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二十九話

 俺に与えたのと同じバスケットに置いて行ったということは、おそらくこれも俺宛だと思っていいんだろうが。


 本当に、なぜだ。珍しいからと餌付けでもするつもりなのか?


 少し迷ったが、いただいてしまうことにした。

 餌付けされるつもりはないので、彼らはがっかりする結果になるだろうが。野生の生き物を捕らえるための餌付けなど、失敗もままある事だろう。


 閉じられていたバスケットの蓋を開けると、ごく素朴なパンと、浅めのスープ皿に移された葡萄酒があった。


 念のために毒がないかを確認してみるが……無い。普通に食べ物だ。

 首を傾げつつ腹を満たし、山の奥へと戻る。


 ……もしかしたら、昨日の礼の続きなのかもしれない。葡萄酒が飲めなかったことを気にしていたようでもあった。


 今日の訪問は葡萄酒が主な目的だったのだろうか。だとしたら大分義理堅い。

 しかし助かったのは間違いないし、今日の分として、俺も礼は返すとしよう。


 息を吸い、歌い始める。声にはダグラヴィアの属性を乗せた。

 鉱山資源で栄えている町だ。地神ダグラヴィアとは相性がいいはず。きっと、鉱物の質を高めてくれる。


 町のマナがダグラヴィアの属性へと変化していく。全体に行き渡った感触を得て、歌うのを止めた。


 義理堅い人間たちのおかげで食糧を必死に探して回る必要がなくなったので、気ままに山を散策してみたり、周辺の動植物を観察しているうちに一日、二日と過ぎて。


 また状況に変化が起こった。


「……これは、何だ」


 答える者はいないと分かっているのに、つい呟いてしまう。


 さすがにバスケットは回収されたのだが、代わりに、ちょっとした祭壇のようなものが出来上がっている。


 丁寧に組み立てられた木製の台の上に白い布が掛けられ、その上に料理が入った籠が置かれている。装飾性の高い、上等なやつだ。


 籠の手前にはやはり美しい器が置いてあって、中に鉱石が納められていた。

 これは、ミスリルだな。それも極めて上質な。


 俺が高めた地属性のマナと上手く融和して、質を高めたものだ。

 つまり、これも礼なのか? 土地の価値を上げたからというような。


 肉声が届いたわけはないが、俺の歌はマナを通して町の全員が知覚したことだろう。何となく効果を察した者がいたのかもしれない。


 妙なことになっている気もするが……。ミスリルはありがたく貰っておこう。


 それからさらに二日、三日と経って、イルミナのマナを近くに感じた。

 イルミナは正確にマナを追う技術を持っていないので、彼女が山中に忍び込んできたところを迎えに行く。


「――イルミナ」

「お待たせ。良かった、無事に会えて」

「ああ。お前も無事で何よりだ」


 イルミナの到着は、俺が予想していたよりも少し早かった。これは、馬を走らせて一人で来たな。


 魔物は減ったとはいえ、急速に治安が回復するわけではない。一番の脅威が去ったならばと、今度は人間の賊徒が出没し始めているころだろう。


 なまじの賊に遅れは取らないだろうが、何が起こるか分からないのが現実と言うもの。

 だから本当に、無事に再会できて良かった。


「とりあえず、はい。預けておいた服も取ってきてあるから。慌ただしいんだけど、すぐに人になってもらった方がいいと思う」

「分かった」


 すぐにと言うなら、すぐがいいだろう。


 イルミナは地面に服を置いて、背中を向ける。やや久し振りとなる人化に多少の違和感を覚えつつ、服を着た。


 よし。これで人の町に紛れ込める。


「もういいぞ。――ところで、すぐにというのはなぜだ? 何かあったのか?」

「明確に何かが起こったって訳じゃないんだけど。ニアさん、幸福の祝鳥の噂、聞いていない?」

「いや、聞いていない」


 めでたそうな雰囲気は良く伝わってくる名称だが。


「アストライトやラズィーフで目撃された、青くて大きな綺麗な鳥の話。その鳥が姿を見せた土地は神々に祝福されて栄え、また戦場においてはあらゆる魔を退ける聖なる鳥だって」

