二十一話
とはいえ、多くの人間ができることができないのでは、自分に不利が生じるのも避けられないので。
「改善の努力はした方がいいと思うけどな。自分のために」
責めるのは間違っていると思うが。
「……はい。わたしも、そう思っています……」
そうだろうとも。不便さは当人が一番感じているはず。
そしてケイトが諦めていないのも、ここに仕事に来ていることで証明されている。
「だから、ニアさんと話しているのは……怖く、ないのかな。とても、ほっとする……」
いや。多分それはフォルトルナーの能力ゆえなんだが……。
黙っておこう。
「誰も彼もが、完璧を求めるわけじゃない。あまり気負わなくていいと思うぞ」
「そうだったかも、しれません。わたしが、勝手に空回っていただけで……」
さっきの神官との会話だって、ケイトの喋りが上手かったとは言えない。それでも神官たちは気にしてなかった。ケイトにも伝わっていたはずだ。
俺が干渉したからなどではなく、人によっては自然に、肩から力を抜いて話せる。そう信じた方が、きっと彼女の今後に良い影響を与えると思う。
「大丈夫。大丈夫。大丈夫……」
自分を鼓舞するために、何度も唱える。
そうこうしているうちに目的地に着いたらしく、神官がくるりとこちらを振り返った。同時にケイトがびくりとする。
気合は本物でも、すぐに順応できるようならそもそも苦手になどなっていないものだ。
「こちらで、少々お待ちください」
「は、はい……」
ケイトが物凄く気の小さいだけの人間だと分かったため、神官は彼女の挙動に特別な反応を見せなくなった。それにケイトがほっとした様子を見せる。
存外、ケイトにとっては転機となるいい仕事になるかもしれない。
彼女の作品は好きなので、仕事がやりやすくなってくれればいい。
そんなことを考えつつ、指示された通りに部屋の中で相手を待つ。
ややあって神官が建築士を連れてきて、話し合いが始まった。
が、俺は完全に部外者なので、本当にその場で聞いていただけだ。
話し合いの中身に対して少しばかり多くの時間を要しつつも、無事に合意。部屋を後にする神官がとても嬉しそうだった。
彼の中では、相当順調に進んだ話し合いだったのだと察せられる。
「神官様にも、凄く申しわけないことをしています……」
その喜びっぷりに逆に打ちのめされた顔をして、ケイトは肩を落とす。
「今日は上手く行ったんだからいいんじゃないか」
過去のことは反省と教訓にしかできない。
引き摺るなとは言わないしまったく引き摺らないのもどうかと思うが、気にし過ぎて動けなくなるのも意味がないと思う。
「そ、そう……ですね。そう、ですよね。そう思っておくことに、します……」
罪悪感もまとめて、未来の自分への肥やしにすればいい。
ケイトも踏ん切りをつけ……つけられてはいないが、付けようと努力をしようとする、決意のこもった声でうなずいた。
「あの、それで……。ぜひ、ニアさんにもお礼がしたいの、ですが……」
礼。礼か……。
ケイトのためだけに労力を払ったのは事実なので、礼がしたいと言うならありがたく貰っておくことにしよう。
「何が良いでしょう……?」
しかし、相場が分からん。
どうもケイトも同じらしく、揃って首を傾げてしまった。
その動きをしたのがほぼ同時だったのが、何ともおかしい。思わず苦笑いが浮かぶ。
が、ここで少し違いが出た。ケイトは純粋に楽しそうな笑顔を浮かべたのだ。
「じゃあ……ええと。お昼などは、どうでしょう……? わたしが、お支払いを持ちます」
「貴女が良いのなら、甘えさせてもらうとしよう」
依然、俺の懐は裕福とは言えない。浮かせる経費があるなら迷わず浮かす。
二人で神殿建設予定地を後にして、軽食を扱う出店のある通りへと向かう。
この動線……。神殿に参拝した人々が、帰るついでに寄りやすいようになっている。
ヴェルガハーラの神域と化したこの地は、観光地としての価値が高まった。外からの客も期待していると見える。
次は宿泊施設の充実だな。
昨日散歩で通りはしたが、店が開いているときに訪れるのは初めてだ。活気はあるが、人混みはそこそこ。移動が困難という程ではない。
むしろ結構余裕がある方だと思う。これからも人口が増えることを見込んだ幅だ。
人混み初心者の俺にも、交渉力の低いケイトにとっても急かされない空気感がありがたい。
かつてのノーウィットからすると、それでも驚くほどの人出と賑わいではあるが。もう自然なことになりつつある。俺も順応してきたということか。
買い物という行為そのものへの緊張は見えるが、ケイトにも人混みへの戸惑いはない。彼女が普段暮らしている町は、ノーウィットと同程度か、それ以上の人口密度なのかもしれない。
「食べたいものとか、ありますか?」
「実は特にない。ただ、味は濃くない方がいい」
「そうなんですね。わたしも、強い味は苦手です」
自分と感性を共有する部分が嬉しかったらしく、ケイトはふんわりと笑顔を浮かべた。
「じゃあ、サンドイッチとかはどうですか?」
「そうするか」
アレンジの幅が広く、具材も己の好みを反映させやすい。大変優れた料理だと思う。手軽な所もいい。
……作ると結構面倒くさいけどな。
通り一つの中でさえ、数店が存在していた。どれだけ人々にとって馴染み深い料理かがよく分かると言うものだ。
ケイトは玉子とフルーツの二種類を、俺も玉子とサラダをそれぞれ頼んで通りを後にする。
少し歩くと広場があるので、そこで食べるとしよう。
丁度良く、ベンチにも空きがあった。今日は天気もいい。外で食べるには絶好の日和と言えるだろう。
「外で、誰かと食べるのとか……。凄く、久し振りかもしれません……」
並んで腰かけたケイトがしみじみと呟くが、そうだろうなという納得の感想しか出てこない。
肯定の言葉が返ってきても嬉しい気持ちにはならないだろうから、打つべき相槌に迷う。
「あ。ごめんなさい。変な話を……」
「いや」
失言だったと思った様子で、ケイトは慌てる。俺も俺で上手く返してやれずに、会話が詰まった。
こういうときに上手く会話を繋げてやれれば、今のケイトのように気落ちさせたりせずに済むんだろうな。
直前の話とは全く脈絡がないが、ケイトには一つ訊きたいことがある。沈黙よりはマシな気がするので、唐突ではあるが切り出させてもらうことにした。
「ときに、周囲で変わったことはなかったか」
「変わった、こと……ですか?」
話題が変わったのにほっとした様子で、ケイトは素直に応じてくれた。俺が訊ねたそのままを繰り返してから、考える間を置いて。
「いえ……。思い当たりません。何か、あったんでしょうか……?」
「いいや。貴女の周囲で何もないならいいんだ」
「は、はい……?」
アトラフィフィがゴーレムに興味を持ったとして。その制作者に行きつくには持っている情報が少なすぎるよな。聞けるような伝手もないだろうし。
造詣が気に入ったから眺めていたとか、その程度のことだろう、きっと。




