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七話

 彫り方が違うので、どちらがリージェ作でどちらがマリーエルザ作なのか、割とはっきり分かった。どちらも問題ない。


「完璧だ。丁寧に彫られているし、これ以上の品は存在しないだろう」


 俺がやっても、おそらく同等の品質になる。


「やったぁ!」


 リージェは満面の笑顔で万歳。マリーエルザは自分が作った実感が薄いからだろう。反応が薄い。


「不足がなくて何よりですわ」

「あと、これは俺たちには直接関係のないことだが。神殿建設の方がどうなっているか分かるか?」


 近隣の建築業者はそう多くないだろう。アカデミアも神殿建設も大仕事だ。両方同時に進めるのは難しい気がした。


「そちらは早々に取りかかっていますわよ。何と言ってもヴェルガハーラ神の紋章が刻まれた聖地ですもの。帝国から名工が派遣されています」

「……そうか」


 アストライトの資材・人材を駆り出される訳でないのなら、こちらへの影響は少なくて済むか?


「結構な大神殿を作るつもりに見受けられますわ。外壁まで破壊して、敷地を拡張させたぐらいですもの」

「町の拡張はその為でもあるわけか」

「南東部はほぼそのためですわね」


 ならばあおりをくらって、他の部分を拡張せねばならなくなった面もあると思う。


 大事になるよう仕向けた俺が文句を付けるのは筋違いだが、町の住民や整備計画を考えるカルティエラには悪い事をしたかもしれない。


 壁まで壊したというのは中々だが、今南東部はヴェルガハーラの神力が常に発されている状態だ。並の魔物はもちろん、人間も畏れを感じて妙なことはしなさそうではある。


「凄いことになって来たよね……」

「今やアストライトでノーウィットの名を知らぬ者はいないでしょう。受け止められ方はともかく」


 一時的に話題を提供して終わるか、継続して人々の意識に残り続けることができるか。


 アルケミア・アカデミアを定着させようとしているんだ。むしろ人々の意識の中で始めに名前が出てくるようでなくては困る。


 そうなって初めて成功と言えるだろうし、俺の功績にもなろうと言うもの。

 努力あるのみ、だな。




 ともあれ、イルミナを送り届け、カルティエラに挨拶をして、リージェとマリーエルザの近況を知る――という目的を果たした俺は、帰路に着くことにした。


 その途中に、今日の夕飯のために市場に寄って買い物を済ませようとする。

 行ってすぐ、こちらにも首を捻る事となった。


 少しだが、人の混雑が緩和された気がするな……?


 人口は増えることはあっても減るとは思えない状況。市場の広さが変わった様子もない。

 一体どうやった?


「あ、ニアさん久し振りー。帰ってきてたんですね。どこ行ってたかは知らないけど」

「ああ。ノーウィットでは手に入り難い素材が必要で、遠くまで足を延ばしていた」

「それはまあ、ノーウィットじゃ手に入らない物は多いですよね。お疲れ様です」

「ありがとう」


 こちらを気遣った純粋な労いの言葉に礼を述べてから、気になったことを訊ねてみる。


「ところで、随分と市場事情が改善されたみたいだが」

「あ、そうですね。ニアさんがいない間に区画整理が行われて、規定が変わったんです。この通りに店を出せるのは青果だけ。肉類は通りを南に出た所に移動しました」


 成程。店の取扱商品ごとにきっぱり道を分けたのか。


 全てが揃っている方が便利なような、しかし目的ごとに集まっている方が便利なような。

 慣れればどちらでも使えるか。


 今開発中の南区なら、住人との折衝も少なくて済む。上手くやれば合理的な動線が作れるだろう。


「混乱はないか?」

「始めは少し。でも今は皆大体慣れて、落ち着いたわ」


 そうか。……良かった。


「仕入れも安定してきたしね。ささっ、ということで、鮮度抜群採れたて野菜をよろしくー」

「売れ残り良心価格の宣伝はいらないのか?」


 彼女の父親が良く口にする定番の文句を口にすると、実に嬉しそうな笑顔が返ってきた。


「残念でした。せいぜいセット売りまでですね。値下げが必要なほどには売れ残らないので」

「それは良いことだ」


 採った材料は新鮮なうちに目的に使いきった方がいいし、定価では買えないと買い控えるほど貧しくもないということだからだ。


「だから、まだちょっと多めに残ってる商品なら、まとめ買いで少しだけ安くなります。ご検討あれ」

「ああ」


 娘が指さす先には『五個一組二百セム!』と札が掛けられていた。

 個別の値札は五十なので、丸々商品一つ分タダになるわけだ。


 どんな食材でも、火を通せば大体美味い。何を買おうと問題ないので、まとめ売りサービス品の中から十種購入した。


 つくづく思う。


 人が作っている食物は美味い。

 俺はもう、野生に戻れない気がする。戻る気もないが。


 野菜類を手に提げて、精肉・鮮魚の市場へ。

 と言っても肉はともかく魚は高い。輸送に掛かる費用の問題だ。


 肉類は地上で養殖ができるが、魚は水中にしかいない。冷凍処理をした後、魔獣士(テイマー)が使役している機動能力の高い魔物によって運搬されることが多い。


 当然、人数は限られる。

 庶民が買うには覚悟のいる贅沢品だ。これまでノーウィットで購う者は少なかったし業者からも期待されていなかったから、ほぼ見かけなかった。


 集まりつつある貴族のおまけでこちらまで回ってくる、あるいは裕福な商人の存在もいなくはない……といったところか。


 まあ、今の俺が手を出そうと思える値段ではない。少量の肉類を購入して、家に戻った。

 うん。自宅が一番落ち着くな。


 食材を冷蔵庫に移して、まずは風呂場へ。洗体を終えてからアトリエに入る。

 作らねばならない物は色々山積みだが、まずは日常の消耗品から取りかかることにした。


 錬金術での精製を終えて、後は漉されて落ちてくるのを待つのみ――となった段階で、再び家を出る。

 在庫が心許なくなってきたので、素材も採集しておこうと思ったのだ。


 ギルド管理区に指定されている林は、雑草の処理こそきちんとされていたがいまいち間引きが甘い。

 これはあれだな、自信がなかったから手を入れ過ぎないようにしていた、という気配だ。

 致命的に品質が悪い物が存在していないのが、その証だろう。


 なので、俺も土壌を豊かにする必要分の雑草を残しつつ、草刈りをしていく。

 そうこうしているうちに日が暮れてきた。


 くっ。どうして一日とはこんなにも短いのか。

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