「……」


 イルミナが言おうとしている内容が分かってきた、気がする。


「今はブラン山にいて、その祝福の歌声が鉱山資源を飛躍的に良質にしたって。ブランの町はもちろん、周辺の町でも結構騒がれてる。ニアさん、心当たりは?」

「ある。よし、さっさとラズィーフを出よう」


 人化した俺と魔鳥状態のフォルトルナーを結び付けられる者はそういないと思うが、あえて長く留まる理由はない。


 作られた台座は、やはり祭壇だったんだな。一地上種である俺を崇めたところで、真の意味での祝福など出てこないぞ……。


「その方がいいとは思うけど、ミスリルだけは手にしたいよね?」

「ミスリルの件なら大丈夫だ。とても質のいい物を奉納してもらっている」

「奉納……」


 向けられた気持ちに戸惑う声をイルミナは出した。

 気持ちは分かる。当人である俺だって同じだ。


「他に言い様がないから仕方ない。まずは山を下りよう」

「うん。こっそりとね」

「ああ」


 本来なら入るのにも許可が必要となる山だ。見つかったら拘束されるのは間違いない。

 人の気配を窺いつつ、イルミナと共に山を下りる。無事に町まで抜けられたときにはほっとした。


「じゃあ、宿を解約してこよう」


 俺たちが泊まっていた宿は、客が数日留守にしても貸した部屋をきちんとそのままで維持してくれていた。


 料金は支払っているので当然の義務ではあるが、監視の目がなくとも果たす誠実さを行動によって証明したと言える。


 宿に戻る間の道程だけでも実感できた。確かに人が増えている……。

 ミスリルが採掘されている話も、そろそろ広がっているだろうし。自然の流れかもしれん。


 同時に、これだけ人が増えれば旅人も目立つまい。そこは俺たちにとっても利となる。

 俺たちが泊まっていたときはほとんど空室だったのに、今は埋まっている割合と逆転している。


 おかげで、解約しても残念がられることもない。

 私物を置いた記憶はないが、念のために確認してから宿を発つ。


 と、一階に戻ったそのとき。


「お、そこ行くお二人さん。見たところ良い仲だろう。そんなお客さんに、今日はぴったりの物があるんだ。ほら、これ!」


 中年手前ぐらいの商人が、並べた商品の中から一つを手にして俺たちへと掲げて見せる。


 どうやら綿を詰めた、布製の手作り人形だ。女児が喜びそうな、ふっくらと丸い、白から青へと羽毛の色を変える鳥の形をしている。


 ……これは、俺か? というか、幸福の祝鳥か? 確かに福を呼んできそうな姿をしてはいる。丸い所とか。


「お一つどうだい。安くしとくよ!」

「必要ない」

「うーん……」


 即座に断った俺の隣で、イルミナが悩む様子を見せた。なぜ。

 心理が謎で、つい、イルミナを見てしまう。


 手作りの温もりや玩具としての愛らしさはあるが、正直に言って出来は微妙だぞ。

 俺が自分を見たのに気が付いて、イルミナは顔をこちらに向けてにこりと笑った。


「ちょっと可愛かったから、つい。でもやめておくね」

「……そうしろ」


 実物とも結構違うと、お前だって分かってるだろう。

 だからと言ってそっくりな人形を作られても気持ちが悪いが。


 似てない方がマシだな、うん。


「それは残念。手元にあれば無病息災、家内安全、商売繫盛とご利益たっぷりの祝鳥様だっていうのに」


 盛り込み過ぎだ!

 神々だって、一柱でそこまでの祝福は司っていないぞ。煽り文句にしたって引き算は必要だろう。


「ええ。残念だけど、また今度」


 しかし商人の言い方が明るくて愛嬌のあるものだったので、不思議と嫌味な感じはしない。


 だからだろう、楽しそうに笑って立ち去るイルミナに愛想笑いをしてから、商人は別の客に声を掛ける。

 逞しい。


 宿を出て、町の門へと向かって並んで歩く。


「ニアさんは、ノーウィットに戻ったらどうする?」

「侯爵の依頼と、ゴーレムの仕上げと、腕輪の作成が優先だな。……というか、お前の戦い方を見て思ったんだが。もしかしてフォースマテリアはお前が使うのか」

「お父様が納得したら、多分そうなるんじゃないかな。だから、実は期待してます」

「そうか」


 侯爵は俺に、イルミナの身を護るためのフォースマテリアを依頼してきたのか。

 俺たちの関係性を知りようもない侯爵だから、純粋に娘のため以上の意味はあるまい。


「なら、お前の身を護れるよう、今の俺ができる最高の品を作ろう」

「ありがとう。わたしもきっと、貴方を護るね」


 護って、護られる訳か。

 ……ああ、悪くない。


 イルミナとならば、人生においても背中を預け合えるだろう。今回のように。

 そう想える相手と歩む道は、とても快い。

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