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四話

 その言葉をどう解釈するべきか、俺が悩んでいる間に。


「まして、貴方も関わっている事業ですもの」


 マリーエルザは笑みの種類を変えた。色香を滲ませたものとなり、俺との距離を詰める。そのまま腕に手を当てて、体そのものも寄せてきた。互いの体温を感じるぐらいに近い。


「!」

「!?」


 マリーエルザが見せた挙動に、イルミナとトリーシアが揃って驚きの表情で息を呑む。

 しまった。イルミナには話しておくべきだったか。


「……助かる」


 マリーエルザがこうも親しげな振る舞いをしてくるのは、トリーシアを牽制するのが狙いだろう。


 スティレシアは侯爵家なので、楯突くつもりはないと思う。ハルトラウム帝国皇女が侯爵の妻、という背景を考えても。


 共謀を知っているリージェはまだしも、イルミナの前でマリーエルザとの親しさを演出するのには抵抗があった。


 心理の通り、俺の対応は素っ気ないものになる。それにマリーエルザは不満を示した。

 顔を上向け、小さく囁く。


「ちょっと、ニア様。契約違反ですわよ」

「悪いが、イルミナの前で乗りたくない」

「どういう事です? リージェとの関係は……その、察しますけれど」

「後で話す」


 ここで長々と話しているのも不自然だろう。


「……仕方ありませんわね。スティレシア家と揉めるわけにはいきませんし……」


 どういう形でイルミナがかかわってくるのかも分からないマリーエルザは、不承不承、という様子で引き下がった。


 が、俺が拒絶せずにマリーエルザが離れるまで自由にさせていたことが、想像を掻き立てるのに十分な役割を果たしたらしい。


 イルミナはまず、リージェに目を向けた。それに対してリージェは何かしらを訴えたそうな視線を送り返す。二人は同時にこくりとうなずき、無言のやり取りが終了。


 どこまで通じ合ったのかは傍からでは分からないが、とりあえずこの場での追及は避けられそうだ。

 が、トリーシアの方はそうもいかなかった。


「どういうおつもり? 未婚の男女が維持するべき正しい距離感とは言えないわね」

「あら、そうでしたかしら?」


 良識を侵した者に対する苦言――以上に苛立ったトリーシアの言い様に、マリーエルザはさも些細なことだと言わんばかりに聞き流す。

 そして矛先は俺にも向いた。


「ニア。貴方も貴方よ。不誠実な相手を望む者などいないわ。肝に銘じておきなさい」

「それは分かるが、なぜお前が怒ってるんだ」

「!」


 もっとも不可解な点を訊ねてみれば、トリーシアは驚き、戸惑った様子で目を見開く。自分の感情の不可解さに、たった今気が付いたという様子で。

 それから見る間に顔を赤くしていく。


「わたくしはっ。不実な行いが嫌いなだけよ!」


 トリーシアが選んだ答えは、常識に則ったものだった。自分にも言い聞かせようとするかのように、強く叫ぶ。


「……」


 動揺が明らか様なトリーシアを見て、マリーエルザは浮かびかけた表情を誤魔化すために髪を整える仕草をした。

 その更に奥では、リージェとイルミナが再び目を合わせて小さく溜め息。


「トリーシア様? 貴女が好まないのはご勝手ですけれど。わたくしは完全に脈がなくなるまで足掻きたいと思っていますの。ニア様を責めるのはお門違いでしてよ?」


 俺を擁護するような言葉を口にしつつ、嫣然と微笑むその視線はトリーシアへと向けられている。

 言葉に宿っている感情も、色艶など皆無。あるのは攻撃の意思のみだ。


「でも、そうまで仰るのですもの。トリーシア様は当然、ニア様にはお近付きになられないのでしょうね?」

「わたくしは王宮錬金術士として、殿下のお力になるために来ているのよ。下世話な物言いは控えていただける?」

「まあ、これは失礼。安心しましたわ」

「っ……!」


 喉で笑うマリーエルザを悔しそうにトリーシアは睨むが、言葉は出てこない。


 トリーシアにも、俺を自分の家の派閥に利用したい考えがある。カルティエラの案件だけでしか関わらないような言い方が失敗だったとは思っているんだろう。


 拘る体面が多い分だけ、こういうときはトリーシアの方が不利なのだろうな。


「そろそろ、本題に入っていいか」

「そういえば、まだご用向きを窺っていませんでしたわね。町の拡張に使う柵の件ではないのですか?」

「柵の状況を知りたかったのも目的の一つだ。あとは、学校を作るにあたっての実験だな」


 俺自身が経験して通過してきた道だから、誰かしらには通じると思うんだが。


「場所を借りていいか」

「勿論ですわ」


 マリーエルザは即座にうなずく。共同で……というか、主に使っているのはリージェのはずなのだが。一顧だにしなかったな。


 貴族が平民を軽んじる姿勢は今更ではある。仕方ないとは言いたくないが、仕方ない。


「リージェ、いいか」

「う、うん。勿論」


 自分にも確認されたことに、動揺しつつリージェはうなずく。こっちも軽んじられるのに慣れてしまっている。


 今回はあえて否を言う件ではなかったと思うので、リージェの了承は本心だ。ただ、もしアトリエを貸すのが難しい状況だったとしても、リージェの答えが変わらないのは想像できる。


 貴族であるマリーエルザが認めたことに、平民のリージェが否を言う権利がない。何なら、マリーエルザの許可を得ておきながらリージェに訊ねた俺の行いも無礼に当たるのかもしれない。


 分かってはいるが、納得がいかなかった。だから訊いた。


 トリーシアは俺が『分かっていない』のだと判断して、呆れた息を付く。一方の当事者であるマリーエルザの反応はといえば。


「ニア様は本当にお優しくて、勇敢でいらっしゃるわ」


 少しの羨望と、それを大きく上回る喜びで好意的に受け止めていた。怒りはない。


 家や、貴族間でもあまり強い立場ではないらしいマリーエルザは、蔑ろにされてきた気配がある。そのためか、弱者への厚遇に寛容な所を見せる。

 あくまでも貴族なりに、ではあるが。


 ともあれ許可は得たので、アトリエの奥へと移動する。


「何をするつもりなの?」

「中和剤を作る。水の属性のみを維持した、神力の青の中和剤だ」


 中和剤は基本の媒介だが、これができるようになれば属性・特性の取捨選択の幅が格段に広がる。

 それが分かっているからだろう。トリーシアの瞳が強い光を帯びた。


「早速、教えてちょうだい」

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