶しそうに顔を歪ませたが、俺の魔法は脅威になり得ないと判断したのだろう。無視し始めた。


 直接的なダメージにはならなかろうと、これには別の価値がある。イルミナの邪魔にならないよう気を付けつつ、魔法を使い続けた。


 そしてイルミナの盾が崩せないことに、エルダーゴブリンは焦れ始めた。然程の深手は受けない、しかし少しずつ確実に出血を強いてくる剣へと、イルミナが突きを出した瞬間に自ら深く踏み込む。


「!」


 慌ててイルミナは剣を引こうとするが、遅い。自身の肉体を使い、左肩に深々と突き刺さった剣は、その頑健な筋肉によって捕らえられた。


 武器に重きを置いていないのも幸いし、イルミナはすぐ様剣を手放す。同時に体勢を立て直すために後ろに引こうとするが、エルダーゴブリンは狙って行動に移している。そのまま、イルミナへと体当たりを強行した。


「くっ」


 剣を手放した一瞬、無防備になった右手側から間合いを殺され、姿勢が崩れる。共に倒れ込み、イルミナに馬乗りとなったエルダーゴブリンは、彼女の首に手を掛けた。


「っ……!!」


 腕を掴み、爪を立てるが――単純な力比べでは、肉体を鍛えた魔物に分があった。せめて注意を僅かにでも引ければと魔法を叩き込むが、エルダーゴブリンは最早こちらには目もくれない。


 体内の魔力量は三割を切り、向こうは完全に俺を無力と判断した。絶好の機会。


 ――これで駄目なら、打つ手はない。


「ァ……」


 ゴブリン種には雄しかおらず、異種族の雌と交配して種を繁栄させようという本能がある。抵抗する力を失いつつあるイルミナに、欲望がもたげるのが感じ取れた。


 勝利の予感が思考を散らす。エルダーゴブリンはふと、眉を寄せた。待ち望んでいる力の流入が未だ訪れないことに、違和感を覚えたのかもしれない。


 ここは奴の支配下にあるダンジョン。手間取るのは許されない。残った魔力を使い、場に回復し始めた魔力を含めて一斉に命を下し、その力を長く鋭いものへと変える。


 エルダーゴブリンは人型。脳を、心臓を――急所を貫けば絶命する。

 場の魔力の変質に、エルダーゴブリンはすぐに反応した。こちらを振り向いたその口は、笑みの形に歪んでいる。読まれていたか。


「迷宮創造、部屋!」

「貫けッ!!」


 エルダーゴブリンは再び部屋を創り出して魔力を消費し、同時に、俺が命じた魔力の槍が奴を脳天から足元まで一気に貫いた。


「なん……だと……?」


 近くで、今までよりもずっと小さな異音が響く。造り出せたのはせいぜい小部屋か。


「魔力操作の正確性には自信がある。残念だったな」


 枯渇させたつもりの場の魔力が、なぜ自分を貫くほどに残ったのか。理解しないままエルダーゴブリンはその生を止める。


 グラリと体が傾ぎ、床に倒れる。その肉体は見る間にダンジョンの核たる結晶のように硬質化し、砕けて消えた。


「なにを……したの?」


 咳き込みつつも、手を支えにして半身を起こしたイルミナは、不思議そうに俺を見上げる。天井近くから降りて翼を畳み、イルミナの元へと歩み寄った。


「自分の魔力を源素魔力に戻して使っただけだ」


 使う直前までは『俺』の魔力質を残しておいたけどな。


 念のためにとやったことだったが、用心しておいてよかった。始めから完全な源素魔力にしていたら、エルダーゴブリンに使われて終わっていただろう。


 自身の魔力を使いきったと見せかけて、この一瞬の詰めをきちんと考えていた。奴の敗因は錬金術士が可能とする魔力操作の幅を見誤ったことだ。


「フォルトルナーって、器用なんだね。錬金術士みたい」

「お前たち人間が雑すぎるだけだ」


 イルミナの指摘は正しかったが、俺の言葉も間違いなく本気だ。


「そっか。……ねえ、抱き着いていい? 凄く安らぎたい気持ち」

「断る」

「残念。サラサラの手触り、好きなのに」


 俺はベタベタ触られるのは嫌いだ。鬱陶しい以外にない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